88話 リッパールという名の神?
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
寝不足による頭痛に顔を歪めながら、捕らえられている者たちが入っている地下の牢へ向かう。
「おはようございます」
牢に入る出入り口を警備していたキーフェが、私を見ると少し頭を下げた。
「何もなかったですか?」
私の質問に、キーフェは肩を竦める。
「一時間前に、ユーフィン司教の護衛騎士が捕まえた者たちの様子を見たいと来ましたが、断りました」
ユーフィン司教の護衛騎士ですか。
「断ったのは良い判断です」
牢に彼らを入れてしまえば、何をするかわかりませんからね。最悪、殺した可能性もあります。
「それは、良かったです」
キーフェは私を見て意味ありげに笑う。
私はユーフィン司教について、護衛騎士たちに何かを言ったことはありません。ですが、どうやら私の護衛騎士たちは、ユーフィン司教が何かすると思っているようです。
地下にある牢に入ると、カビ臭さに思わず鼻を押さえる。
「おはようございます。この臭いにはすぐに慣れますよ」
フォンが笑って言うので、私は首を横に振る。
「あまり慣れたくない臭いですね」
「それは彼ら次第でしょう。彼らがすぐに話をしてくれれば、慣れる前にここから出られますよ」
フォンが檻の中に入っている二人に視線を向ける。
「右が牧師です」
フォンが小声で私に教えてくれたので、私は無言で頷く。
「おはようございます。今日もいい天気でしたよ」
二人に近づきながら挨拶をすると、二人に睨みつけられた。
どうやら挨拶は気に入っていただけなかったようです。いろいろ考えて、明るく声を掛けてみたのですが……。
「さて、何が目的で宝玉を割ったのでしょうか?」
私の質問に、彼らは黙り込む。
「話していただけないと、あなたたちの望みがわからないのですけどね」
「「……」」
二人は無言で私を睨む。
「声が出ないみたいですね。あぁ、それで女神さまに逆恨みをしたんですね」
「ふざけるな! 我々には、あんな女は必要ない!」
牧師の叫びが牢の中を反響する。
「我々にはリッパール神がおられるんだ! フィリーフィスなど死ねばいい!」
女神フィリーフィスさまに対する不敬な言葉に苛立つが、深呼吸して気持ちを落ち着かせる。彼らから話を聞き出すためには、怒りを煽るのが手っ取り早い。
「リッパール神? そんな神など存在しませんよ。夢でも見たのですか?」
「あと少し、あと少しで復活なさるんだ。女神に不当に封じられた我々の神だ。我々だけの神だ」
侵入者の男が、にやにや笑いながらつぶやき始める。その様子は、異様な雰囲気を醸し出している。
封じられた神ですか? この世界の歴史から、そんな神が存在しませんが……。
「リッパール神が復活されれば、女神などすぐに殺してくれる!」
牧師はそう言うと、笑い出した。
「彼らは、薬物でも使っているのでしょうか?」
「いいえ、使っていません。捕まえた時に興奮していたので鎮静剤を打ち、静かな間に血液を調べましたが、『薬物の痕跡はありません』と報告がきています」
薬物を使っていないのに、この異様な状態なのですか?
