93話 皇帝陛下からの依頼
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
「宝玉を壊した牧師について、何かわかったことはあるのか?」
皇帝陛下の問いに、バルス教皇は牧師が口にした「リッパール神」について話した。
「魔王を崇拝する存在がいるのだな」
「人数はわからないが、それなりの数はいると思う」
皇帝陛下の呟きに、バルス教皇が悲しげに告げる。
「恐ろしいな。魔王は、女神さまを害する存在。そのような存在のために、命をかける者たちがいるなんて……」
皇帝陛下がギュッと手を握り締めると、皇后陛下がそっと手を添えた。
「魔王を崇拝する背教者たちの調査は誰が行うのだ?」
「アルテト司教です。彼は他の司教より情報収集や調査に長けていますので。あと、民の混乱を防ぐため、『背教者』ではなく『異端者』と呼ぶことになりました」
バルス教皇の説明に、皇帝陛下は頷くと私を見た。
「呼び方についてはわかった。調査は大変だと思うが頼む」
「はい。わかりました」
皇帝陛下に頭を下げると、彼は少し考え込んだ。
「皇帝陛下。次に来る時に、アルテト司教を連れてきて欲しいと言った理由はなんだ?」
バルス教皇の問いに、皇帝陛下と皇后陛下が顔を見合わせる。
「アルテト司教が忙しい事はわかっているのだが……」
言い淀む皇帝陛下を見たバルス教皇は首を傾げる。
「王国騎士団に属している者たちを、調査してほしいのだ」
皇帝陛下の言葉に、バルス教皇が目を見開く。私も皇帝陛下の言葉に、小さく息を呑んだ。
王国騎士団は、王家を守る特別な騎士たちだ。そんな彼らを調べるということは、何かあったということだ。
「何があったんだ?」
「第二王子が狙われた」
バルス教皇の問いに、皇帝陛下が険しい表情になる。
「どこでだ?」
「第二王子リタリスの友人を作ろうとした集まりでだ」
第一王子のフィルアス様ではなく、第二王子のリタリス様が狙われたのですか? 誰が、なんの目的で狙ったのでしょうか? 第一王子が狙われたのであれば、側妃が自分の子供である第二王子を皇帝陛下にするため狙った可能性が考えられます。でも実際に狙われたのは第二王子です。理由が思いつきません。
「リタリス王子に怪我は?」
バルス教皇の問いに、皇帝陛下は首を横に振る。
「毒殺を企てたようだが、傍にいた次女が異変に気づいて防いでくれた」
「犯人は?」
「紅茶を淹れた侍女はすぐに捕らえたのだが、地下牢で殺されているのが見つかった」
「殺された?」
バルス教皇が小さな声で呟く。
「王子を狙った侍女だから、通常利用する地下牢ではなく、別の地下牢に入れた。あそこは出入りできる者が限られているからな」
「それなのに殺された。つまり、そこに出入りできる王国騎士団を調べてほしいということか?」
「そうだ」
バルス教皇の問いに、皇帝陛下は頷き、私を見た。
「頼めるだろうか?」
「承知しました。ひとつ確認したいのですが、よろしいでしょうか?」
私の言葉に、皇帝陛下は頷く。
「毒が入っていると気づいた侍女は、どんな異変に気づいたのですか?」
「どんな?」
皇帝陛下が不思議そうな表情を浮かべる。
「匂いが少しおかしかったと言っておりましたわ」
皇后陛下を見ると、彼女は私を見た。
「匂いですか?」
「はい。そう聞きました」
匂いで気づく毒ですか。なぜ、そんな毒を使ったのでしょうか? 確実に害することが目的なら、匂いで気づかれるような毒は使いません。
「どうかしたのか?」
皇帝陛下が私を見る。
「王国騎士団の調査の他に、毒に気づいた侍女のことも調べたいのですが、よろしいでしょうか?」
私の言葉を聞いた皇帝陛下は、微かに息を呑み、小さく頷いた。
「かまわない。気になる者がいたら、全て調べていい。許可を出す」
