99話 私は、彼らを信じています
―教会の司教 アルテト・ルーグ視点―
「バルス教皇。裏切り者が排除されたらすぐに動きたいので、決めていただきたい事があるのですが」
ユーフィン司教の言葉にバルス教皇が視線を向ける。
「聖女さまを捜索する人員は、何人くらいがいいでしょうか? あと、聖女さまがお乗りになる馬車も用意したいのですが、王家へ新しく作るようお願いしていただけるのでしょうか?」
「それか……」
ユーフィン司教の話に、バルス教皇は少し考え込む。
「聖女さまは極秘で探す」
「「えっ?」」
バルス教皇の決定に、ユーフィン司教とチェスラ司教が驚いた様子で声を上げる。
「それはいけません。まさか、聖女さまが誕生した事を公表されないのですか?」
チェスラ司教が焦った様子でバルス教皇に声を上げる。
「そうだ。公表は聖女さまを無事に保護できた後で行う」
「なぜですか?」
声を荒げて立ち上がるチェスラ司教に、私は違和感を覚え、彼に視線を向ける。
「教会から裏切り者を排除したとしても、取りこぼしがあるかもしれないからだ。それに、教会の外にいる異端者を我々は把握していない。先ほども言ったが、魔王の復活を望むような者たちだ。聖女さまを害する可能性が高い。そんな状況で聖女さまが誕生したなど、呑気に公表できるわけがないだろう」
バルス教皇の強い言葉に、チェスラ司教が視線をさまよわせる。
「チェスラ司教。まさか、貴族に聖女さまの誕生を話したのですか?」
神託が下るときに鐘が鳴るため、神託が下りた事は知れ渡っています。
でも、内容までは教会が正式に発表するまで、関係者以外に話す事は禁止されています。
私の問いに、チェスラ司教の顔色が変わる。
「チェスラ司教。言ったのか?」
バルス教皇が強い口調で聞くと、チェスラ司教は微かに頷いた。
「申し訳ありません。ですが、彼らには、まだ誰にも知られないようにと口止めして――」
「彼ら? 複数の貴族に情報を漏らしたのか」
チェスラ司教の言い訳を遮るようにバルス教皇が話す。
「あっ……はい」
「異端者たちに聖女さまの誕生を知られた可能性がありますね」
「アルテト司教。彼らは情報を漏らすような者たちではない!」
私の言葉に、チェスラ司教は怒った表情で私を睨む。
「教会で働く者は、調査され、問題ないと判断された者たちばかりです。それなのに、教会を裏切っている存在が紛れ込んでいます。貴族家に仕える者たちの中にも裏切り者がいるかもしれません。チェスラ司教。情報を漏らすのは、話を直接聞いた貴族だけではないのです」
私の説明を聞き、チェスラ司教は困惑した表情を浮かべる。
「それは……」
「人払いをし、絶対に話が外に漏れない場所で話をしたのですか?」
私の問いに、チェスラ司教は首を横に振ると力なくソファに座った。
「申し訳ありません」
チェスラ司教が小さな声で謝ると、バルス教皇はため息を吐いた。
これは、早急に聖女さまを捜索したほうがよさそうです。ただ、今のユーフィン司教とチェスラ司教に、聖女さまの捜索を任せるのは不安です。
「異端者たちは、すでに動いている可能性がありますね。バルス教皇。護衛騎士の中に、すでに調査を済ませた者たちがいます。彼らに聖女さまを探してもらってはどうでしょうか?」
「すでに調べた?」
ユーフィン司教が、不思議そうに私を見る。
「はい。少し不安に感じたので、私の護衛騎士たちを全て調査しました」
私の説明に、ユーフィン司教とチェスラ司教は目を見開く。
正確には、今調べている最中ですね。
「アルテト司教は、護衛騎士たちを信じていないのですか?」
ユーフィン司教が、怪しげに私を見る。
「いいえ、信じています」
「ではなぜ、調べたのですか?」
ユーフィン司教を見ると、微かに笑っている事に気づく。
私の弱みを握ったと思ったのでしょうか? 愚かです。
「少し不安に思う事がありました。だから調べただけです。そして結果が届いた後、調査した事を護衛騎士たちに伝え、問題がなかった事も伝えました」
「えっ?」
私の説明を聞いたユーフィン司教が小さな声を上げる。
「調べた事を、護衛騎士に話したのですか?」
「はい。私は、命を掛けて私を守ってくれている護衛騎士たちを信じています。だから不安を感じた時、裏切り者は出ないと信じ、彼らを調べました。そして私が思った通り、彼らは信じられる存在でした。その安心感を護衛騎士たちと共有するために、全て知らせました。何か問題がありますか?」
私は、彼らを信じています。だから、少し先の未来で起こる事を話しても問題ないでしょう。
「いえ、問題はないです」
ユーフィン司教を見ると、視線を落とし、両手をギュッと握っていた。バルス教皇は、そんなユーフィン司教を見ると、小さく首を横に振った。
「聖女の捜索には、アルテト司教の護衛騎士に頼む事とする。チェスラ司教は、聖女について話した貴族にしっかり口止めをしておくように。勝手に動いた場合は、教会から除籍する。教会内部にいる裏切り者の調査は、私の指示で行う。調査をしている事は、結果が出るまで護衛騎士たちには言わないように。結果が出てからは、それぞれの司教たちの判断に任せる」
教会から除籍された者は、「女神さまから見捨てられた」と言われ、居場所がなくなります。貴族たちの世界からも追い出されます。だから、情報を聞いた貴族は、これでしばらくはおとなしくしているでしょう。
「わかりました」
バルス教皇がチェスラ司教を見ると、彼は真っ青になって頷いた。
「ユーフィン司教?」
返事をしないユーフィン司教に、バルス教皇が視線を向ける。
「すみません、わかりました」
ユーフィン司教を見ると、苛立っているのがわかる。
私を陥れる事など考えず、女神さまの教え通り、正しく生きればいいのです。でも今のユーフィン司教には、それが難しいのでしょうね。
「では、今日はここまで」
「お先、失礼いたします」
バルス教皇の言葉を聞いたチェスラ司教は、少し慌てた様子で部屋を出て行く。
これから話してしまった貴族たちに会いに行くのでしょうね。
ユーフィン司教が無言で立ち上がったので視線を向ける。彼は、バルス教皇に頭を下げると、私を見ずに部屋を出て行った。
「はぁ」
ユーフィン司教の姿が扉で見えなくなると、バルス教皇がため息を吐いた。
「聖なる力が弱まっている事を知って、態度を改めるのかと期待したが……」
バルス教皇がもう一度ため息を吐く。
「仲間の足を引っ張ろうとするとは。ユーフィン司教に弱みを握られないように気をつけろ」
「はい」
バルス教皇に頷きながら、ほんの少し、悲しさが押し寄せる。
異端者だけでなく、仲間にも気をつけなければならないのですね。少しだけ、昔が恋しいです。
「聖女の捜索を頼む事になったが、大丈夫か?」
「はい、お任せください。では、失礼します」
護衛騎士たちの調査結果を、早急にもらわなければなりませんね。
ソファから立ち上がると、バルス教皇に頭を下げ、部屋を出る。すぐに、フォンが私の傍に来た。
「調査結果が届いています」
フォンの言葉に思わず足が止まる。
「アルテト司教?」
立ち止まった私を、フォンが不思議そうに見つめる。
「いえ、ちょうどそれが欲しかったので驚いたのです」
「何かありましたか?」
フォンの問いに、私は苦笑する。それを見たフォンが、何かを察知した様子でため息を吐いた。




