95話 ユーフィン司教の思惑
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
「その作戦ですが、うまくいきそうなのですか?」
私の問いに、スチュース公爵とパチュラ伯爵が苦笑した。
「そうですか」
二人の反応に、少し頭が痛くなる。まさか、うまくいっているとは……。
「しかしなぜ、バルス教皇ではなく皇帝陛下なのですか?」
教会に侵入者を許したことと宝玉を割られたことで責められるなら、バルス教皇だと思うのですが。
「教会の問題でバルス教皇を責めると、自分たちが支持している司教に影響が及ぶかもしれないからでしょう」
スチュース公爵の説明を聞き、私は深く頷いた。
「あぁ、気づいたのですか」
教会の運営を担っているのは、バルス教皇と、私を含む三人の司教です。特に「女神の祈りの間」の警備は、司教たちの護衛騎士だけが担当しています。だから、侵入者を許したことや宝玉が割られたことでバルス教皇の責任を問うなら、警護を担当していた司教たちも同罪です。
貴族たちがバルス教皇を攻撃するなら、私は「私たちも同罪だ」あるいは「警護を担当していた我々のほうが罪は重い」と言おうと思っていました。あっ、もしかして……ユーフィン司教に、私の考えを読まれたのかもしれませんね。彼は、私の性格をよく知っていますから。
「チェスラ司教を支持する派閥は、問題が起こった当初は静観するつもりだったようです。でも、ヴァルス女伯爵が『これは皇帝陛下にも責任があるのでは?』と騒ぎ出したのです」
スチュース公爵が静かに私に視線を向ける。
スチュース公爵は、私がユーフィン司教とヴァルス女伯爵の関係を知っているのか窺っていますね。
「ヴァルス女伯爵ですか……ユーフィン司教と深い関係にある女性ですよね」
「知っていましたか」
「最近知りました」
知りたくもなかったですけどね。
「ヴァルス女伯爵が派閥内で騒いだことで、少しずつ皇帝陛下に対する不満を口にする者が増え、徐々に話す内容が過激になってきています」
スチュース公爵が少し険しい表情を浮かべる。
スチュース公爵は、このまま放置すれば危険なことになると思っているのですね。
「過激になってきている貴族たちを抑えられますか?」
皇帝陛下へ直接攻撃するような、そんな愚かなことをする前に止めなければなりません。
「抑えられますよ。しましょうか?」
パチュラ伯爵が、私を見る。
「お願いできますか?」
「はい。お任せください」
パチュラ伯爵を見ると、彼は不敵な笑みを浮かべていた。
既に、何かしているようですね。
「では、お願いします」
「ユーフィン司教の思惑通りにならなかった場合、彼はどう動くでしょうか?」
スチュース公爵の問いに、私は少し考える。
「おそらく、少しの間は静かになると思います。次の問題が起こるまでですが」
「次の問題を、ユーフィン司教が自ら起こすことは考えられませんか?」
パチュラ伯爵の問いに、私は首を横に振る。
「ユーフィン司教は、自分の経歴に傷がつくようなことはしません。少しでも、傷がつきそうなら回避するか、絶対にバレないなら、自分の代わりに動く駒を用意します」
あっそうか、ヴァルス女伯爵は自分の代わりに動く駒なのですね。
「そうですね。彼は、そういう性格ですね」
スチュース公爵が嫌そうに呟くと、パチュラ伯爵がため息を吐いた。
コンコンコン。
「旦那様、よろしいでしょうか?」
執事の声に、スチュース公爵が鋭い視線を扉に向ける。
「どうぞ」
部屋に入ってきた執事は、そのままスチュース公爵の傍に行き、耳元で何かを囁いた。
「はぁ、やはり来たか」
スチュース公爵の様子から、招かれざる客が来たとわかった。
「いかがいたしましょうか?」
「バラ園が良く見える客室へ案内して、フリーアに丁寧に接待するよう言ってください」
「わかりました」
バラ園ですか?
窓の外に視線を向けると、きれいに整えられた木々が見えた。
「バラ園が見える客室は、最奥にありますね」
パチュラ伯爵が楽しそうに言うと、スチュース公爵が肩をすくめる。
「彼はバラが好きだと以前言っていたから、きっと喜んでくれるだろう」
そういえば、スチュース公爵もバラが好きだと言っていましたね。この部屋からは、好きなはずのバラはまったく見えませんが。
「さて、申し訳ありませんが、どうやらお客さまが来てしまったようです」
スチュース公爵を見ると、彼は微笑みながら私を見た。
「そうですか。お客さまなら仕方ありません。今日は、これで帰ります。あと、面白い動きがありましたら教えていただけますか?」
不審な動きをする貴族がいたら、すぐに知りたいです。
「わかりました。すぐに知らせます」
「ありがとうございます」
ソファから立ち上がり、スチュース公爵とパチュラ伯爵に向かって軽く頭を下げ、部屋を出る。部屋の外には、この部屋まで案内してくれた執事がいた。
「どうぞ、こちらです」
執事についていくと、玄関前に、私の乗ってきた馬車が既に待機していた。
「ありがとう」
私のお礼に、執事が静かに頭を下げる。
「またのお越しをお待ちしております」
執事の言葉に頷くと馬車に乗り込む。御者に合図を送ると、馬車がゆっくりと動き出した。
馬車の窓からチラッと外を見ると、二台の馬車が見えた。一台は、パチュラ伯爵の紋章が入っている。もう一台は、バラを使った紋章が見えた。
バラを使った紋章は、チュリープズ伯爵家でしたね。彼は、私の派閥に所属していますが、おそらくユーフィン司教が送り込んだ貴族でしょう。スチュース公爵とパチュラ伯爵は、間違いなくそれに気づいています。
「はぁ、貴族たちの動きが鬱陶しいですね」
私は、教会の仕事だけをやりたいのですが……。
「どうして一部の貴族たちは、女神さまの教えを忘れてしまうのでしょうね。女神さまの恩恵で、今があるというのに」
小さな声で呟き、私は目を閉じる。しばらくすると、外から合図の音が聞こえた。
「どうしました?」
「着きました」
窓から外を見ると、確かに指示していた場所に着いていた。
もしかして、少し眠っていたのでしょうか?
馬車から降りると、護衛をしてくれているフォガスに視線を向ける。
「ありがとう」
「大丈夫ですか? お疲れのようですが」
フォガスが心配そうに私を見る。
「大丈夫と言いたいですが、少し疲れているかもしれませんね。ここ数日、いろいろありすぎましたから」
「そうですね。用事が終わりましたら、すぐに教会に戻って今日はお休みください」
フォガスの言葉に、私は自分の顔に手を当て、フォガスに視線を向ける。
「もしかして、かなり顔色が悪いですか?」
私の問いに、フォガスは少し困った表情で頷く。
「わかりました。教えてくれてありがとう」
フォガスが仕事中に休憩をすすめたことは、今までに一度もありません。そんな彼が、注意するということは、そうとう顔色が悪いのでしょう。
今日は、教会に帰ったらすぐに休んだ方が良さそうです。
「私を殺したユーレイ」を読んでいただきありがとうございます。
申し訳ありませんが、1月30日の更新はお休みいたします。
次回の更新は2月2日(月)です。
これからもよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




