85話 わかった事?
キーフェさんに送ってもらったお礼を言って、家に入る。
「「ただいま」」
家に入ると、まだ夕飯を作る時間には早いのにいい香りがした。
「これは、お母さんの得意料理のモウスのシチューだ」
お兄ちゃんも香りに気づいたのか嬉しそうに言う。
お兄ちゃん、お母さんの作るモウスのシチューが大好きだもんね。
「でも、モウスのシチューは手間がかかるから特別な日にしか作らないのに、どうしたんだろう?」
弟か妹が生まれるという報告の時もモウスのシチューは出なかった。
「そうだね。キッチンに行ってみようか」
お兄ちゃんが楽しげに笑って言う。
「うん」
お兄ちゃんと一緒にキッチンへ行こうとすると、お母さんが慌てて玄関にやってきた。
「おかえりなさい。ちょっと手が離せなくて。冒険者ギルドの用事は終わった?」
「うん。報告は無事に終わったよ。それより今日は、モウスのシチューなの?」
「えぇそうよ。アグスとリーナが無事に依頼を達成できたことと、元気に帰ってきたことのお祝いよ」
えっ、私たちのためにモウスのシチューを作ってくれたんだ。
「そうなんだ、嬉しい」
「ふふっ。アグスはこのシチューが一番好きだものね」
「うん」
お母さんの言葉に、お兄ちゃんは少し恥ずかしそうに笑って頷く。
「手を洗っていらっしゃい。おやつがあるわ」
「「は~い」」
手を洗ってリビングに行くと、スーナがお父さんの作った木のおもちゃで遊んでいた。
『この世界にも積み木ってあるんだな』
スーナが遊んでいる姿を見て、ユウが興味深そうに呟く。
「今日のスーナは元気みたいだね。よかった」
積み木で遊んでいるスーナのそばに座って一緒に遊んでいると、お母さんがお菓子を持ってリビングに入ってきた。
「そうだ。スーナが体調を崩しやすい原因がようやくわかったの」
お母さんがお菓子をテーブルに並べながら言うと、お兄ちゃんがお母さんを見つめる。
「原因はなんだったの?」
スーナはよく体調を崩していたから、お兄ちゃんも私も心配だった。
「魔力が不安定だったそうなの」
えっ、魔力?
「魔力が不安定って?」
お兄ちゃんが不思議そうにお母さんを見る。
「教会で調べてみないと詳しいことはわからないのだけど、もしかしたらスーナは、特別なスキルを授かっているかもしれないんですって」
『スキル! 特別なスキル? もしかしてスーナがこの世界のヒロイン?』
スキルに反応して騒ぐユウに、思わずため息が出る。
『リーナ、すぐに教会へ行こう! ほら、カーナに言って!』
私の傍に来てやかましく言うユウを、ジロッと睨む。
『あっ……えっと~』
私の怒りに気づいたユウが視線を逸らし、スーッと天井の方へ飛んでいく。
「スキルというものが原因でスーナは体が弱かったの?」
お兄ちゃんがスーナの頭を撫でる。
「その可能性があるみたいね。ランカ村の病院の先生ではわからなかったから、先生の師匠という人にスーナの状態を伝えて、相談してくれたの。そうしたら『スキルが持つ力のせいで魔力が不安定になって、それがスーナの体調に影響を与えている可能性がある』と返事をくださったわ」
「それじゃ、ずっとスーナはこの状態なの?」
お母さんの説明を聞いてお兄ちゃんが不安そうな表情を浮かべる。
「いいえ、体が成長してスキルの力を受け止められるようになってくる頃だから、これからは、少しずつ体調を崩すことはなくなっていくそうよ」
「そうなんだ」
お母さんの答えに、お兄ちゃんと私はホッとした表情を浮かべる。
スーナのことに一安心すると、テーブルに並んでいるお菓子が気になった。
いつもと違うお菓子に、お兄ちゃんも気づいたのか不思議そうにお菓子を見つめている。
「ふふっ。隣町のお菓子なのよ。三人でわけて食べてね」
お母さんがリビングから出て行くと、お兄ちゃんが小皿にお菓子をわけてくれた。
「「ありがとう」」
お兄ちゃんから小皿を受け取ってお菓子を食べる。
甘酸っぱいお菓子に頬が緩む。
『リーナ。スキル、気にならない?』
天井付近からユウの呟きが聞こえるけど無視する。
これに反応したら、鬱陶しくなりそうだからだ。
お菓子を食べ終わると、お母さんの手伝いを三人でする。
お父さんが帰ってくると、みんなで出迎えて、特別なシチューを楽しんだ。
