おまけ4
【ちょっとした好奇心】
あの日以来ちっとも言葉にして伝えてくれない彼に、不満がないかと言われれば嘘になる。
お酒は前世で経験があるので私はちびちびと飲んでいたが、隣の彼は程度が分からずぐびぐび飲んで早々に酔ってしまったようだ。この際普段聞けないようなことでも聞いてやろうと、私は口を開いた。
「それで、お酒で随分とご機嫌なあなたは、私のどこがいちばんお気に入りで?」
「ん〜…瞳だな」
「瞳、ですか?」
意外な答えがかえってきて驚く。ひとみ……瞳か。そんな特別綺麗なものでは無いと思うが…。
彼はそれにまた付け加える。
「ああ。ワインみたいな真紅のその目」
「俺の髪と同じ色だ。俺の色。お前の目自身がお前は俺のものだと言っているみたいで、俺に染っているみたいで気分がいい」
「…みたいも何も、もうあなたのものじゃないですか...」
「お前にしては珍しく可愛いこと言うじゃないか」
珍しくとは何だ珍しくとは。事実は事実だけどちょっとムッとしてしまう。
「いえ、何も言ってませんが。幻聴か体調でも悪いんじゃないですか。……お酒が入らないと、まともに人を口説くこともできないいくじなしさん」
ちょっとした文句を小声でぼそっと呟いた。
「へえ...?随分と言ってくれるなぁ、ちょっと生意気な俺の愛しのハニー?」
やばい、口元は笑っているが目が完全に据わっている。絶対聞こえないと思ったのに、まさかこんなところで地獄耳を発揮してくるとは。
「あのいや、これは、その...」
しどろもどろになりながら何とか釈明しようとするがもう遅いようだ。慣れた手つきで腰の後ろに手を回される。
「絶対後で抱く。安心しろ、アルコールが抜けてもお前が嫌という程口説き倒してやる。二度といくじなしなんて言えないように、な」
「俺のぜんぶ、受け止めてくれよ。ハニー?」
こういうおちゃらけてる時だけ『ハニー』だなんて、もう、ほんとに恥ずかしい人!
「顔、赤くなってる。可愛い。こっち向いて、もっとよく見せろ」
「へ」
突然彼は私の頬に手を添えてくる。え、もしかしてもう始まっちゃった?
「なんか年々綺麗になっていくよな、お前。それ以上綺麗になってどうすんだよ、俺をもっと骨抜きにしたいのか?」
彼の手が私の頬を撫で、そのまま唇をちょんと触る。なんだか、日頃からは考えられないほど仕草がいちいち際どいというか色っぽいというか。前までのガチガチに緊張していた可愛い彼はどこにいったんだ。
「ちょっ」
「ふふ、ずっとこうして触れ合っていたいと思っていたんだ。あんまり口にも態度にも出せなかったけど」
「ほんと唇とかつやつやしてて柔らかいな、おまえ。キスしたいくらいだ。きもちいい。ずっと触っていられる」
「も、もういいです!もう充分伝わりましたから!」
「いいや、駄目だ。まだ伝え足りない。この機会に、今まで言えなかった分までとことん言ってやる」
・・・
あれよあれよという間に翌朝になり、目が覚めると隣で頭を手で押えながら難しい顔をした夫がそこにいた。
「あのー…大丈夫ですか?」
そう声をかけると、私が起きたことに今気がついた彼がびくっと肩を震わせた。
「うわっ!?い、いや、まあ、そうだな...あー、慣れないことはするもんじゃないな...」
昨日のハメを外しすぎた自分を反省しているのか、視線をうろうろさ迷わせている。
そんなに後悔しないでよ。………ああ言ってくれて、ちょっと嬉しかったのに。
「……酔いが覚めても、口説いてくれるんじゃなかったんですか」
唇を突き出して、拗ねたような声を出すと、彼は「え」と言ったまま固まってしまった。
「大丈夫です。そのくらい予想はついてましたし、別にいえなくても...」
「好きだ」
間髪入れずに彼が答える。
「っ...む、無理して言わなくたって」
「無理して言ってるわけじゃない!昨日のお前への言葉に嘘はないのは事実だ。ただ普段考えてることが全部言葉とかに出てただけで、今だって拗ねた顔も可愛いとかうなじが色っぽいなとか、ってああ違っ、今こんなこと言うつもりじゃ」
「ふ、ふふっ」
あたふたする彼に思わず笑みがこぼれる。彼はそんな私を不思議そうに見つめていた。
「もういっぱい伝わりましたから、大丈夫ですよ。…………私も愛しています、ダーリン」
思い切ってそう伝えてみると、彼はまた少し固まった後、ぼっと顔が真っ赤に染めた。
「へ......えっ!?お、おい、もういっかい」
「やです。今日のぶんはもうおしまい。...また明日になったら、もしかしたら言うかも、なんて」
「くっ...!次は絶対聞き逃さないからな...!」
どうやら彼に火をつけてしまったみたいだ。
そんなこんなで、私たち夫婦は今日も平和です。
 




