4話 この世界は
んっ、明るい? あぁ、朝だ。あれ、明るすぎない?
「やばい、寝過ごした! 今日も早く行かないとダメなのに……」
あっ、違う。注文ミスの問題は昨日で解決したから、今日は休みを取ったんだった。
「はぁ。よしっ、寝直そう。んっ?」
ベッドに倒れ込み、いつもと違う天井に首を傾げる。知らない場所、でも知っている?
「……あぁ、そうだ」
昨日の夜の事を思い出し、ため息を吐く。
なぜか、知らない世界の幼い少女に憑依したんだった。しかも、ユーレイと一緒に。
『おはよう、リーナ。考えてみたんだけど、もしかしたらここはラノベやアニメで見た、乙女ゲームの世界とか、勇者がいる物語の中かもしれない』
元気だね。それと、朝からこれに付き合うの面倒くさいんだけど。
「……」
『リーナ? あれ? リーナ、俺の話し聞いてる?』
これは相手をしないとダメなんだろうな。
「……はぁ。それで?」
『もしかしたらリーナは男爵家当主の娘かもしれないぞ。若い頃の当主とリーナの母親の格差を超えた愛。もう少ししたら、男爵家から迎えが来るかもしれない。ただリーナがヒロインだったら、あ~もう少し可愛いはずっていうか。リーナはモブかな?』
失礼だな。リーナはすごく可愛いわけではないけど、可愛いよ。
「リーナの両親は、幼馴染で十八歳の時に結婚。それからずっと仲の良い夫婦としてこの辺りでは有名だからね。それとリーナには、三歳年上の兄と二歳年下の妹がいるからね」
『えっ、そうなのか?』
「うん。リーナの記憶だから間違いないと思うよ」
『乙女ゲームの中に入ってしまう物語では、定番の設定なのに違うのか。という事は勇者の方か? あっ、魔力を調べるとリーナには聖なる力があって、聖女と認定されるのかも』
まだ続くの? それに魔力なんて、あれ? リーナの記憶に魔力の事がある。
「三歳になって調べた魔力検査で、私は一般的な平民と同じでちょっとだけ魔力があるみたい。でも、私の魔力量ではなんの役にも立たないみたいよ」
『魔力がある世界なのか?』
「そうみたい」
『でも、一般的な平民と同じ魔力? それだったら聖なる力は?』
「ないわね」
『本当にない?』
「ない。そもそも、憑依した人物が出てくる乙女ゲームや物語があるの?」
私は、その辺りの物に詳しくないのよね。
『あっそうか、リーナは転生ではなく憑依だ』
「そうよ。それで、あるの?」
『…………ない。そんな』
どうしてあなたがそんなに落ち込むのよ。
「ここがあなたの――」
『ユウだって』
落ち込んでいるのに、そこは譲らないのね。
「ユウ。ここがアニメや物語と関係ない場所だと、理解できた?」
唇を尖らせ、不満そうな表情で私を見るユウ。何も言わずユウを見ていると、大きく息を吐き出し諦めた様子で頷いた。
「それは良かった。ではユウ、あっちを向いて」
壁の方を指すと、ユウが首を傾げる。
『なんで?』
「着替えるからよ。幼いとはいえ女の子。まさか……」
訝しげな視線をユウに向けると、慌てた様子で首を横に振る。
『違う! 違う! ごゆっくりどうぞ!』
叫びながら背を向けるユウの姿に、笑顔になる。
ちょっと楽しい。
リーナの記憶を頼りに服を着替え、髪をとかす。乾燥で、髪が少しパサパサしているけど、これがリーナの普通みたい。
気になるけど、しょうがないよね。
「もういいわよ」
ユウが私を見て、眉間に皺を寄せた。
『それ、大丈夫なのか?』
ユウが言っているのは首の傷の事だろう。パジャマは首元まであったので気づかなかったけど、服を着替えるとばっちり見えた。首に付いた多数のひっかき傷が。ただ不思議な事に、首を絞められた跡はない。
「夜の間に、薬でも塗っておけば良かったよね」
昨日はいろいろな事がありすぎて、首の傷にまで考えた及ばなかった。ここまで酷いとは思わなかったから、今日で大丈夫だと思ったし。
「これ、絶対に目立つよね?」
『間違いなく、目立つだろうな』
首元が隠れる服を探したけどなかった。そうだ、首に何かを巻く? でも、いつもと違う姿だと家族は気にするよね。
コンコンコン。
「誰?」
ビックリした。
「リーナ? リーナ? 無事か?」
焦った様子の若い男性の声に、なぜかホッとする。
「お兄ちゃん」
お兄ちゃん? あぁ、そうか。リーナの兄だ。憑依する前は姉と弟だったから、違和感があるな。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
何をそんなに心配しているんだろう?