『なぁ、リーナ。リーナ……無視しないで欲しい』
スキルで騒いでいたのに、今は悲しげに呟くユウ。
ユウに視線を向けると、私を窺うように見ていた。
「はぁ。スーナのスキルなんて気にならない。元気ならそれでいいの。わかった?」
『でもさ「あっお風呂入ろう」』
ユウの言葉を遮ると、お風呂に入る準備をする。
『うわ~、ごめん。もう言いません! だから怒らないで!』
ユウを見ると泣きそうな表情をしていた。
「怒ってないよ。呆れているだけ」
『ごめん、スキルって聞いたら気持ちが抑えられなくなって』
ユウの呟きにユーレイらしさを感じて、ちょっと笑ってしまう。
ユーレイに、ユーレイらしさって……。
「お風呂に入って来るから、部屋で待っててね」
『うん。いってらっしゃい』
お風呂に入って部屋に戻ると、ユウがいなかった。
それに少しドキッとする。
『あっ、戻って来てたんだ』
ユウが窓を通り抜けて部屋に入ってくる。
それに、小さく息を吐き出した。
「どこへ行っていたの?」
『外の見回り。家の周りには誰もいなかったから、問題なし!』
「ありがとう」
あくびをしながらベッドに寝転がる。
ユウがベッドのそばに立つと、私を見下ろした。
『リーナ。俺、気になっている事があるんだけど……』
少し不安そうに呟くユウを見る。
「何」
『オルガトは悪霊だったのか?』
「わからない」
『でもチャルト子爵が作った魔法陣に反応した。あれは、悪霊を手に入れるためのものだったんだろう?』
「そうなんだけど……」
『あと、オルガトが殺された洞窟の前にいた大量の魔獣も気になる。悪霊に魔獣……オルガトは魔王の仲間だったのか?』
「あれが?」
オルガトは悪というより、研究バカだと思う。
『あぁ、言いたい事はわかる。まぁそうだよな』
オルガトを思い浮かべても、魔王という存在とは結びつかない。
「そもそも魔王ってどんな存在なんだろうね」
『それは、人類の敵だろ?』
「そうなの? どうして?」
『どうしてって……人を陥れて世界を混沌とさせるから?』
ユウと顔を見合わせる。
「魔王というだけでどんな存在か知らないね」
『そうだな。悪い事をしまくるイメージだけど』
確かに魔王と聞くと悪いイメージだな。
「とりあえずわかった事は、チャルト子爵は悪霊を手に入れて世界を支配したかった。『俺は力を得て、全てを手に入れる』って言っていたもんね。そして女神さまを悪く言う存在を教会は『異端者』と呼ぶ」
『そうだな。世界か……悪霊にそれほどの力があるって事なんだろうな』
「あと、オルガトが反応したという事は、この世界のユーレイという存在が、全て悪霊だと判断される可能性があるってことだよね」
『俺は反応しなかったけど』
「それは、ユウがこの世界でユーレイになったわけではないからかな?」
『あっ、なるほど』
「……これ以上面倒事に巻き込まれないためには……」
『えぇ~、面白くなってきたのに~』
ユウの不満な声が部屋に響く。
私にしか聞こえていないので家族に迷惑を掛けることはないから安心だけど、イラッとする。
「やかましい。とりあえず、当分は静かに暮らしたい。ユウ!」
『何?』
「新しいユーレイを見ても、驚かない! 騒がない! 視線を合わせない! わかった?」
どうもユウが、ユーレイをおびき寄せている気がするんだよね。
『驚かないは、ムリじゃないか? あれは自分で制御できるものじゃないと思う』
まぁ、そうだけど。
「家族にこれ以上迷惑を掛けたくないの」
私の言葉にユウがハッとした表情を見せる。
『わかった。家族は大切だもんな。ユーレイを見ても無視するよ』
寂しそうな表情を浮かべるユウに、彼の孤独を少し感じた。
同じ存在がそばにいないのは、つらいよね。
でも、平穏に暮らすためには目をつぶろう。
ごめんね。
それにしても魔王か。
絶対に、関わりたくない存在だよね。
「私を殺したユーレイは今日もやかましい」を読んでいただきありがとうございます。
85話で、第2章を終わります。
また今日で、2025年度の「私を殺したユーレイ」の更新は終了です。
次回は、2026年1月7日(水)から予定しております。
2026年もリーナとユウをどうぞよろしくお願いいたします。
ほのぼのる500




