34話
あれから、案外自分で考えているよりもはやくその日はやってきた。卒業式を控えた3年生恒例のプロムをする時間だ。簡単に言えば、ダンスパーティーである。
最初のダンスの相手は婚約者、つまり彼だ。
「3年間なんて長いと思っていましたが、案外早かったですね」
「そうだな」
この3年間いろんなことがあった。
それはたしかに青春だった。
学生でいる間だけ許されるようなやりとりやお遊びも、自身の思い出の中だけのものになっていく。もう今までのように皆には会えなくなるだろう。彼にだって、あの日半ば投げやりに交わした婚約解消の約束がある。卒業したら、それが彼とのお別れの合図だ。
最初は嫌なやつだと思っていたけれど、意外と優しいところもあって、子供っぽくて、意地っ張り。きっと、そんなあなただから私は好きになった。
皆と離れたくない。そして何より、あなたに会えなくなるのがいちばんつらい。
少し寂しそうに細めるその瞳の先で、あなたは何を見つめているのだろう。
ここで過ごした日々は、一緒に過ごした時間は、あなたにとってかけがえないものになったのかな。
私は、あなたの記憶に少しでも残るような人になれたかな。
「そんな顔するな。二度と会えないって訳じゃないだろ」
「…そうですよね。きっと、また会えますよね」
彼の言葉を聞いて、ぽつりとそう呟く。
次彼と2人で会う時が最後だなんて思いたくない。まだ一緒にいたい。だけど、こんな個人的な未練で彼を縛っているようでは彼に迷惑がかかる。
この気持ちは胸に閉まっておこう。彼の新たな出会いを祝えるように。
●○●○
もうすぐ卒業する寂しさを紛らわせるように、彼女は強がって笑った。
「どうです?私、前よりも踊るの上手くなったでしょう」
「まあ、多少はな」
「もー…」
冗談交じりに怒ったふりをして、彼女は頬をふくらませる。
多少、なんてのは嘘だ。彼女の踊りは以前とは比べ物にならないほどに上達しているし、身のこなしも洗練されていて、前よりもずっと綺麗だ。
『誰よりも綺麗だ』と、劇の主人公みたいに素直にそう言える性格だったなら、未来は少しでも変わっていただろうか。天邪鬼な性格が災いして褒め言葉のひとつも言えない自分が嫌になる。きっとアルビーやノアならスラスラと彼女が望むような賛辞を送れるだろうに。
「…2日後に、お伺いすればいいんでしたっけ」
「ああ」と返事を返す。当時から、卒業式が終わった後、俺が爵位を引き継いだらすぐに婚約解消するよう契約していた。
諦めると決めていたのに、結局ずるずるとここまで思いを引きずってきてしまうとはな。
仕方ない、彼女のそばにいられる資格があったのは、例え仮でも婚約者の肩書きがあった今だけだったから。どっちにしろ、きっと卒業したらどれだけ会いたくたって今までのようには会えないだろうし。
…本当に、俺はこれでいいんだろうか。
いや…いいんだ、これで。自分を無理やり納得させて、今にも溢れそうな想いに必死に蓋をし無視を決め込む。心臓が悲鳴をあげているように感じる。
……くるしい。




