3話 このユーレイは変
『あの~、手を離していただけると嬉しいのですが』
ユーレイが恐る恐る私を見る。
「あっ、ごめんなさい。触れないはずが、触れるから驚いて」
『うん。わかった』
見るだけでも厄介なのに、触れるなんて。ものすごく面倒な事になりそう。
「あれ? 触れるなら……除霊できるのでは?」
『えっ!』
私の呟きに目を見開くユーレイ。そんなユーレイに笑顔を向ける。
『うわ~』
勢いよくユーレイが壁際に移動する。そして、首を横に振る。
失礼な。そんなに怖がる必要ある?
『ダメ、待って。それはムリ』
意味不明な言葉を呟くユーレイ。その姿に、ちょっと楽しくなってしまう。
「あっ、ダメダメ」
お父さんに注意されているんだった。ユーレイで遊ぶのは危険だって。ユーレイは、霊力レベルを上げる事ができる。私たち、生きている者は霊力レベルを上げる事はできない。だから、ユーレイとはいい関係を築く事が大切だと。仕返しをされないように。
「ごめん。ちょっといじわるをしてしまったわ」
『除霊しない?』
「うん。私の邪魔をしなければ、除霊はしない」
ユーレイとの会話は気を付けないと。不用意に約束や契約をしてはダメ。約束や契約をする場合は、しっかりと先を見据えて、少しでも私が有利になるよう仕向けないと。
『リーナ、除霊できるんだ』
「たぶんね。除霊ができる条件は、ユーレイに触れるほどの霊力だから」
でも、除霊なんてした事はないのよね。おばさんが除霊をしているのは見た事があるけど。それに、私の霊力はどこまで強くなったんだろう? ユーレイを追い出すぐらい? それとも消滅させられるほど?
『除霊って、どうやるの?』
「ユーレイにできるだけ近づいて、強い気持ちで祈ればいいの」
『えっ、そんなに簡単なのか?』
いえ、簡単ではないの。ただ祈ればいいという訳ではなく、全身に霊力を行き渡らせる必要があるから。そして、それがとても難しいのよ。
霊力レベル関係なく、霊力を自由自在に扱うのは至難の業。霊力レベル五の祖母ですら、自由自在に扱うまでに一〇年は掛かったらしいから。
あっ、除霊ができるとしても霊力を扱えるようにならないとムリなんだ。私には関係のない事だったから、すっかり条件を忘れていたわ。これ、ユーレイには知られない方がいいよね。黙っておこう。
『祈るだけで俺は、除霊されちゃうのか。あれ? そもそも除霊されたら俺はどうなるんだ? 天国へ行くのか? それとも魂が消滅?』
「除霊結果は二つあるわ。一つは私の周辺から追い出す除霊。もう一つはユーレイを完全に消滅させる除霊」
ユーレイより私の霊力が弱いと追い出す事しかできない。ユーレイより私の霊力が強いと消滅させる事ができる。ただし、無暗にユーレイを消滅させると死神に罰を食らうから気を付けないとダメなのよね。
「死神に怒られるから、消滅させる事はほとんどないわ」
『えっ』
どうしてユーレイは驚いた表情をしているの? 驚くような事は言っていないわよね?
『死神って本当にいるのか? どんな姿? 骸骨に黒いマント、それに大きな鎌?』
骸骨に黒いマント、それに大きな鎌って何? あっ!
「アニメや小説で出てくる死神とは違うからね」
『違うの?』
なぜ不満そうなの?
「違うわよ。死神にどんなイメージがあるのかわからないけど、私の言う死神は、導き手みたいな存在よ。迷っている魂を正しい場所に送り届ける存在。でも黒いマントは着ているらしいわ。私は見た事がないけど、見かけた祖父が教えてくれたの」
『黒いマント』
嬉しそうね。
『顔は? どんな顔だった? いや、どんな骸骨? んっ? 骸骨なんてどれも一緒か』
このユーレイの頭の中はどうなっているの? 大丈夫?
「死神の顔は覚えられないそうよ」
『えっ? 覚えられない?』
「うん。会った時は見えているのに、死神が離れると思い出せなかったらしいわ。ただこれは、死神に会った曾祖母から伝わった話で、本当の事なのかわからないけどね」
なぜか、記録には残っていないのよね。
『そうなんだ』
落ち込んだ様子のユーレイに首を傾げる。死神に会いたいの? あれ?
