第四節 灰の会
配給所の裏手、金網越しのごみ集積場。悪臭がこびりついたこの場所で、アウレリオは今日もモップを動かしていた。
かつては渋谷と呼ばれた地域。今では第二特別自治区・第十管理区画。帝国の統治下で名前を奪われ、地図からも消されたこの街には、もはや希望も未来も存在しなかった。
「アウ、おーい、やっぱここにいた」
金網の向こうから、ガリガリの少年が走ってきた。短く刈られた黒髪、日焼けした肌、骨ばった手足。名前はシド。十三歳。孤児。隣のブロックに住んでいる。
「昼のパン、あの子にやったってホントかよ?」
「腐りかけてたし、食えるうちに食わさないと」
「お前ってさ、腹減ってんのに何で他人にやんの?」
「お前、あの子の顔、見たか?」
「……ああ。やばかったな、骨だけみたいで」
アウレリオは、ふっと目を伏せる。その子の面差しが、妹に似ていたからだとは言わない。今でも、彼の胸に焼きついて離れない面影がある。奪われた家族。その記憶が、彼を突き動かしていた。
シドは続けた。
「灰色の会って知ってるか?」
「知ってる。都市伝説だろ。配給品を横流ししてる連中って噂の」
「マジでいたんだよ。昨日、そこの裏路地で見た。奴ら、帝国の倉庫を漁ってた」
アウレリオはモップを止めた。
「場所、分かるか?」
「案内すれば、飯くれる?」
「いいだろう」
かくして、アウレリオは“都市伝説”の正体を追って、廃ビルの地下へ向かった。
※
階段を降りると、空気が変わった。鉄の錆と薬品の匂いが混ざる、人工的で密閉された空間。薄暗いライトに照らされた先には、武装した少年少女たちがいた。
「誰だ、てめぇ」
一人が拳銃を構える。長い髪を後ろで束ね、眉間に古傷のある少女。周囲にも、ナイフを構える少年、タブレット端末をいじる少女。いずれも十代。やせ細った体つきだが、目だけは殺気立っていた。
「配給所の手、です」
「……またそれか」
「お前が“あのアウレリオ”か? 帝国が探してるって話の」
「しーっ、バラすなバカ」
「待て。あんた、清掃員って話じゃなかったのか?」
「だからこそ、見えたんですよ。どの便が裏金積まれてるか、誰の名前で物資が抜かれてるか。見れば分かる」
アウレリオは配給記録と経路図の記憶を即興で再現し、隠された経路を指摘した。
「ここを押さえれば、三日で倍の物資が確保できます。協力させてください」
沈黙。
やがて、眉間の少女が拳銃を下げた。
「……信じる理由は?」
「ないよ。ただ、俺には欲しいものがある。それが“腹一杯の飯”で、同時に“帝国の鼻を折ること”でもあるなら、君たちと目的は同じだ」
少年たちの間に、微かなざわめきが走った。
「名は?」
「アウレリオ。フルネームは、まだ秘密」
その夜、アウレリオは“灰色の会”の一員となった。
第五節 笑う飢餓と、計略の皿