3【縄文時代】
その次に目覚めたおれは、自分をとりまく白い壁のようなものがあるのに気づいた。
なんだこれ、ずいぶん狭いぞ。たまらんな。
えーと……そうだ。
おれはくちばしで、白い壁をつついてみた。いつの間にくちばしができたんだ。なんだかわからないが、おれは本能の命ずるまま、コツコツと壁を叩いていく。
――ぱりん、と。
卵がわれて、おれは外界の新鮮な空気にさらされた。まだ視野はきかない。ぼんやりと光が見えるくらいだ。
が、自分のやるべきことはわかっていた。
おれは巣をはいずり回って、他の卵を外へ押し出していった。
――あばよ、顔も知らない兄さん姉さんたち。
おれはその作業を続けながら「孵化してすぐ、他の卵を外へ押し出す。もしかしておれは、カッコウとして生まれたのじゃないか?」と思った。
カッコウは托卵を行う。自分の卵を、他の鳥に育ててもらうのだ。
ヒナは誰にも教えられないのに、生まれてすぐ、他の卵を巣の外へ押し出す。そうやって仮親からのエサを独占するのだ。
――ええい、この巣は卵が多いな。
おれが作業に手間取っていると、残り一つの卵がわれて、別のヒナが出てきた。そいつはピーピーといった。
「……兄さん、なの?」
おれはその美しい声に聞き覚えがあった。ヒロト……まさかヒロトなのか?
おれの推し、クラウドファンディングにも何度も課金した、大好きなヒロトだ。そういや、特典DVDがまだ届いていないぞ。もしかして制作が遅れてるのかな。
「あ、ああ、そうだよ」
「兄さんって、体が大きいんだね」
カッコウは、自分より小さい種類の鳥に托卵することも珍しくない。
「さ、先に生まれたからじゃないかな。おれたち、二人きりの兄弟なんだ、仲良くしようぜ」
こうしておれは自分の正体を偽って、ヒロトと育つことになった。
仮親の鳴き声からすると、ヒロトはウグイスらしい。ヒロトにぴったりな、美しい鳴き声の鳥だな。
ヒロトは素直でかわいくて「兄さんは体が大きいから、お腹がすくだろう」と、エサをゆずってくれることもあった。なんて良い子なんだろう。おれはもう、ヒロトを巣から追い出すつもりなんて、ちっともなかった。
やがて月日が経って……。
「ねえ、兄さん。ぼくたち、もうすぐ巣立ちの時期だね」
「そうだな」
おれは巣からはみだすくらいに大きくなった体で、そう答えた。
「巣立ちになったら、兄さんと離れ離れになってしまう……そんなのイヤだ!」
ヒロトは、おれに体をすりよせてきた。
「おいおい、何を言ってるんだ。これが自然界の掟じゃないか」
「そうだけど……でも、もう兄さんとは二度と会えないような気がするんだ」
確かにそうだな。別種だしなあ。
「兄さん、約束して! またいつかぼくと会ってくれるって」
おれだって、ヒロトと離れたくない。
「ああ、約束しよう。またおまえの美しい声を聞かせてくれ」
「うん!」
おれたちはじっと見つめ合い、熱い抱擁を――交わそうとした時、仮親のけたたましい声が聞こえた。
「ちょいとあんた! やっと気づいたよ。あんた、ウグイスじゃないだろう?」
「か、母さん? 何をいって……」
「他の仲間から聞いたんだよ。その大きな体。あんた、カッコウだろう?」
――まあ、そろそろバレるだろうとは思ってたが。
「その通りだ! 今まで世話になったな。あばよ!」
おれが翼を広げると、ヒロトはいった。
「待って、兄さん! それじゃ、ぼくたち、結婚できるよね?」
「な、なにっ?」
「兄弟なのに、こんな気持ちは許されないと思ってたんだ。でも兄さんが本当の兄弟じゃないなら、結ばれてもいいよね?」
うーん、別種だから交配はできないんじゃないのか? だが、ヒロトの気持ちはうれしかった。
「ああ、もちろんだ。おれもおまえが好きだ。次の繁殖シーズンには、結婚……」
「えーい、あたしの子をたぶらかして! 出ておいきっ!」
「うわあああっ!」
仮親はおれに精一杯のタックルをして、おれは巣から追い落とされた。