94話 スチュース公爵とパチュラ伯爵
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
王都にある貴族たちが住むエリア。その中でも一等地と呼ばれる場所に立つ建物の玄関前に馬車が止まる。
「いらっしゃいませ」
馬車を下りると、顔なじみの執事が私に向かって頭を下げた。
「当主はいますか?」
「はい。こちらです」
静かに歩く執事について行き、スチュース公爵が王都に所有する別荘の中に入る。
「今日は、旦那さまの友人であるパチュラ伯爵さまもいらっしゃいます」
「そうですか。わかりました」
執事の報告に小さく頷くと、ある部屋の前で止まる。
コンコンコン。
「旦那さま。アルテト司教さまが到着いたしました」
「どうぞ」
この部屋に来るまで、誰にも会うことはない。なぜなら、この建物は人払いされているからだ。
本当にスチュース公爵は食えない方です。こうやって私を特別扱いしていることを周りに見せて、利用するのだから。
もし今日、スチュース公爵に別の予定が入っていても、私はここに来るでしょう。私が急に来訪することで、スチュース公爵家に入り込んだ不審な者たちが動くからです。私は、他者に利用されることが好きではありません。でも、私も彼を利用することがありますので、お互いさまなんですよね。
「アルテト司教さま、いらっしゃいませ。お会いできてうれしいです」
笑顔で私を迎えるスチュース公爵に、私も微笑んで挨拶を返します。
「スチュース公爵殿、お久しぶりですね。私もお会いできてうれしいです。パチュラ伯爵殿もお久しぶりです」
部屋の中に視線を向けると、立ち上がって頭を下げているパチュラ伯爵に声をかける。
「アルテト司教さま、一年ぶりでしょうか。今日を楽しみにしておりました」
パチュラ伯爵と視線が合うと、互いに微笑み合う。
「どうぞ、こちらにお座りください」
上座のソファに座ると、執事がすぐにお茶を用意し、部屋を出て行った。
私はお茶を一口飲み、小さく息を吐き出すと、スチュース公爵を見た。
「誰か、引っ掛かりましたか?」
「えぇ、二人ほど」
つまりスチュース公爵家に二人の裏切り者がいたということですね。
「どこと繋がっていたのですか?」
私の質問に、スチュース公爵は微笑みます。
「今、尋問しているところですよ」
パチュラ伯爵を見ると、楽しそうに笑っている。
「どこの回し者かわかりましたら、お知らせしますね」
「よろしくお願いします」
私がスチュース公爵家を訪ねるとわかった時に動いたので、私の情報を探っている者が送りこんだ可能性があります。
「それで、何が起こっているのでしょうか?」
スチュース公爵が真剣に私に問うと、パチュラ伯爵も私に視線を向けた。
「『女神の祈りの間』に……」
私は教会で起こったこと、これまでにわかったことなどを二人に話す。そして話し終わると、二人の様子を窺った。
スチュース公爵は話を聞き終わると、私を見て頷いた。パチュラ伯爵は、少し戸惑った表情で私に視線を向ける。
「リッパールという名前が魔王の名前だとは知りませんでした。あの、リッパールという名前を聞いたことがあります」
パチュラ伯爵の話に、私もスチュース公爵も彼に視線を向けた。
「どこで、その名前を聞いたんですか?」
私の問いに、パチュラ伯爵は私を見る。
「二月ほど前の夜会で、少し飲み過ぎたので庭で休憩をしていたんですけど、『リッパールはどこかに』という小さな声が聞こえたんです。誰だろうと思って窺うとチョロ子爵家の当主と、木が邪魔で顔は見えませんでしたけど男性がいました。二人は、他の客の気配に気づいて、その場をすぐに移動したので、聞こえたのはそれだけですが」
チョロ子爵はリトス村を管理している貴族だった記憶があります。たしか、マチートル公爵の分家でしたね。
「チョロ子爵家の当主が、魔王を崇拝している可能性があるということですね」
「名前を知っていたということは、そういう事なのでしょうか?」
スチュース公爵の言葉に、パチュラ伯爵が少し考え込む。
「チョロ子爵家の当主と知り合いですか?」
パチュラ伯爵の様子に私が問うと、彼は頷いた。
「はい。マチートル公爵家の当主を介して知り合いました。魔王を崇拝するような危険な人物には見えませんでした。親を失った子どもたちへの支援もしっかり行っている方なんですよ」
人は見かけでは判断できませんからね。良い人そうに見えても、魔王であるリッパールを崇拝しているかもしれません。
なんでしょう。何か……違和感があります。んっ? 崇拝しているなら……。
パチュラ伯爵に視線を向ける。
「パチュラ伯爵」
「はい。なんでしょうか?」
「『リッパールはどこかに』と言ったのは誰ですか? チョロ子爵家の当主ですか? 顔が見えなかった男性ですか?」
私の問いに、パチュラ伯爵は少し不思議そうな表情を見せる。
「声が小さかったので確実ではないですが、顔の見えなかった男性のほうだと思います」
「その男性は『リッパール』と言ったのですか? それに間違いはないですか?」
「はい」
私の続けざまの問いに、パチュラ伯爵は少し困惑した様子で頷く。
「それがどうしたのですか?」
スチュース公爵が私を見る。
「崇拝している神を呼び捨てにするでしょうか? もしチョロ子爵家の当主が魔王を崇拝しているなら、呼び捨てにしたことを注意しませんか?」
「「あっ」」
女神さまをお名前でお呼びする場合は、「女神フィリーフィスさま」とお呼びします。間違っても呼び捨てなどにすることはありません。
「チョロ子爵家を調べましょうか。チョロ子爵の当主は、どの派閥に所属していますか?」
「マチートル公爵の当主がバルス教皇の派閥に所属しているので、チョロ子爵もバルス教皇の派閥に所属しています」
私の問いに、スチュース公爵がすぐに答える。
もしかして、すべての貴族がどの派閥に所属しているのか、すぐにわかるのでしょうか?
「では、チョロ子爵について調べるのは、それほど難しくはないですね」
「はい。チョロ子爵については、私が調べましょう」
バルス教皇の派閥には、スチュース公爵と親しい貴族が複数いると聞いています。ですので、スチュース公爵に任せたほうがいいですね。
「よろしくお願いします」
「わかりました」
少し冷めたお茶を飲むと、スチュース公爵を見る。
「貴族たちの動きはどうなっていますか?」
私の問いに、スチュース公爵はニコッと笑顔を見せる。
「面白い動きをしていますよ」
「面白いですかね?」
スチュース公爵の言葉に、パチュラ伯爵が腑に落ちない表情を浮かべる。
「えぇ、ユーフィン司教の派閥ですが、表立っては動いていません」
表立っては? ということは、裏では動いていたということですね。
「どう動いていますか?」
「チェスラ司教の派閥に接触を図っています。最初はチェスラ司教の派閥に所属している貴族を、ユーフィン司教の派閥に勧誘しているのかと思ったのですが、どうやら皇帝陛下の不満を煽っているみたいです。おそらくチェスラ司教の派閥に皇帝陛下を糾弾させようとしているのでしょう」
「それは、うまくいくのでしょうか?」
スチュース公爵の説明を聞いて、私は首を傾げる。
「チェスラ司教の派閥に所属している貴族は、なんというか……褒められるのが好きですから」
スチュース公爵が言葉を濁して微笑む。
あぁ、そう言えば、チェスラ司教の派閥は扱いやすい貴族が多かったですね。ユーフィン司教はそこに目を付けたということですか。