「首に傷は付いていないか?」
えっ? どうして首が傷ついている事を知っているの?
『なんで知っているんだ?』
ユウも不思議に思ったのか、小さく呟く。そして、私を見て扉を指した。
『話を聞こう。たぶん聞いた方がいいと思う』
私もそれに賛成。情報は、大事だからね。
「お兄ちゃん。今、開けるね」
『リーナ、待った』
「何よ」
『話し方は、気を付けた方がいいと思う。五歳の少女の話し方になるように』
「あっ。確かにそうね」
でも五歳の女の子の話し方なんて、できるかしら?
「リーナ?」
「ごめん、お兄ちゃん。今、開けるね」
大丈夫みたい。リーナの記憶が助けてくれる。
扉の鍵を開けると、勢いよく扉が開いた。
「うわっ」
「あっ、ごめん。やっぱり、リーナも同じか」
「えっ?」
リーナも同じ? 部屋に入って来たお兄ちゃんの首元を見る。
「お兄ちゃんも傷が」
「うん。呪いに抵抗したからな」
……えっ?
『呪い? えっ、この世界には呪いがあるのか?』
「呪い?」
あっ、リーナの記憶に呪いがある。えっ、この世界、誰かを呪う事が普通にあるの? しかも、呪いで人が死んでるし。
『リーナの兄の様子を見る限り、呪いは普通に受け入れられているみたいだな』
「リーナ、どうした?」
「誰が、私やお兄ちゃんに呪いを掛けたのかなって」
『えっ、呪いをあっさり受け入れた? あっ、リーナの記憶か!』
ユウ、うるさい。
「たぶん、お父さんに一目ぼれした子爵家当主の妹だよ」
お兄ちゃんの言葉で、お父さんの腕に手を添え、うっとりしていた着飾った女性の姿を思い出す。
『うわっ、好きになるのは勝手だけど、好きな男の子供を呪うのはダメだろう』
うん、私もそう思う。まさか、私とお兄ちゃんが死んだら、お父さんが彼女を好きになると思ったとか?
「でも、呪いが未完成で良かったよな」
「未完成?」
「うん。完成していたら、きっと俺とリーナは死んでいたと思うから」
「そうだね」
いや、あの呪いは未完成ではなかった。あれは、完成した呪い。そして、その呪いを私が切った。
どうして切る事ができたんだろう? リーナの記憶から呪いに関する事を思い出したけど、私にあれが切れるはずない。だって、呪いに対応できるのは聖職者と聖女だけみたいだから。えっ、聖女? そうだ、この世界は聖女がいるんだった。ユウには……内緒でいいか。
『あれ、未完成だったか? 俺には、そうは見えなかったけど』
ユウがお兄ちゃんの隣で首を傾げる。
「リーナも同じ状況かもしれないと思って、傷薬を持ってきたんだ、首に触ってもいい?」
「えっ?」
「塗ってあげるよ」
いや、恥ずかしいからムリ。でも、今の私は五歳のリーナ。そして、お兄ちゃんが大好きで、甘えて……甘えていたな。それはもう、思いっきり。抱き着いたり、膝に乗ったり……。
「リーナ? やっぱり傷が痛いのか?」
「大丈夫。お願い」
リーナのこれはいつも通り。そう、傷の手当てをしてもらうのも。だから、恥ずかしい事ではない!
少し上を向き、お兄ちゃんに傷が見えやすいようにする。
「俺の傷より酷いな。もしかしたら、少し傷痕が残るかもしれない」
「大丈夫だよ。平民なんだから傷痕なんて気にしないよ」
そんな事より、早く終わって。