87話 三つの派閥
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
「あの……」
チェスラ司教が戸惑った表情でバルス教皇に視線を向ける。
「なんだ?」
「先ほど『近々神託が届くからだろう』とおっしゃいましたが、宝玉があの状態です。神託は無事に我々のもとに届くのでしょうか?」
チェスラ司教の質問にユーフィン司教の表情が険しくなる。ユーフィン司教は女神さまに対する思いが強いため、神託が届かない事態など考えられないのだろう。
「過去にも宝玉が割れたという記録がある。今のように女神さまの守りが弱くなった時に、教会で火事が起き、避難させようとした時に落としたと書かれていた。その時は、長さ二センチメートルほどの小さなヒビが入ったと記録されている。そして、そのヒビのせいで、神託の中で聞こえなかった箇所があったそうだ」
バルス教皇の答えにユーフィン司教が息を呑む。
「たった二センチメートルのヒビでですか? 今回のヒビは、五センチメートルはありますよ」
チェスラ司教は悲壮な表情で声を上げる。バルス教皇もチェスラ司教の言葉を聞いて顔を伏せた。
「報告は聞いている。宝玉に込められていた力もほとんど失われたと。おそらく……今回の神託は最悪の状態になるだろう」
ユーフィン司教がバルス教皇をジッと見つめる。
「すぐに我々の力と護衛騎士たちの力を宝玉に込めましょう。少しでも宝玉のヒビを修復してから、力を込めなければなりません」
チェスラ司教の提案にユーフィン司教が頷く。
「護衛騎士たちの力を込めるのは少し待ってください」
「なぜですか!」
私の提案にユーフィン司教が怒った表情を浮かべる。
「教会の守りを固めるためです」
「守り?」
ユーフィン司教が不機嫌そうに私を見つめる。
「そうです。教会に侵入した者、宝玉を壊そうとした牧師。そして逃げている護衛騎士。彼らの仲間はこれだけでしょうか?」
私はそう思わない。もしかしたら、彼らの仲間がまだ教会内部にいる可能性がある。だから、護衛騎士たちの力を宝玉に込めさせ、護衛騎士たちの力を弱めるのは危険です。
「それは……」
ユーフィン司教は、私の考えている事に気づいたのだろう。微かに戸惑った表情をした。
「アルテト司教は教会内部にまだ彼らのような存在が潜んでいると思っているのですか?」
チェスラ司教が私を見る。
「わかりません。でも、わからないからこそ、その可能性を踏まえて動くべきです」
教会の力を削ぎたいなら、宝玉だけではなく、教皇と司教も狙われるでしょう。
「そうですね。えぇ、その可能性を考えて動かないと……」
チェスラ司教が不安そうに自分の腕をさする。
チェスラ司教は荒事が苦手なので、怖いのでしょう。
「チェスラ司教」
「はい」
「侵入者たちの狙いが宝玉だけとは限りません。信頼できる護衛騎士と絶えず一緒に行動するようにしたほうがいいでしょう」
私の言葉に、チェスラ司教は神妙な面持ちで頷く。
「わかりました。決して一人では行動しません」
「ユーフィン司教とバルス教皇もです」
私がバルス教皇とユーフィン司教を見ると、二人も神妙な表情で頷いた。
「今日はこれで解散しよう」
バルス教皇を見ると、かなり疲れた表情をしている。
「バルス教皇、解散前に確認があります。明日から、捕まえた者たちの尋問を始めますが、私が担当していいでしょうか?」
「あぁ、そうしてくれ。私は、明日の朝、王家に宝玉の事を説明に行く。ユーフィン司教とチェスラ司教は、ヒビを早く修復できる方法がないか、宝玉について調べてほしい」
私が尋問すると言った時、ユーフィン司教が異議を上げようとしたが、バルス教皇がすぐに許可を出した。それが気に入らないのか、ユーフィン司教が私とバルス教皇を睨んだ。
「わかりました」
チェスラ司教はバルス教皇に向かって頭を下げたが、ユーフィン司教は不満そうな表情をする。