「フォン、リッパール神という名前を聞いたことはありますか? 」
私の記憶には、その名はありません。もしかしたら、見逃している可能性があります。
「いえ、俺もありません。ですが……」
フォンが少し戸惑った表情を浮かべ、檻の中を見る。
「なんですか?」
「噂で聞いたのですが、『女神さまとは異なる神を信仰する組織がある』と」
「その噂なら知っています。ですが、その噂は数十年前からずっとありますよね?」
いつの頃からか、ささやかれ始めた噂です。最初の頃は噂の組織があるのか調べましたが、「そんな組織は存在していません」という結果が出ました。そして、すぐに噂も消えたのですが、なぜか何度もこのような噂が流れました。
「はい、そうです。でも、二年ほど前から、かなり頻繁にこの噂がささやかれているんです」
「そうなのですか?」
それは知りませんでした。
「はい。ただ噂が流れているのは、日雇い労働者たちが集まる酒場です」
日雇い労働者たちは、元犯罪者や、訳ありの者たちが集まっています。女神さまに対する信仰がない者もいるので、そんな噂が立ってもおかしくはないですね。
「彼らは、女神さまとは異なる神がいると信じたのですか?」
「わかりません。調べますか?」
檻の中にいる二人を見る。
日雇い労働者たちが集まる酒場では、女神さまに対する不満を口にする者も少なくありません。自分たちが罪を犯したのに女神さまのせいだと言ったり、救いがないとわめいているのを見た事もあります。ですが、私が調べた時は、女神さま以外の神の話は出ませんでした。あれから、二〇年くらいでしょうか。もう一度調べる必要があるかもしれません。
「そうですね。噂の出所も含め、詳しく調べてください」
「わかりました」
私たちの話を聞いていた牧師が、私を見つめる。その視線を見返すと、彼はまた笑い始めた。
「手遅れだ。リッパール神にこの身を捧げる」
そう言った牧師は、いきなり自分の腕に噛みついた。
「「えっ?」」
牧師の行動に驚いていると、侵入者の男も牧師と同じように自分の腕に噛みついた。二人は肉をえぐるように腕に歯を立てると、なぜか苦しみ始めた。
「檻を開けてください」
私の指示に、フォンはすぐに檻の鍵を開けた。
「何をしたんですか!」
私は檻の中に入り二人に駆け寄るが、既に二人とも口から血を出し死んでいた。
「毒でしょうか? 檻に入れる前に、全身と口の中を調べて問題なかったのですが」
フォンが戸惑った表情で、二人の様子を見る。
「彼らの噛みついた腕ですが、おかしくないですか?」
私の言葉にフォンが死んだ牧師の腕を見ると、えぐられた周辺の皮膚が青くなっていた。
「調べた時には、こんな変色はありませんでした」
「もしかして、皮膚の下に毒のカプセルでも仕込んでいたのでしょうか?」
だから、肉をえぐるほど腕を噛んだのかもしれませんね。
「はぁ、二人の死因を調べてください。あと、腕が変色した原因も」
「わかりました」
まさか死ぬとは思いませんでした。これは、私のミスです。
「ユーフィン司教に問題視されそうですね」
私の呟きにフォンが視線を向ける。
「アルテト司教」
「なんですか?」
「ユーフィン司教ですが、少し不穏な動きをしていると、アテネが言っていました」
アテネですか。彼女は変装が得意だったので、それを活かして二人の司教を見張ってもらっていたんでしたね。
「アテネに話を聞きたいと伝えてください」
「わかりました」
フォンと一緒に牢から出ると、キーフェに捕まえた二人が死んだ事を伝え、医者を呼ぶように伝えた。執務室に戻ると、タバロが部屋に入ってきた。
「捕まえた二人の所持品です。調べましたが、怪しい物はありませんでした」
テーブルに並んだ彼らの所持品を見る。
宝玉を割った鉄の棒。
女神さまの祈りの間への侵入経路を書いた紙。
それぞれの服。
二個のペンダント。
「さすがに身元がわかる物はありませんね」
「はい、ですが牧師の方はトラ村に派遣されていた者でした。今、トラ村に人を送って調べてもらっています」
タバロの説明に頷く。
牧師の身元がわかれば、いずれ侵入者の身元もわかるでしょう。
「このペンダントは調べましたか?」
「はい。二人がそれぞれ着けていたので絵柄を調べました」
タバロの説明を聞きながらペンダントの絵柄を見る。
「花の一部の絵ですね」
「はい。花の種類を調べましたが、わかりませんでした」
見たことがない花が刻まれたペンダントですか。リッパール神と関係のある花なのでしょうか?
「ありがとう、このペンダントは厳重に保管してください」
「わかりました」
「あと、リッパールという名前を調べてください」
「はい」
リッパールという名前を聞いてタバロは首を傾げたが、すぐに頷くと執務室を出て行った。




