91話 女神さまの神託
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
コンコンコン。
「失礼します」
名も告げず、入室の許可も取らずに部屋へ入ってきたタバロに驚き、目を見開く。
「どうしたんですか?」
タバロが私の護衛騎士になってから十一年になる。今まで、彼がこんな風に部屋に入ってきたことはありません。
「リッパールという名前が書かれた書類を見つけました。これです」
タバロは私の前に来て、少し黄色く変色した紙を差し出した。タバロの様子に不安を感じながら、紙を受け取り内容を確認する。
「えっ、『リッパールという魔王の存在が、確認できた』……。魔王の名前……」
書かれていた内容に息を呑む。そして、大きく息を吐き出すと、続きを確認した。
古い書類は、前回の魔王復活の際に書かれたものだった。内容は、魔王についての情報。
「彼らは、魔王を崇拝していたのですか……」
檻に入れられていた二人の男を思い出す。
「だから『リッパール神が復活』という言葉を使ったのですね」
教会関係者の間では、魔王の復活が近いのではないかと噂されている。その原因の一つは、魔獣の目撃情報が増えていることだ。
こんな時に、まさか魔王を崇拝する者たちが現れるなんて……。いえ、違います。以前から「女神さまとは異なる神を信仰する組織がある」という噂がありました。おそらく、昔から密かに魔王を崇拝する者たちがいたのでしょう。そして、ゆっくりと人数を増やした。
「アルテト司教。この情報を、他の司教にもお知らせいたしますか?」
タバロを見ると、ジッと私を見つめている。
「私から知らせましょう。隠していい情報ではありませんから」
「わかりました。お願いします」
「ありがとう。かなり頑張ってくれたみたいですね」
タバロが持ってきた書類の紙は、黄色く変色している。おそらく、古い書類を一枚、一枚確認してくれたのだろう。
「一日、しっかり休憩を入れてから通常の業務に戻ってください」
「わかりました。失礼いたします」
タバロは私の言葉に深く頷くと、執務室を出て行った。
「大丈夫ですか?」
フォンが温かいお茶を用意して、私の前に置く。
「ありがとうございます。報告が途中でしたね、すみません」
タバロが来た時は、ちょうどフォンから侵入者について報告を受けていた時だった。タバロは、フォンに気づかなかったけれど、私のそばにはずっといたのだ。
温かいお茶を飲み、ホッと息を吐く。
「魔王を崇拝する存在がいると民が知ったら、大変なことになりますね」
フォンの言葉に、眉間に皺が寄る。
「そうですね」
大変というより、民の間で「魔王を崇拝する者」を探そうとして、問題が起こるかもしれません。
「はぁ、次から次へと……まったく」
ここ数日でいろいろな事が起こりすぎて、すべてを捨てて逃げ出したくなります。
カキーン、カキーン、カキーン。
「えっ、ウソでしょ?」
独特な金属音が聞こえ、私は立ち上がって唖然とした。
「アルテト司教、急がれた方がいいかと思います」
フォンの言葉にハッとすると、急いで執務室を後にする。女神の祈りの間へ向かいながら、微かに感じる頭痛にこめかみを指で押さえた。
確かにバルス教皇は、「近々神託が届くからだろう」と言った。でもまさか、本当に数日後に、神託が下るときの鐘が鳴るなんて……。
女神さまの祈りの間に入ると、バルス教皇が難しい表情で宝玉を見つめていた。
「バルス教皇、聞こえましたか?」
「まだだ」
バルス教皇の隣に立ち、割れた宝玉を見る。
宝玉が割れた次の日から、朝と夕方、私は聖なる力を宝玉に注いだ。でも、割れた日からたった数日しか経っていないため、割れた部分は少しも修復されていない。
「大丈夫でしょうか?」
隣に来たチェスラ司教が、不安そうに宝玉を見つめる。
「……」
