1話 えっ、死んだ?
「ありがとうございました」
コンビニ店員の言葉を聞きながら、お店を出る。
手には、ビールと唐揚げ。俺が好きなのはピリッと辛さが口に広がる唐揚げ。ビールとの相性は最高だと思う。
「よし、これで準備万端」
二日分の食料とお茶に水は用意済。あとは、家に戻ってダウンロードしたばかりの「乙女ゲーム:聖女の願い②」を楽しむだけだ。
「先輩?」
げっ、後輩の飯塚君か。彼は、話がちょっと長かったりするんだよな。
「お疲れ様。仕事、終わったのか?」
「はい、今日は早めに終われました。先輩も終わっているなら、飲みに行きませんか? 同期や先輩達と、これから飲み屋で集合なんですよ」
「悪い。今日は用事があるんだよ。また次の機会に誘ってくれ」
「えぇ、前もそう言って断ったじゃないですか!」
そうだっけ? あぁ、先週の話か。あの時は乙女ゲーム「花の聖女のときめき」を攻略中だったから断ったな。あれ? その前も確か断ったような……。
「よしっ、来週は一緒に飲もう」
人付き合いも大切だからな。一番は、ゲームだけど。
「絶対ですよ!」
「もちろん」
「あっ、やばい。約束の時間が! 先輩、来週は絶対ですからね!」
「大丈夫、忘れないように頑張るから」
「先輩、頑張るって……。そうだ、忘れないように俺が毎日声を掛けますね。『今週末は飲み会ですよ』って」
「いや、それはいい」
「ダメです。先輩は忘れそうだから」
諦めてくれそうにないな。
「わかった。頼むよ」
実は忘れそうで不安だったし。
「了解です。では、月曜日から始めますね! また会社で」
「あぁ、会社でな。飲み過ぎるなよ」
笑って手を振る飯塚君と別れて、駅に向かう。
「さて、家に帰ろう。そしてこの連休はゲーム三昧だ!」
「乙女ゲーム:聖女の願い①」は悪役令嬢がいない王道的ストーリーだった。それはそれで面白かったけど、ちょっと物足りなかったんだよな。②では、悪役令嬢に悪役令息まで登場するらしい。イラストは①と同じ、レイレンさん。可愛くて綺麗なイラストに、心惹かれるんだよ。
駅の階段を駆け上る。
待っていろ、聖女の願い! あと少しで我が家だ!
ズルッ。
「えっ?」
なぜか体が宙に浮く。そして、体中に走る痛み。
もしかして、階段から落ちた? えぇ~、乙女ゲームする予定が狂うじゃないか! この連休中にクリアを目指していたのに!
『くっそ~』
あれ?
足元を見る。
なぜだ? 俺がもう一人いる。
『うっわ~、すごい出血だ。これ、大丈夫なのか?』
……いや、アウトだろ。だって、体から俺が出てるじゃん。
『えっ、これが魂?』
全身を見る。ちょっとくたびれたスーツを着た俺だと思う。鏡がないので、顔の確認はできないけど。
いや、幽体離脱という可能性も。出血が酷い俺の体に手を伸ばす。
スカッ。
触れない。
『ウソ、俺……死んだの?』
本当に?