「ユーフィン司教、女神さまの神託が届く前に、少しでも宝玉を修復しておきたい。これはとても重要な仕事だ。頼んだぞ」
ユーフィン司教はバルス教皇の言葉にハッとした表情を浮かべ、深く頭を下げた。
「わかりました」
ユーフィン司教は、尋問より女神さまの神託のほうが大事だと気づいたのだろう。まぁ、バルス教皇がそう思うように言ったのだけど。
「アルテト司教は、尋問について確認したい事がある。二人は下がってくれ」
「「お先、失礼します」」
ユーフィン司教とチェスラ司教が部屋から出て行くのを見送ると、バルス教皇がため息をついた。
「大変な事になったな」
「そうですね」
バルス教皇の呟きに、私は静かに頷く。
「どうぞ」
バルス教皇の部下が新しいお茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
お礼を言うと、彼は小さく微笑んで頭を下げた。
「明日から騒がしくなるな」
バルス教皇が嫌そうな表情で言うと、お茶を飲む。
「そうですね」
「ふっ。今回の問題の責任を取れと、ユーフィン司教を支持する派閥がうるさく言ってくるだろう」
「ユーフィン司教は教皇を狙っているので、今回の問題は好機ととらえるでしょうね」
教会には三つの派閥がある。一つは、バルス教皇を支持し、次の教皇にはチェスラ司教を推している者たちです。二つ目は、ユーフィン司教を支持している者たちで、三つ目は、なぜか私を支持している者たちなんですよね。
「ユーフィン司教を教皇にはできない。あれの考えは危険だ」
「そうですね。彼は女神さまに対する思いが強すぎます。女神さまのためと言って何をしでかすかわからない。私の考えですが、ユーフィン司教は『女神さまのためだ』と言って、人をも簡単に殺すでしょう」
だから、捕まえた者たちの尋問を私がすると言ったのです。ユーフィン司教に任せると、捕まえた者たちはすぐに殺されるでしょう。そして、バルス教皇に不利な証言を作ってくるはずです。
「バルス教皇を支持している者たちは、チェスラ司教を次の教皇にと考えているようですが」
「チェスラ司教では無理だ。彼が教皇になったら、教会は貴族たちに利用されてしまうだろう」
「そうですね。チェスラ司教は貴族たちと近すぎますから」
私も貴族たちから支持を受けていますが、親密になりすぎないように距離を取っています。教会が、貴族たちの権力争いに振り回されないようにするためです。
でも、チェスラ司教は貴族とかなり親密です。貴族たちも、チェスラ司教を教皇にしようと動いているようですし。おそらく、教会の力を得て、王家に取り入りたいのか、もしくは王家から力を奪いたいのか。どちらにしても、貴族と親密になるのは危険すぎます。
「チェスラ司教に、何度も注意をしたんだけどな……。私の思いは届かなかったようだ」
バルス教皇が少し寂しそうに笑って言うと、私を見た。
「教皇に一番向いている者は、教皇に興味すらない」
バルス教皇からそっと視線を逸らす。
「私は、民と関わる事が好きなのですよ」
私は、悩んでいる者たちと共にありたいと思っています。だから、教会の中で仕事に追われている教皇は遠慮したいです。
「教皇になっても、民と関わる事はできるぞ」
「仕事に追われて、執務室から出て来られない人の言う言葉ではないですよ」
「……頑張れば」
「本当ですか?」
「…………」
私の問いに、バルス教皇は視線を逸らしてお茶を飲む。
「アルテト司教が嫌なら諦めるが、あの二人はダメだ。それは絶対だ」
バルス教皇が強い口調で言い切ると、私を見る。
「わかっています。司教補佐から選ぶのはどうでしょうか。私が後ろ盾になります」
「そうだな。それもいいな」
ルードスに司教補佐たちの情報を集めてもらいましょう。彼は、表だけではなく裏の情報にも詳しいですからね。




