4【三畳紀】
次に意識を取り戻した時、おれは何も目が見えなかった。
かといって、外界の様子がわからないわけではない。光の強さ、温度、それに水分のありなしがわかるぞ。
ああ、ノドがかわいたな。水分を補給しなければ――その時おれは、自分があたり一帯に根をはっていることに気づいた。
――おれは、植物か?
さっきからなんなんだ。ずいぶん長い悪夢だな。
それにしても、植物か。植物にこんなにハッキリとした意識があるのか。びっくりだな。
根から水を吸い上げて渇きはおさまったものの、おれはまだ何か物足りない思いでいた。肥料分が足りないとか? チッソ、リン酸、カリが必要なのかも。そうはいってもなあ。動けないんじゃ、狩りにも行けないぞ。
その時おれは、体表に何か動くものが這うのを感じた。
――今だッ!
おれは喜びと共に、ねばねばした粘液質の触手で獲物を捕らえた。どうも小さな昆虫のようなものらしい……ところで、いったいおれはどういう姿をしているんだ? まさか食虫植物か? まあ、食虫植物だって生きているだろうさ。
おれはちょっと栄養補給したものの、ますます腹が減ってきた。もっと栄養が欲しいぞ。でなきゃ花もつけられないじゃないか。
するとおれの目の前に、何か動く温かいものが現れた。
もしかして、おれは熱源を感知しているのかな? そいつは恒温動物らしい。
他に仲間はいなさそうだ。よし、チャンス!
おれはそいつ目がけて、いちばん太い触手をまきつけた。
そいつはピーだかキャーだか、苦しそうにもがいて、じたばたと暴れ回っている。おれは耳はないはずだったが、そいつの声の振動を感じ取っているらしい。
……ん? 何か聞き覚えのあるような……その周波数、まさかヒロトなのか?
「いやだ、食べないで!」
その小さなネズミほどの生き物は、明らかにそう言っているようだった。
と言われてもなあ。おれだって腹が減ってるし。
「なんでもするから助けて!」
こいつに何かできることがあるのか? でもヒロトなら殺したくないし……。
「それじゃあ、おまえ、このへんに排泄しろよ。きっとそれが栄養になるだろうし」
「うん、わかったよ」
おいおい、意思疎通できるのかよ! まさかおれにテレパシー的な能力があるとか?
おれは不思議に思いながらも、そのネズミを離した。ヒロトはおれとの約束を守ってくれた。どこかへエサを食べにいって、そして戻ってきて排泄した。
ところで、ネズミを捕まえるような、アグレッシブな食虫植物がいたっけな? もしかして、既に絶滅した種のものかもしれないぞ。
しばらく周囲を観察していると、どうもここはとても温暖な気候のようだった。そしてあちこちに、のしのし歩く巨大な動物の存在が感じとれる。
もしや、恐竜がいた時代じゃないのかな。
じゃあ、ヒロトは何なんだ。この時代、哺乳類は、ほとんどいないはずだぞ。
おれはしばらく考えてみた。もしかして、最古の哺乳類といわれる、アデロバシレウスか? 見た目は、太ったネズミに近い。ここからさまざまな進化の過程を経て、哺乳類はこの世界に増えていくんだなあ。
そんなことを思っているうち、おれとヒロトはもっと親しくなってきた。
ヒロトはおれの側に住み、排泄物を養分として補給してくれる。そしてたまには、おれの体に寄生する虫を食ってくれる。
そしておれは、かよわい哺乳類であるヒロトに、安全なねぐらを提供する。おれのもとにいれば、毒虫から身を守ることだってできるしな。
ある時、おれはこういった。
「なあ、おれのパートナーになってくれないか」
「えっ?」
「おれ、わかったんだ。おまえが最高の伴侶だって……これからも、ずっと一緒に暮らそう。おまえはおれが守ってやるから」
アリと共生関係を持つ植物がある。
その植物は、体の内部にアリを住まわせる空洞を持っているのだ。また、アリ用の蜜を分泌することもある。そして植物は、アリの排泄物を栄養にして育っていく。
両者はお互いに、相手と一緒に暮らすことによって、利益を得るのだ。
「ほんと? うれしい……」
おれたちが、うるわしい共生関係の絆を結ぼうとした時だった。
――ばくっ、と。
ヒロトの熱源が消えた。そして、大きな何かの足音が鳴り響いた。
「お、おい待て! きさま、ヒロトを食ったのか?」
「ええと……?」
その頭のにぶそうな生き物は、ちょっと考えてから答えた。
「あー、ごめん。食べないのかと思って」
その途端おれは、研究所の同僚が、勝手におれのプリンを食べたことを思い出した。
「おれのだぞ! 名前を書いてただろうが!」
「ああ、賞味期限が切れそうだったし……」
そいつはピント外れなことをいって、ヒロトを胃におさめたまま、のっしのっしと去っていった。
「ヒロトォー!」
おれはおまえと共生しようと思ったのに! いや、そもそも最初は、おれがおまえを食おうとしたのに……ああ、こんなことなら、もっと早めに食べておくんだった。くそっ! 今度はぜったいにおまえを食ってやるからな!
おれは恐竜を八つ裂きにしたくなったが、植物だから一歩も動けないのであった……。