86話 宝玉の破壊
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
(リンとユウが異世界に飛ばされる約一年前)
コンコンコン。
小さな音に、意識がゆっくりと浮上していく。
「アルテト司教、起きてください」
コンコンコン。
「アルテト司教、お願いします。起きてください」
なんでしょうか? もう朝ですか?
ベッドの傍らに置いてある時計に視線を向けると、針は四時十五分を指していた。
昨日は教皇との話し合いが長引いたため、寝たのは三時過ぎでした。さすがに一時間くらいの睡眠では、疲れは取れていないですね。
重い体をベッドから起こし、いまだ扉を叩き続けているフィンに小さくため息が漏れてしまう。
「どうしたんですか?」
「お休みのところ申し訳ありません。すぐに『女神の祈りの間』にお越しください」
フィンの『女神の祈りの間』という言葉を聞き、意識がはっきりとする。
「何かあったのですか?」
寝間着の上にガウンを羽織りながら扉を開けると、青い顔をしたフィンが私に向かって頭を下げた。
「祈りの間に侵入者が入りました」
フィンの説明に、私は息を呑む。
「すぐに行きます」
ベッドの傍らに置いてあったナイフを掴み、フィンと一緒に急いで祈りの間へ向かう。
まさか、教会が厳重に守っている『女神の祈りの間』に侵入する者が現れるなんて……。
「なぜ侵入に気づいたのですか? 侵入者はどうしましたか?」
祈りの間へ向かいながら、後ろをついてくるフィンに問う。
「見回りをしていた護衛騎士が、祈りの間の扉が開いている事に気づいて発覚しました。侵入者は、異変に気づいた護衛騎士が捕まえ、牢に入れたと聞いています」
「祈りの間を守っていた護衛騎士たちはどうしましたか」
祈りの間には、絶えず三人の護衛騎士が付いていたはずです。
「二人は殺されていたそうです。一人は行方不明なので捜索中と報告がきました」
行方不明ですか? もしかしたら、その者が侵入者を手引きしたのかもしれませんね。
「アルテト司教」
フィンの戸惑った声に、チラッと視線を向ける。
「なんでしょうか?」
「侵入者と一緒にいた牧師が、宝玉を壊そうとしたそうです」
フィンの言葉に、思わず足が止まってしまう。
「それは、本当ですか?」
私の質問にフィンは無言で頷き、私を見つめる。
宝玉は、女神さまからの神託を受け取るために必要なものです。その宝玉を牧師が壊そうとした?
「ふぅ、わかりました。急ぎましょう」
不安な気持ちを抑え込み、祈りの間に向かう。
なぜ、牧師が宝玉を壊そうとしたのでしょうか? 彼らも、宝玉の重要性は知っているはずなのに……。
「お待ちしていました」
神妙な表情で私の到着を待っていたルードスに頷き、『女神の祈りの間』へ入る。
「アルテト司教、大変な事になったぞ」
祈りの間の中央にいたユーフィン司教が、険しい表情で部屋に入った私に視線を向ける。
「ユーフィン司教、大変な事とはなんですか?」
ユーフィン司教のそばに駆け寄ると、彼は宝玉に視線を向けた。
「宝玉が壊された」
「えっ!」
ユーフィン司教の隣に立ち『女神の祈りの間』の中央に置かれている宝玉を見る。
「これは……」
視線の先にある宝玉には、大きなひびが入り、込められていた聖なる力とかつての聖女さまが込めた神聖力の大半が、失われていた。
「何があったのですか? ……ひっ!」
チェスラ司教が慌てた様子で私たちのそばに来ると、宝玉を見て小さな悲鳴を上げた。
「チェスラ司教、落ち着いてください」
真っ青な表情で宝玉を見続けるチェスラ司教の肩をそっと叩くと、彼はハッとした表情を浮かべた。
「あっ、失礼しました」
チェスラ司教が私に小さく頭を下げると、そのままふらっと体が傾いた。
「危ない!」
私が慌ててチェスラ司教を支えようとしたが、先に護衛騎士が彼を支えてくれた。
「良かった。ありがとう」
私がチェスラ司教を支えた護衛騎士にお礼を言うと、彼は小さく頭を下げた。
「すみません、もう大丈夫です。宝玉はなぜこんな状態になったのですか?」
チェスラ司教はゆっくり息を吐き出すと、体を支えてくれている護衛騎士に頷いた。そして宝玉を悲しげに見つめると、私たちのほうを見た。
「侵入者と一緒にいた牧師が、叩き割ったと聞きました」
ユーフィン司教の説明に、チェスラ司教が険しい表情を浮かべる。
「侵入者の件は聞きましたが、牧師ですか? それに、宝玉は女神さまの力で守られています。こんなに簡単にひびが入るなんてありえない」
チェスラ司教の呟きに、私は宝玉を見て頷く。
確かに、宝玉は女神さまの力で守られているはずなのに、どうしてこんな大きなひびが入ってしまったのでしょうか?
