7話
学園内の案内やらが済んで、この生活にも慣れ落ち着きはじめた頃の放課後。
淡々とした事務作業。先生から頼まれた資料たちが、机の上で重なり山になっている。
まさか、くじ引きで役員という名の雑用担当に選ばれてしまうとは。一応役員には単位が追加で貰えるらしいが、早速こんな面倒事に巻き込まれるなんて、己の運の悪さを恨むしかない。
しかも、よりによって相方が
「おい、ボケっとしてたって勝手に仕事は終わらないぞ。それとも、時間をドブに捨てるのがお前の趣味なのか?」
私の婚約者(仮)、オーウェン・ベルガモットだと誰が想像しただろうか。
彼はせかせかと手を動かして、素早いスピードで仕事を済ませている。エリート社畜か貴様。
というか毎度毎度一言余計じゃワレェ。
「少し目を休めてただけです。いちいち人のやることにケチつけないと生きていけないんですか」
「こちらとしてはただ注意してやっただけなんだがな?悲しいなあ、優しいこの俺の忠告はお前にとって無駄だったわけだ」
大袈裟に泣き真似をする様は、まるで悲劇の舞台の役者のようだ。
腹立つコイツ〜!!一度頬を引っぱたいてやりたい。なんでこんなのがモテるんだ。顔と家柄がいいからですかそうですか。誠に遺憾の意でしかない。
「いえいえ、有難い忠告感謝します。お礼にデナトニウムでも送りましょうか?」
「それ世界一苦い物質だろ、いらん」
ぽんぽんと互いに減らず口を叩きながら、少しずつ仕事を終わらせていく。
結局全部済んだのは、カラスが鳴きはじめた頃だった。
捌き終わった書類たちを、二人で分けて職員室まで運ぶ。同じくらいの量のはずだが、彼との身長の違いも相まって、積まれたプリントが邪魔をして若干視界が悪い。足元がみえないのがとても不便だ。
それに加え、嫌がらせかなんだか知らないが、後ろからほらほらと彼が急かしてくるもんだから、いい加減一言言わせて貰おうと後ろを振り向いた瞬間、つい階段の4、5段目の段差でつまずいてしまった。
口をあんぐりと開けた彼の顔が視界の端に映る。手から離れていった書類が宙に舞う。世界がやけにスローモーションに見えた。
やばい、落ちる。
そう思った時には既に手遅れで。私は彼を巻き込んだまま、足を踏み外して階段の踊り場に落ちてしまった。
落ちた衝撃で、唇に柔らかいものが当たる。
幸いにもそれほど高くなかったから怪我自体はないが、何か今、乙女として大切なものを失ったような……。
「は………?」
現在の状況をよく確認すると、オーウェンを下敷きにしていた。彼は今起きたことが信じられないとでもいいだげに、顔を赤らめ口の辺りを右手で抑えて固まっている。
その様子を見て、あらかた何が起きたか察してしまった。
「わ……」
「わ?」
「私のファーストキスが〜!」
あまりのショックに、階段の踊り場で思わず叫んでしまった。時間帯的に周りに人がいなかったことだけは不幸中の幸いだった。
「初めてが、こんな、ムードの欠けらもない事故チューになるなんて……」
顔を覆い、その場に座り込んでしまう。
前世でも素敵な恋愛なんてしてこなかったから多少なりとも憧れがあったのに、こんなのってないよ……。
「しょ、しょうがないだろ!それを言うなら俺だってファーストキスだったんだぞ!」
さっきの固まった状態から戻った彼が、やっとそう反論する。
「っノーカン!ノーカンです、こんなの!」
お互い無かったことにしてしまおう、うん。それがいちばんいい。
自分を無理やり納得させるが、それでもまだ失ったショックから立ち直れなかった。
「ううう……もしするなら綺麗な景色の見える部屋で素敵な相手に優しくキスして欲しかったのにぃぃぃ……」
「お前でも案外そういうの気にするんだな…」
呆れたような声で告げる彼。
「別にキスくらい、夢見たっていいじゃないですか…」
私の言葉を聞いた彼は「意外だな、お前はそういうのに興味が無いもんだと思ってたが」とだいぶ失礼なことを呟いた。私をなんだと思ってるんだ。
「……書類、出しに行きましょうか」
「あ、ああ……」
先程の光景を思い出してしまうので、なるべく相手の顔を見ないようにしながらさっさと拾って担当の先生に提出した。
届ける際に、
「顔が赤いようですが、風邪でもひきましたか?」
「「違います!!」」
という会話があったのはここだけの話。