「ありがとうございます」
王家を守る王国騎士団や、王族の世話や雑用を行う侍女を調べる時は、皇帝陛下か皇后陛下に許可をいただいておいたほうがよいでしょう。調べていることがバレた時、許可の有無で、結果が変わりますからね。
「では、今日はここまでにしようか」
皇帝陛下がスッとソファから立ち上がると、皇后陛下へ手を差し出す。皇后陛下はその手を持つと立ち上がり、私とバルス教皇へ視線を向けた。
「大変な事態が続いていますが、どうかお気をつけてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
バルス教皇が小さく頭を下げた後ろで、私は深く頭を下げる。
部屋から二人を見送ると、バルス教皇が大きくため息を吐いた。
「……帰るか」
「はい」
部屋から出ると、行きと同じ従者が待っていた。
「こちらです」
従者の後に続き、教会関係者だけが利用する出入り口に向かう。
「では、私はこちらで失礼いたします」
従者が、バルス教皇と私に向かって深く頭を下げると、来た道を戻って行く。バルス教皇も私も無言で馬車に乗り込むと、ゆっくり馬車が動き出した。
「どう思った?」
バルス教皇を見る。
「第二王子が狙われた事ですか?」
「そうだ」
バルス教皇も、第二王子が狙われた事をおかしいと思っているようです。
「狙われた理由が思いつかないので、不自然だと思いました」
「そうだな。しかし、こんな時に、王国騎士団の調査が入るとは……はぁ」
疲れたようにため息をこぼすバルス教皇に視線を向ける。
「アルテト司教が抱える護衛騎士たちは優秀だが、大丈夫か?」
バルス教皇の言葉に、微かな違和感を覚える。
「大丈夫ですが……どうしたのですか?」
「ははっ……」
乾いた笑いを漏らしたバルス教皇は、肩を落とした。
「私の護衛騎士に、情報を漏らしている者がいる。おそらく、相手は貴族だ」
あぁ、バルス教皇の護衛騎士の中に裏切り者が現れたのですか。それは……とても悲しいですね。
「調べましょうか?」
「アルテト司教はいろいろと抱えていて忙しいだろう」
「大丈夫ですよ。こんな時のために、動かせる組織がありますから」
「……噂には聞いたことがあるが、本当にあるのか?」
バルス教皇の質問に、私は微笑む。
「まぁ、あってもなくても、どちらでもいい。頼む、調べてくれ。私が抱える護衛騎士全員を」
バルス教皇を少し驚いた表情で見る。
「全員ですか?」
私は、発覚した裏切り者だけだと考えていたのですが。
「あぁ、全員を頼む」
バルス教皇はそう言うと、静かに目を閉じ、背もたれに体を預けた。
「わかりました」
疲れた表情のバルス教皇を見る。
宝玉の事、魔王を崇拝する者たちの事、自分の護衛騎士の裏切りなどでかなり疲れているようです。一つでも何か良い情報があればいいのですが……。
教会の裏に馬車が着くと、静かに扉が開く。
「何かわかれば、すぐに報告を頼む」
「はい、わかりました」
馬車から降り、去って行くバルス教皇を見送る。
「アルテト司教。今、お時間よろしいでしょうか」
自分の執務室に向かっていると、フォンがそっと近づいてくる。
「なんでしょうか?」
「スチュース公爵から会いたいとの手紙が届きました」
スチュース公爵は、私の派閥を取り仕切っている者です。宝玉や神託について、直接私から説明を聞きたいのでしょう。
「明日、会いに行くと連絡を入れてください」
「わかりました」
そろそろ説明に行かなければならないと思っていたのでちょうどいいですね。帰りに、寄るところもありますし。
そうだ、スチュース公爵を巻き込むのもいいかもしれませんね。私が掴んでいない情報も、彼なら掴んでいるでしょうから。
「会うのが楽しみになってきました」
私の呟きにフォンが嫌そうな表情を浮かべた事は、無視しましょう。