「死んだ時に、死神が会いに来なかった?」
『うん。リーナ以外に俺は見えなかったよ』
「いや、私の姉弟や親せきもあの駅を使っているから、見える者は他にもいたと思う。ただ、隠しただけよ」
『何だそれ、酷い!』
いや、酷いって何?
「関わりたくない場合は、知らないふりをするのが当たり前だから」
『まぁ、そうなんだろうけど。俺は移動もできないし、俺の存在が誰にもわからなくて不安だったのに!』
「強い心残りがあったの? それでも変だけど」
『変?』
私を見て首を傾げるユーレイ。
「完全体なのに移動ができないとか、聞いた事がないのよ」
『さっきも言っていた完全体って何?』
あれ? さっき説明は……魂の話になってしまったんだった。
「完全体は霊力レベル五の事よ。あなたに初めて会った時は、足もあって服にも色が付いていたわ」
『服に色? いや、その前に』
何かしら?
『俺の名前は佐藤優斗だから。あなたと言われるとぞわっとする』
ユーレイが? やっぱりこのユーレイ、ちょっと変かもしれない。
「えっと、前は家守リンよ。今はリーナ」
『いえもり。家を守る?』
「そうよ」
納得した様子で頷くユーレイにちょっと笑ってしまう。
「家守」。家を守る神様を祭る一族らしい苗字よね。
『俺は会社員で三十六歳。ゲームにどっぷり嵌った人生だった』
その情報は必要ないと思うけど、あれ? 私の番みたいな表情だわ。
「私も会社員で三十一歳。……以上」
『……以上?』
「うん」
嵌った物はなかったからね。
『あっ、霊力についてだった』
話がよく脱線するな。
「霊力は一から五に分けられているの。弱いのは霊力レベル一。強いのが霊力レベル五よ」
『うん』
「霊力レベル一は、今のあなた――」
『佐藤優斗。佐藤、いやユウでよろしく』
「よろしく」したくないな。
『ユウな』
「わかった。霊力レベル一は、ユウの姿よ。腰までの姿で服は白。自由に動く力はないわ。霊力レベル二は、太もも辺りまでの姿で服の色は白。ちょっと自由に動けるユーレイも現れるわ。霊力レベル三は、膝辺りまでの姿で服は白。霊力を持っている者に、付いて行く事ができてしまう厄介な存在よ。霊力を持っている者に触れるユーレイも現れるし。霊力レベル四は、足まであるけど服は白。足があるから自由に動き回れるし霊力が僅かな者にも姿が見えたりするわ。霊力レベル五は、完全体と呼ばれる最恐の存在。服は自由に変えられるし色も付く。ここまで強くなると霊力レベル五の霊能者が複数いないと除霊はできない、とても珍しい存在ね」
『リーナ。いや、リンの方がいいのか?』
「リーナでいいわ」
この体なのだから。
『リーナは俺以外の完全体に会った事があるのか?』
「あるわ。学校の行事である城に行ったら、色鮮やかな十二単を着た女性に笑いながら追い掛け回されたのよ」
見える事がバレて、本当に大変だったんだから。
『すごい経験だな。他には?』
「ないわ。珍しい存在だから、そんな簡単に会う事はないのよ」
『そうなんだ。俺は、珍しい存在』
「うん。でも今はどう見ても霊力レベル一なのよね」
どこで力を失ったの? 世界を越えたから? あっ、私の霊力レベルが上がった原因も、憑依したからではなく世界を越えたからかもしれないな。
『もったいない』
「えっ? もったいない?」
なぜか両手を床に付けているユーレイを見る。
『そんなレアな存在だったのに! 俺は、それを全く活用できなかった!』
やっぱりこのユーレイは変だ。気になるのはそこなの?
『あっ、俺が完全体で怖かったから死神が来なかったのか』
「それはない。たとえ完全体でも死神はもっと強いから」
『そんな……』
眠くなってきたな。このユーレイは放置していいかな?
「寝るね。お休み」
『えぇ! もっと話そうよ。俺は全く眠くないんだけど』
「それはユーレイだからよ」
『えっ。ユーレイは眠くならないのか?』
「そうよ」
『だから死んだ日から眠っていないのか』
それで気づきそうだけど。
『くっそぉ。いまさらそんなスキルを手に入れても。生きている時に欲しかった』
ムリだから。私「ユーレイだから眠くならない」と伝えたよね?
『こんちくしょう』
……寝よう。
「お休み」
あっ、首の手当をしていない。明日でいいか。
「私を殺したユーレイ」を読んで頂きありがとうございます。
次回の更新は4月30日です。
月曜には更新をお休みいたします。ごめんなさい。
ほのぼのる500