ユーフィン司教は、無言でチェスラ司教の隣に立つと、宝玉を睨みつけるように見た。四人でジッと宝玉を見ていると、宝玉が淡いピンクの光に包まれた。そして、
『まお……ふ、する。…………備、え。……生まれ…………ト……村。……行き……』
聞こえた音に、四人が息を呑む。
覚悟はしていましたが、こんなにも聞き取りにくいのですね。
『まお……ふ、する。…………備、え。……生まれ…………ト……村。……行き……』
『まお……ふ、する。…………備、え。……生まれ…………ト……村。……行き……』
三回、神託が聞こえると、宝玉は光を失った。
「「「「…………」」」」
バルス教皇もチェスラ司教もユーフィン司教も私も、光を失った宝玉をただ見つめた。
「あの神託からわかったことはありませんか?」
バルス教皇の静かな問いに、ハッとする。
そうですね、全く聞こえなかったわけではありません。だから、あの神託からもわかることはあるはずです。
「『まお』という言葉から、魔王のことだと考えられます。おそらく『魔王が復活する』と言われたのかと思います」
チェスラ司教の説明に、私は頷く。
「『備え』は魔王が復活するから『備えなさい』という事でしょう。『生まれ』は聖女様の事だと思います」
私の説明に、チェスラ司教とバルス教皇が頷く。
「その神託ですが、『生まれている』、『生まれるでしょう』。女神さまは、どちらを言ってくださったのでしょうか?」
ユーフィン司教の問いに、バルス教皇が険しい表情をする。
「聞こえた神託では、どちらか判断できない。だが、もし『生まれている』なら、急いで聖女さまを保護しなければならないだろう。もし今生まれていなかったとしても、近々生まれると思う。だから、すぐに聖女さまを探すように王家にお願いをする」
バルス教皇の説明に、全員が頷く。
今はまだ生まれていないとしても、文献では神託から一か月後に聖女さまが生まれました。だから、急いで捜索をするのは正しいでしょう。
「ただ、場所ですが……」
チェスラ司教の言葉に、全員が考え込む。
「トの付く村でしたよね?」
私が問うと、ユーフィン司教が頷く。
「はい。私も、そう聞こえました。ただ『ト』の付く村はけっこうあります」
「そうですね」
今、思い浮かぶのはトラ村とリトス村、チョアト村などです。でも、調べればきっともっとあるでしょう。
「トと村の間に少し間がありませんでしたか?」
チェスラ司教の言葉に、神託を思い出す。そして、確かに少し間があった事に気づいた。
「つまり、チョアト村のようなトと村の間がつながっている村は除外していいと言う事でしょうか?」
「いえ、それは早計ではないですか?」
私を見て、首を横に振るユーフィン司教。
「宝玉の割れがどのような影響を与えているかわかりません。神託の途中に異様に長い間がありましたよね。それと、かすれた言葉もありました。もし、宝玉の割れが原因で間ができたとしたら、チョアト村のような村を除外するのは危険だと思います」
ユーフィン司教の説明に、私は頷く。
「確かに、ユーフィン司教の言う通りですね。すみません、少し焦ってしまいました」
ダメですね。こんな時だからこそ、冷静に対応しなければなりません。
「わかっている事は、魔王が復活し、聖女さまの保護を急ぐ必要があるということだな」
バルス教皇の言葉に全員が頷くと、バルス教皇は割れた宝玉を見た。
「王家に報告へ行く。ユーフィン司教は、聖女さまが生まれた可能性のある場所を調べてくれ」
「わかりました」
「チェスラ司教は引き続き割れた宝玉について調べてくれ」
「えっ? 神託は当分の間、届かないのではありませんか。それでしたら調べる意味がないと思いますが」
「いや、宝玉の修復は急がねばならない。神託とは、魔王に関する事だけではないのだから」
「わかりました」
少し迷いながらチェスラ司教が頷く。
「アルテト司教は、一緒に来てくれ」
「わかりました」
王家への報告に私は必要ないが、何かあったのだろうか?




