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33話

「『あなたは?』」


「『僕はオリバー。君は?』」


「『私はローズといいます』」


「『ローズか。可愛らしい君にぴったりだ』」


不思議な森の花園で出会ったヴィンテルの国の王子とエアルの国の姫君。逢瀬を重ねるうちにふたりは互いに惹かれ合うが、実は互いの国は敵対している真っ只中であった。


「『逢瀬の相手がよりにもよってあの国の王子とは!これ以上、おまえをあのような野蛮な国の者に会わせるわけにはいかない』」


「『そんな、お父様!』」


逢瀬がバレてしまった姫君は、父親であるエアルの国の王に王子と会うことを禁じられ、城の一室で幽閉されてしまう。


一方で、王子の恋焦がれる相手が敵国の姫君だと知ったヴィンテルの国の王は、王子が姫君を忘れるよう様々な相手を王子にけしかけるが、王子は誰にもなびくことなくより一層姫君への想いを募らせていく。

王子のその一途さに感服したヴィンテルの王は、王子を自由の身にしてやることを誓う。


「『エアルの国の王よ!私は貴方と戦うために来たのではありません。ただ、愛する人に会いたいだけなのです』」


「『容易な願いでないことは承知の上です。ですがどうか、私に貴方の大切な姫君を守る資格を下さい』」


ヴィンテルの王の許しを得て、王子は姫君に婚約を申し込もうとするが、エアルの王は王子に「荒れた森に住む悪い魔獣を己の力で倒し、その首を我の元に差し出したなら娘をやろう」と無理難題を課した。


その魔獣はこれまで国に多くの災いをもたらしており、討伐に向かった者の中で今まで無事に帰ってきたものはいなかった。

しかし、それでも王子は怯むことなく勇敢に戦い、傷を負いながらもついに王子は魔獣を倒し、エアルの王へその首を差し出す。


今にも倒れそうな王子を見たエアルの王は、今のうちに今後脅威になるかもしれない敵国の王子を始末してやろうと企むが、必死の思いで城の部屋から抜け出してきた姫君がそれを食い止め、エアルの王を説得する。

互いの想いの強さに胸を打たれたエアルの王はふたりの婚約を認め、晴れてふたりは自由になった。


●○●○


「『...オリバー様』」


「『ローズ。ずっと、会いたかった』」


とうとう劇もラストスパートだ。


「『ええ、私もです』」


彼女との距離が一歩、また一歩と縮まっていく。演劇用に作られた、ローズという名に相応しい鮮やかな赤のドレスはよく似合っていて、本当に絵本から出てきた姫のようだ。


「『君に伝えたいことがあるんだ』」


「『伝えたいこと?』」


「『ああ。本当は、もっと早く伝えたかったんだけれど』」


これから、姫と王子は想いが通じあった末、ハッピーエンドを迎える。

...ハッピーエンドが、現実にもあればいいのに。


リハーサルでは「木のハリボテの裏ではっきりとは見えないから、キスするフリだけで大丈夫です」と脚本と演出の生徒は言っていたし、綺麗な思い出としてこの恋心ごとさっさと終わらせてしまおう。


「『僕は、君を愛してる。あどけない笑みも、鈴音のように可憐な声も、あの日の僕にくれた優しさも、全部好きだ』」


「『他の人じゃダメなんだ。君以外考えられない』」


伝わってしまえ。気づかないでくれ。

そんな相反した気持ちが、胸の中で渦巻く。


「『君と一緒に生きたい。どうか、僕の手をとって』」


「『...!もちろん、喜んで。…私も、あなたのことを愛しています』」


演技だってわかっているのに、自分に言われたような気になってどぎまぎしてしまう。


「『ははっ、僕は世界でいちばんの幸せ者だな』」


劇という、ひとときの夢の中でだけの”幸せ者“。


「『...オリバー様』」


「『...ローズ』」


情緒的な音楽が流れる。

互いの息遣いがわかる距離。自分の心音が相手にも聞こえてしまいそうだ。


「っ...」


スポットライトがあたったことで目が眩んだのか、目の前の彼女がドレスで少しつまづいてしまった。


考えるより先に体が動いて、俺は彼女が転ばないように体をぐいっと引き寄せた。図らずも身体が密着する形になる。

その瞬間に彼女が俺の方を向いて...俺の口の端に、そのまま彼女の唇があたった。

予定では寸止めのはずだったのに、ちゅ、と小さく可愛らしい音が鳴る。


「……ぇ」


向こうも予想外の出来事だったのだろう。顔が林檎に負けないくらい真っ赤になって、目元が少し潤んでいる。扇情的な表情に魅せられて、彼女から目が離せない。


俺となんて嫌だろうと思っていたのに、いつぞやの事故だった時と違い、何故か怒りや拒絶の色は見られなかった。

え、何。なんで、そんな顔して…。


ふたりとも状況が飲み込めず固まっている間に、物語の幕が下がっていく。ふたりの間の沈黙を、拍手の音がかき消していく。


身体中が沸騰したみたいに熱い。熱に浮かされた頭では、冷静に考えることもままならなくなる。どうせなら唇にしてくれたらよかったのに、とか、そんな顔あいつの前でもしてるのかよなんて思わず考えてしまう自分を叱咤した。


「その…すみません。嫌、でしたよね…」


「ッ俺は…っ!」


嫌じゃない。どんな事情であれ、求めてやまない相手としたキスだ。嫌なわけがないだろ。

むしろ…いやちがう、だめだ、これ以上は。俺が求めていいものじゃない。

まぶたを固く閉じて、平常心を取り戻すために深呼吸する。


「……別に、構わない、が」


嫌なのは、お前の方なんじゃないのか?

ああ、くそ。なんでそんな期待させるような顔するんだ。本当に諦めきれなくなるだろ。

もう、俺...どうしたらいいんだよ...。


●○●○


私、さっきオーウェンと…。

あの時と違って想いを自覚した後では破壊力が段違いだ。ああ、やばい。どきどきしすぎて心臓が壊れちゃう。

俯いたまま、熱くなった頬をはやく冷ましてしまおうと手でぱたぱた扇ぐ。


最後の祭典くらいちゃんとこなそうと思っていたのに、ラストのシーンで失敗してしまうとは情けない。他の誰も気がつかなかったから良かったものの、とんだ大失態だ。

しかも、故意ではないとはいえ助けてくれた彼にき、キ……思い出すだけでまた熱がぶり返してきた。


まともに彼の顔を見ないまま劇が終わってしまったが、はたして彼は怒っていなかっただろうか。段々と不安になってくる。

確かにいい思い出になるよう願ったけれど、こういう意味じゃなかったんだけどな…。私だけ美味しい思いをしてしまい、なんかちょっと罪悪感を感じる。まだあの瞬間は忘れられそうにない。

これはしばらく熱は冷めないかもと思いながら、なんとか最後まで祭典をこなした余韻に浸った。


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