92話 信仰はときに……
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
「では今日は――」
「すみません」
バルス教皇の言葉を止めるように声を掛けると、彼は少し目を見開いて私を見た。私は、バルス教皇に向かって小さく頭を下げると、二人の司教へ視線を向けた。
「重要なことが判明しましたので、ここで、お知らせしてもよろしいでしょうか?」
立ち上がり掛けていたユーフィン司教とチェスラ司教は椅子に座り直すと私を見た。
「牢に入れられていた牧師が放った『リッパール神』についてですが、魔王の名だということが分かりました」
私の説明に、ユーフィン司教の表情が怒りに染まる。
「ではあの者は、魔王を崇拝していたというのか!」
ユーフィン司教の問いに、私は彼を見て頷く。
「牧師の言葉から、そうだと考えます。なお、確認は取れていませんが、背教者たちをまとめている存在、もしくは組織があると思います」
「なぜ、そう思うのですか?」
私の説明にチェスラ司教が真剣に尋ねてくる。
「教会は、ここにいる四人の護衛騎士と、教会が抱える護衛騎士によって二四時間守られています。その警備をかいくぐって、牧師と逃げた護衛騎士は侵入者を招き入れたのです。二人の経歴や交友関係など、幅広く調べましたが、二人の接点が出てきません。二人が侵入者を招いたのであれば、絶対に数回は会う必要があるのにです」
「つまり侵入者を用意して、教会内部にいた二人を動かした者がいる。互いに無関係な三人を動かせる存在、もしくは組織があるという事か」
私の説明に、バルス教皇が疲れた表情で呟く。
「はい」
バン。
私の返事に、ユーフィン司教が机を拳で叩く。
「魔王など、女神さまを苦しめる存在など……背教者など、私は認めない」
ユーフィン司教は怒りのこもった声で呟く。そして、私をジロッと睨んだ。
「背教者などいない! この世界には女神さましかいない」
ユーフィン司教の叫びに、私は意味がわからず首を傾げる。
「異端者だ。女神さまの信仰を捨て、女神さま以外を崇拝する存在など、教会が認めるなど、あってはならないことだ」
「ユーフィン司教……」
背教者という言葉を使ったとしても、教会が女神さま以外の神を認めた事にはならないと思いますが。
「多くの民が、背教者がいると知ったらどうなる?」
ユーフィン司教の問いに、私は黙り込む。
女神さまだけを信じてきた者たちが、女神さまを捨て、別の神を信じる者がいると知ったら? 悲しむだけならいいでしょう。私が懸念しているのは、「女神さまを裏切った」と言って、背教者たちを探し始めることです。信仰というものは、ときに暴力を生み出してしまうと、歴史が証明しています。
「そうだな。女神さまを強く崇拝する民たちに、背教者がいると教える必要はない。背教者ではなく異端者と呼ぶように」
バルス教皇が私を見る。
「わかりました」
多くの民を不安にさせないためには、必要なのでしょう。
「バルス教皇、魔王についても調べますか?」
チェスラ司教の質問に、バルス教皇は少し考え込む。
「そうだな。魔王に名があったことを、我々は知らなかった。もしかしたら他にも知らない事があるかもしれない。少し大変になるが、任せていいか?」
バルス教皇の言葉に、チェスラ司教は深く頷く。
「もちろんです」
バルス教皇は司教を順番に見ると、小さく頷いた。
「今日はこれで解散とする」
ユーフィン司教とチェスラ司教は、バルス教皇に頭を下げると女神の祈りの間から出て行った。
「アルテト司教、行こうか」
「はい」
バルス教皇と一緒に女神の祈りの間から出ると、バルス教皇の護衛騎士と、私の護衛騎士たちが待っていた。
「フィン、バルス教皇と一緒に王城に行きます。王城まで護衛してくれる騎士の手配をお願いします」
「わかりました。すぐに準備いたします」
フィンは、私を見て少し不思議そうな表情をした。きっと、私が王城に行く理由が思い当たらないのだろう。
「アルテト司教の護衛は四人でいいぞ。こちらからも四人を用意するから」
「わかりました」
フィンは傍にいる、他の護衛騎士に指示を出すと、私の傍に立った。
「しっかり対応できるようにしているのだな」
バルス教皇がフィンの指示を受け、どこかへ向かった護衛騎士を見て呟く。
「バルス教皇の護衛騎士たちもできると思いますが」
「あぁ、そうなんだが……」
バルス教皇は、少し視線を逸らすと、小さく首を横に振った。
「行こうか」
「はい」
バルス教皇とゆっくり教会の裏に向かう。急いで行くと、護衛騎士たちの準備が終わっていないからだ。
教会の裏に出ると、一台の馬車が待っていた。それにバルス教皇は頷くと、馬車へと乗り込む。あとに続き馬車に乗り込むと、静かに扉が閉まった。
ゆっくりと馬車が動き出す。その振動を体に感じながら、私はバルス教皇を見る。
「なぜ、私も一緒なのですか?」
私の質問に、バルス教皇が苦笑する。
「皇帝陛下が『次は一緒に来るように』と言っていたのだ」
何か面倒事が待っていそうなので、引き返したいですが、無理なんでしょうね。
「わかりました」
バルス教皇が私を見てフッと笑顔になる。
「なんですか?」
「ものすごく嫌そうな表情だったぞ」
バルス教皇の説明に、私は肩を竦める。
近づいて来る王城に視線を向ける。
いつ見ても、美しく、そして威厳がありますよね。
ゆっくり馬車が止まると、最初にバルス教皇が降り、次に私が降りる。教会関係者だけが利用する出入り口には、皇帝陛下の従者が既に待っていた。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
従者について行くと、謁見の間ではなく、皇帝陛下と内密に話すための部屋に通された。私は部屋に入ると、バルス教皇へ視線を向ける。
「なぜでしょうか?」
女神さまの神託が下りる時の音は、王城にも届いたはずです。ですから、通常は謁見の間で「神託の内容」を報告するのですが……。
「宝玉の状態から、こちらの部屋を使う事にしたのかもしれないな」
バルス教皇は小さく息を吐き出すと、部屋の中にあるソファに座った。私は、バルス教皇が座ったソファの後ろに立ち、皇帝陛下が来るのを待つ。
「遅くなった」
十分ほどすると、部屋の扉が開き、皇帝陛下と皇后陛下が入ってくる。
「大丈夫だ」
バルス教皇はソファに座ったまま、皇帝陛下と皇后陛下を見て小さく頭を下げた。
教皇は、女神さまの祝福を受けた司教たちより強い祝福を受けた者。皇帝と皇后は女神さまから力を授かった者。どちらも、女神さまからの愛情が深いと思われるため、教皇と皇帝、皇后は同等の立場となる。
「神託の内容を聞きたい」
皇帝陛下は、バルス教皇の後ろに立つ私を見て小さく頷くと、バルス教皇の前に座った。
「わかった」
バルス教皇が、聞こえた神託を伝えると、皇帝陛下の表情が苦悶に歪んだ。
「教会はこの神託をどう受け止めたのだ?」
「魔王が復活するので、聖女さまを早急に探すように言ったのだと判断した」
「そうだな。だが、どこでお生まれになったかが問題か」
「うん。今、トの付く村をすべて調べている。調べてわかった村を順番に探し回る事になるだろう」
「すぐに見つかればいいが……」
皇帝陛下の呟きにバルス教皇が頷いた。




