2話 死にたくない!
『起きて! 起きて! また死んじゃうから!』
うるさい。また死んじゃうって何? あれ? 苦しい。
「くっ、うっ」
えっ、誰かが私の首を絞めている? ウソ、本当に死んでしまうかも……死ぬ? 私が?
「死んでたまるか!」
『起きた~。大丈夫? 急に苦しみだしたから? あれ? まだ苦しいの?』
目の前をユーレイが通り過ぎるけど、今は無視! そんな存在より、息が苦しい。首が絞まる。
「な、にが?」
誰かに首を絞められている。でも、誰もいない。
「どう、なってる、の?」
もう一度、首を絞める原因に手を伸ばす。でも、私の手は何も掴まない。
本当に、このままだと死ぬ!
「イヤ! 死にたくない!」
首を絞める原因が見えない、触れない。どうしたらいいの?
ギュッ。
首の絞まりがきつくなる。これはやばい。
「くっ」
首をかきむしるが、やっぱり何も掴めない。
くっそう、このままでは本当に終わる!
首をもう一度かきむしる。
ここに何かある。絶対にある。そう、絶対にあるんだから!
ドクン。
体が熱くなる。
「はっ」
見えないという事は、ユーレイだろう。私の霊力レベルは弱いから、触れないはずなんだけど。
「うぅっ」
目の前の何もない空間を睨む。きっとここにユーレイがいる。絶対にいる!
ドクン、ドクン。
心臓の脈打つ音が聞こえる。どんどんと、体が熱くなっていく。
「あっ」
目の前に黒い紐が見えた! 違う、縄だ!
「これか!」
目の前にある黒い縄を両手で掴む。あとは、ユーレイを見つければ……。
く、くる、しぃ。
「ダメ」
目が霞んできた。縄を何とかしないと……。
両手で持っていた縄を左右に引っ張る。
「くっ……」
手に力が、入らない。でもここで諦めたら、死んでしまう! それは絶対にイヤだ!
「切れて~」
ドクン。
両手がカッと熱くなる。
ブチン。
切れた!
「ごほっ。ごほっ」
咳き込むと、誰かが背中をさすってくれた。
「あり、ごほっ、がとう。ごほっ」
少し落ち着くと、両手を見る。爪の先に血が付いている。きっと私の首は今、酷い事になっているだろう。
「あれ? ない?」
私の首を絞めていた縄がない。しっかり握っていたのに。
「消えた……」
やっぱりユーレイの仕業だったのかな? でも、どうして?
少し戸惑いながら、大きく深呼吸する。
「えっ?」
部屋を見渡して、固まる。
「……どこなの、ここは」
『さぁ? 俺にもわからない』
声が聞こえた方を見る。さっき、目の前を通り過ぎたユーレイだ。
「あれ?」
ユーレイの顔を見る。どこかで見た事がある。どこでだっけ?
『何? 俺の顔に何か付いているのか?』
ユーレイが自分の顔をぺたぺたと触る。そして首を傾げて私を見た。
「あっ思い出した! 私を殺したユーレイでしょ!」
『あの時は、申し訳ありませんでした!』
ユーレイが、目の前で土下座する。違う、したように見えた。なぜなら、目の前にいるユーレイは腰までしかない霊力レベル一の姿だったから。
「あれ? 前に見た時は完全体だったよね? それなのにどうして今は霊力一なの?」
『完全体って何?』
私の呟きに不思議な表情をするユーレイ。
コンコンコン、ガチャガチャ。
扉を叩く音と開けようとする音に、飛び上がる。慌てて部屋の扉に視線を向けてホッとする。
良かった、扉には鍵がかかっているみたい。
「リーナ? リーナ? 叫び声が聞こえたけど、どうしたの? リーナ?」
リーナ? 部屋の中を見渡す。私しかいない。目の前にユーレイはいるが、これは除外してもいいよね。
「リーナ? 鍵を開けてちょうだい? どうしよう何かあったのかしら?」
私しかいないという事は、私がリーナなのかな?
「大丈夫」
私がリーナなら、まずは安心させた方がいいよね。 鍵を壊して入って来られても困るし。
「リーナ? でも叫び声が聞こえて」
「ごめんなさい。怖い夢を見て、叫んでしまったみたいなの」
「そう? 本当に大丈夫?」
「うん。大丈夫よお母さん」
えっ? お母さん? お母さんって、この声の人? どうしてわかったの?