『ウソだろ! あんなに楽しみにしていたゲームをせずに? こんな呆気ない終わり方? 死ぬなら、死ぬならゲームをし終わった後だろう! イヤ、死にたくないんですが
!』
救急隊員が慌ただしく動き回る傍で、地面に拳を叩きつけて悔しがる。チラッと寝そべっている俺を見る。
戻る気配なし。
『そうだ。スマホに触れたらゲームができるのでは?』
近くに落ちていた自分のスマホに手を伸ばす。
スカッ。
スマホを通り抜けた手を見つめる。
まぁ、そんな気はしていたけどさ。
『くっそ~! こんなの死にきれない!』
救急隊員に運ばれていく俺を見送る。
『……あぁ、行っちゃったよ~』
階段を駆け上がって行く少年に視線を向ける。
『あの子は昨日もこの時間に見たな。きっと部活だな。学校は始まる時間にしては早過ぎるし』
俺が死んだ日から四日が経った。なぜか、死んだ場所から動けない状態になっている。
『こういうの、なんて言うんだっけ? 呪縛霊? いや、あれは造語だ。えっと、地縛霊! そうだ地縛霊だ。でも地縛霊は、死んだ事を受け入れられなかった者がなるんじゃなかったっけ?』
死んだ事は、理解した。心残りはあるけど、ものすご~くあるけどこの四日で諦めもついた。いや、諦めきれないけど死んじゃったから仕方ない。そう、泣いていたって仕方ないんだ。
ユーレイが泣ける事に驚いて、すぐに涙は引っ込んだけど。
『はぁ、暇だな』
四日も、階段を行き来する者達だけ見ていると飽きる。スマホがないからゲームもできないし。いや、そもそも触れないし。
『うわぁ。彼女、すごい疲れた表情をしているな。化粧で目の下の隈が隠しきれていないよ』
階段を上がって来るパンツスーツ姿の女性を見て呟く。
「えっ?」
『えっ!』
疲れた表情の女性が俺を見た。そう「見た」。
『あれ?』
女性はスッと視線を逸らすと、俺の傍を通って行く。ちょっと慌てているのがわかる。
『今、目が合ったよな……』
階段を上る女性に視線を向ける。
『待って!』
慌てて階段を駆け上がる。でも、女性を乗せた電車は発車してしまう。
『あぁぁぁぁ』
頭を手で抱えて、電車の後ろ姿を見る。
『行ってしまった。もっと早く反応していれば、俺の状態について相談ができたのに! いや、待てよ。あの女性は昨日も見かけた。うん、確実に見た。つまり、この駅は彼女の最寄り駅だ。という事は、待っていればまた会える!』
よしっ、帰りを待とう。そして俺がここから動ける方法を探してもらおう。あっ……俺の代わりに乙女ゲームをしてもらうのもありかな?
『まだかな?』
電車が駅に到着するたび、不安と期待を込めて下りてくる者達を確かめる。女性は、黒のパンツスーツ。髪はショートで、とにかく疲れた表情をしていた。
『あっ! 見つけた』
電車から下りて来た者達の中に、探していた女性を見つけた。朝より疲れた表情をしているけど、彼女で間違いなし。高まる気持ちを抑えられず、女性との距離を一気に詰める。
『こんばんは。朝、会ったよね?』
「うわっ」
しまった! ここ階段の一番上だった!
女性が階段から落ちていく。慌てて手を伸ばすが、俺の手は彼女の手を通り過ぎてしまう。
『待って! 待って!』
階段下に一気に下りて、女性の様子を見る。
『大丈夫? ごめん、急に声を掛けたから。どうしよう』
「大丈夫ですか?」
駅員が駆け寄って女性に声を掛けているが反応はない。
『俺の時みたいに、出血はないみたいだけど……』
周りを見る。心配そうに女性を見る者、動画を取る者など様々な人がいる。数日前、見た景色と同じだ。
『俺のせい、ひっ!』
女性の体からスーッと出てくる彼女が見えた。
『ダメ~、戻って!』
彼女を体に押し戻そうと手で押す。
ぐにゅ。
『あっ、触れる』
生きている人は触れなかったけど、魂なら触れるんだ。
あっ、触れるなら押し戻せるかもしれない。
ぎゅぎゅっと彼女を体の中に押す。
『これが中に入ってくれれば死なないはず』
いや、これが正しいかなんて知らない。でも俺が殺しちゃったんだから、なんとかしないと。
『戻れ~』
力いっぱい叫ぶと、グイっと体が引っ張られた。
『何?』
引っ張る力は強く、そのまま彼女の元から離されそうになる。
『なんだこれ~』
引っ張られる恐怖に、彼女に抱きつく。
『えっ?』
女性の驚いた声は、引っ張る力がどんどん強くなっていく恐怖に気づかない。
「何をしている! その女性を離せ!」
聞き覚えのない声が聞こえたけど、離したら俺はどうなるんだ?
『ムリ~、イヤだ~』
グイッ。
『うわっ!』
すごい力で引っ張られ、俺を何処かに連れて行こうとする。恐怖と心細さに、腕の中にいる彼女をギュッと抱きしめる。
怖い。なんだよこれ! 本当に怖いって! えっ、俺死ぬの?
『イヤだ、死にたくない!』
『もう、死んでいるから。というか、これはどういう状況? あれ? もしかして、私……死んだの?』
腕の中から、声が聞こえた。でも、それを確かめる事はできなかった。目の前がパッと明るくなって……気づいたら、見た事のない部屋にいたから。
2025年4月21日より新作を始めます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
ほのぼのる500