90話 報告書と報告と
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
今日中の仕事を終わらせ、少し前に届いた、「宝玉を壊した牧師」に関する報告書に目を通す。
トラ村に派遣されて十五年、周囲からの評判は悪くないですね。特に問題を起こすこともなく過ごしていたようですが……。
いや、ここ数ヶ月は少し違うようです。仕事に問題はないようですが、行動が変わったとあります。少し暴力的で、横暴になった? それを仲間の牧師に注意されたとありますが……あぁ、その牧師を殴ったのですか。
「王都の教会にいたのは、この問題の調査のためだったんですね」
あれ? 牧師が王都にいたのは偶然なのですか? 私は、侵入者を手引きしたのは牧師だと思っていたのですが……。
「なんだか変ですね」
王都での調査では、牧師の交友関係が調べられています。タンリガ村によく手紙を送っていたようですが、送った相手は……調査中ですか。この調査がどこまで進んでいるのか、あとで確認しておきましょう。
他に気になることは……恋人がいるみたいですね。恋人の調査は、んっ?
「四年前に亡くなっているのですか」
亡くなった原因は病気のようです。どんな病気だったのかは調べていないみたいですね。
「気にしなくていいのかもしれませんが、病名くらいは調べておきましょうか」
他には……特に気になるところはありませんね。
「侵入者が誰なのか、牧師を調べればわかると思ったのですが……」
そういえば、侵入者が牧師かもしれないとユーフィン司教が言っていました。あれは、誰がそう思ったのでしょう。ユーフィン司教の護衛騎士でしょうか? それとも、女神さまの祈りの間を警備していた護衛騎士でしょうか?
コンコンコン。
「フォンです」
「どうぞ」
部屋に入ってきたフォンが、私の傍に来ると、私が手にしている書類を見る。
「牧師と侵入者について、何かわかりましたか?」
「牧師は、数ヶ月前から様子が変わったみたいです。それと、彼が王都にいたのは、トラ村で同僚の牧師を殴った問題の調査のためでした」
「えっ? 侵入者を手引きするために、王都に来ていたわけではなかったのですか?」
フォンの質問に少し考え、首を横に振る。
「報告書を読む限り違いますが、偶然とは考えられません」
もしかしたら、侵入者を手引きさせるために、牧師を王都に呼び寄せる計画が既にあったのではないでしょうか? 今回は、たまたま暴力事件を起こしたため、その調査ということになったけれど。
「牧師の調査は誰が主導していたのでしょうか?」
「すみません。それについては調べていません。すぐに調べるようにします」
「お願いします」
そうだ、フィンなら知っているでしょうか?
「フィン。侵入者が牧師かもしれないと最初に言いだしたのは誰か知っていますか?」
「それでしたらアスロカですよ」
アスロカですか? 私の護衛騎士で、騎士になってまだ一年でしたね。
「なぜアスロカは、侵入者が牧師だと思ったのでしょうか?」
「護衛騎士が捕まえた侵入者を、地下の牢屋に入れたのがアスロカなんです」
そうだったんですか。
「鎮静剤を打たれ、少し意識が混濁している侵入者は、牢に入ってすぐに手を洗ったそうです」
「手をですか?」
「はい。その手の洗い方を見てアスロカは『侵入者が牧師だと思った』と言っていました」
あぁ、牧師見習いの時に、徹底的に覚えさせられる洗い方をしたんですね。
「わかりました、ありがとうございます」
牧師だけでなく、我々司教も、仕事を始める前には手を清めます。その方法はただ手を洗えばいいのではなく、順番が決まっている、少し面倒な洗い方です。それを、意識が朦朧としているときにも行うということは、体が覚えてしまっているのでしょう。つまり侵入者は、年齢からみて牧師の可能性が高くなりますね。
「牧師の一覧表の中に、侵入者と同じ特徴を持つ者はいましたか?」
侵入者には、首元に少し大きなほくろがありました。牧師の一覧表には、身体的特徴なども記入されていますので、同じ場所にほくろのある牧師がいるはずです。
「いなかったみたいです」
「いない?」
フィンを見ると、彼は険しい表情で頷いた。
「今、教会を去った者たちの情報を調べています」
教会を去った者たちですか。
教会を去る者たちには、さまざまな理由があります。一番多い理由が、家族のためです。家族の中に病気の者が出たため、面倒を見るために辞める者。結婚をして、家族と過ごすために辞める者もいます。
牧師も司教も結婚は許されています。ですが、牧師も司教もかなり忙しく、家に帰れない日も多いです。そのため、家族の時間を大切にしたいと、結婚を機に教会を去るのです。
そして、問題を起こしたため、教会から追放された者たちもいます。一番問題になるのが、お金です。王都には、いろいろな誘惑があります。教会に属している以上、それらの誘惑から自分を律するのは当たり前です。
しかし、酒に溺れる者もいれば、賭博にはまり、借金を重ねてしまう者もいます。恋に溺れて周りが見えなくなる者など、いつの時代も出てしまいます。
教会側は問題を抱えている者に対して、同僚の牧師、または上司にあたる司教が注意します。何度か注意しても、それでも変わらなければ、教会から追放されます。場合によっては、依存症治療のため病院へ送ります。
「教会を追放された者たちも調べていますか?」
「はい。もちろんです」
私の問いに、フィンは頷く。
「侵入者について、何かわかりましたらすぐに教えてください」
「わかりました。あの……」
「どうかしましたか?」
フィンが少し言い淀むので首を傾げる。
「宝玉が割れた事は、すぐに箝口令が敷かれました。ですが、貴族たちに情報が流れたようです」
そうでしょうね。
ユーフィン司教が喜々として、情報を流したはずです。
「どの派閥が、一番騒いでいますか?」
「バルス教皇の派閥です」
彼らですか。
「今回の問題で、バルス教皇からチェスラ司教を支持する方向へ舵を切るようですね」
そうでなければ、バルス教皇を苦しめる問題で騒ぐはずがない。
「はい。バルス教皇に問題の早期解決が難しいなら、チェスラ司教へ、その権限を渡すべきだと言い始めているそうです」
「はぁ、そうですか。ユーフィン司教の派閥はどうですか?」
「沈黙しています」
「えっ?」
フォンに視線を向けると、彼は私を見ながら頷いた。
「すぐに騒ぎ始めると思ったのですが、静かです」
「そうですか。あっ、私の派閥は騒いでいますか?」
いつもは気にしませんが、こういう時にはしっかり把握しておかなければ。
「いえ、こちらも沈黙しています。彼らの事ですから、成り行きを見守っているのだと思います」
「見守っているというか、ただ動く時を見極めているのだと思いますよ」
なぜか私を支持する派閥には、一癖も二癖もある貴族が集まっているんですよね。
「ルードスに司教補佐たちの情報を集めるように言ったのは、次の教皇を選ぶためでしょうか?」
フィンの質問に頷くと、彼は少し考え込む。
「アルテト司教の考えを、派閥に属している貴族たちに伝えたほうがいいのではありませんか?」
「あぁ、そうですね。あとでいろいろと言われるのは面倒なので、一度会っておきましょうか」
今回の問題も、私の口から説明しておいたほうがいいでしょうしね。