「そう、良かったわ。何か飲み物でも持って来ようか?」
「いいえ、もう寝るからいらないわ」
「わかったわ。お休み、リーナ」
「うん。お休みなさい、お母さん」
扉の前から人の気配が消える。それに大きなため息を吐く。
誤魔化せたのかな? それより、お母さんという言葉が自然に出た。
「そうか、体が覚えているんだ。もしかして私、リーナという少女に憑依したの? でも、どうして?」
傍を浮遊しているユーレイに視線を向ける。霊力レベルが一だから、周りの影響で勝手に浮遊しているみたい。
「これも、変なのよね」
私が死んだ時に見た彼は、完全体。足の先まであったし、何より色付きの服を着ていた。それがどうして、今は白い服に腰までの姿なの? 霊力がなくなる話は聞いた事がない。でも現実問題として、目の前のユーレイは完全体から今の姿に変わっている。
「どこで霊力を失ったの?」
『悪い。君……リーナでいいのかな?』
たぶん私がリーナなのだろう。両手を見る限り、本来の私の姿ではない。だって、どう見たって子供の手なんだもの。
「たぶん」
『リーナの言っている霊力が何かわからない』
霊力がわからないという事は「ユーレイが見える者」ではなかったという事ね。
「霊力は魂が持っている力の事よ」
『魂って、死んだら体から出てきた物だよな?』
「そう。体は、存在していた世界に借りている物なの。だから、その世界で鼓動が止まると魂は外に押し出されるのよ」
『借りている物? 俺の体だろう?』
「心臓が動いている間はそうね。でも心臓が止まって死んだ瞬間から、体はあなたの物ではなくその世界の物になるの」
『その世界、つまり地球の物って事か?』
「そうよ。借りていた物を返して、また新しい体を借りて世界に誕生するの。もしかしたら、別の世界に移動するかもしれないけれど」
『別の世界? 今のように?』
「いいえ、これは違う。この世界にとって私たちは、予定外の存在だと思う」
『どうしてそう思うんだ?』
「だって、この世界が認めた存在なら体を借りられるはずだからよ。でも、私はリーナという少女に憑依してしまっているし、あなたもユーレイのままだから」
『つまりこの世界が認めた存在ではないから、体を借りられなかった。という事か?』
「そうよ。ただ、私に何が起こったのかわからないから『たぶん』が付くけどね」
『そうか。なぁ』
「何?」
『どうしてそんな事を知っているんだ? そんな話を、聞いた事はないんだけど』
「私の家は『家を守る神様を祭る神社』なの。そのせいか霊感の強い家族が多かったのよ。霊能者として仕事をしている祖母や親戚もいたしね」
『霊感体質?』
「そう呼ばれる一族だと思うわ」
『リーナも?』
「私は家族の中でも霊力レベルが弱くて、見る事しか出来なかったわ。ユーレイの霊力レベルが二以上だと声も聞こえたけどね」
見るだけで祓う事も出来ないから、本当にいろいろあったわよね。ユーレイに見える事がバレると、付いて回られたり。声が聞こえるとわかったら、時間帯など気にせず話しかけてきたり。仕事中だろうが、睡眠中だろうが、まったく気にしないんだから。本当に迷惑な存在だったわ。
『だ、大丈夫か? すごく恐ろしい顔になっているけど』
ユーレイがポンと私の肩に手を置く。
「大丈夫よ。いろいろ思い出して……えっ?」
ユーレイが触れている肩を見る。
『どうした?』
どうしたって、なんで? どうしてこのユーレイは、私に触れるの? 私は、霊力レベルが弱くて「見る」だけのはずなのに。そしてユーレイはどう見ても霊力レベル一なのに。
肩にあったユーレイの手を掴む。
「触れる」
『何? 何? 怖いんだけど』
「触れるの」
『うん、それはわかる。リーナが握っている手は俺のだから』
困惑した表情で私を見るユーレイ。
「私は霊力レベルが弱くて『見る』事しか出来ないはずなのに触れるの!」
どういう事? 霊力レベルが強くなった? どうやって? 時々、何かの拍子で霊力レベルが強くなると聞いたけど。もしかして憑依した事で強くなったの?
「何が起きているの?」