「侵入者について、何か情報はありますか?」
チェスラ司教の質問に、ユーフィン司教が首を横に振る。
「いいえ、まだ何も。ですが、牧師かもしれないそうです」
えっ、侵入者も牧師の可能性があるのですか?
「そんな……」
ユーフィン司教の返答に、チェスラ司教は唖然とした表情で呟く。
「祈りの間を封鎖しましょう。これ以上、何かあっては取り返しがつきません」
私の言葉に、ユーフィン司教とチェスラ司教は神妙な表情で頷いた。
そういえば、宝玉は過去にも割れた事があったんでしたね。確かその時は、聖女の神聖力で修復されたと書かれてあったような……。
護衛騎士たちに祈りの間から出るように言い、私たちも部屋の外に出た。そのうえで、部屋のそばに待機していた護衛騎士五人に祈りの間を守るよう指示を出し、小さく息を吐き出した。
「教皇へ、説明しに行かなければいけないな」
ユーフィン司教の言葉に、私は小さく頷いた。
教皇は、宝玉をとても大切にしています。かなりショックを受けるでしょう。
三人で教皇のもとへ行くと、既に情報は届いていたのか、教皇は神妙な表情で私たちを見つめた。
「座ってくれ」
教皇の言葉で私たちが椅子に座ると、教皇の執務を手伝う部下が温かいお茶を淹れてくれた。
「どんな状態だった?」
「大きなひびが入っています」
教皇の質問に私が答えると、答えを聞いた教皇は静かに目を閉じ、首を横に振った。
「宝玉は、修復できるだろうか?」
教皇の質問に、私は宝玉の状態を思い出し無言になってしまった。
「わかりません。宝玉に込められていた力の大半は失われました。そのため、修復するには膨大な聖なる力か神聖力が必要となります。今は、聖女さまがいらっしゃいません。ですので、我々の聖なる力だけで修復しなければならず……数年、いえ数十年かかる可能性があります」
ユーフィン司教の説明に、教皇が頭を抱えた。
「一つ確認したい事があります。宝玉は女神さまの力に守られているはずです。どうしてひびが入ってしまったのでしょうか?」
私の質問に、他の司教も教皇に視線を向けた。
「おそらく、近々神託が届くからだろう」
教皇の説明に、私だけでなく、二人の司教も首を傾げる。
「どういう事ですか?」
チェスラ司教の質問に、教皇は少し考え込むと、私たちを順番に見つめた。
「神託が届く前は、なぜか宝玉を守る女神さまの力が弱まるのだ」
「えっ」
教皇の話に驚いた私は、思わず声が零れた。
「この情報はあまりに危険なため、教皇だけに引き継がれてきたものだ。だが今は、必要だと判断してお前たちに話した。でも、ここだけの話だ。他に話す事は禁じる。わかったな」
教皇が私たちを順に見ていくので、私たちはすぐに教皇に頭を下げた。
「「「わかりました」」」
まさか、宝玉にそんな秘密があったなんて。
本日より「私を殺したユーレイは今日もやかましい」の新しい章を始めます。
2026年も、リーナとユウをどうぞよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




