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29話

あれからの記憶はあやふやで、自分がどうしたかあまりはっきりしない。

ただそれを聞いた時、目の前が暗くなって、呼吸が浅くなったことだけは覚えている。多分その後はその場から尻尾をまいて逃げたんだろう、いつの間にか真っ暗な自室のベッドの上で丸くなっていた。何かあったら自室に逃げ込む癖は昔から変わっていない。


そうか、最近アルビーが女遊びを一切しなくなったのは、彼女のためだったのか。俺と違って女性に優しいアルビーならきっと、彼女を大切にするだろう。カミラだって満更でもなさそうだったし、お似合いのふたりじゃないか。

そうやって無理やり納得させようとしても、頭ではちゃんとわかっているのにどうしてもできなかった。このくらいですんなり諦められる程度なら、今こんなに傷ついてない。


やっと、自分の気持ちを受け入れられたのに。

こんなにも早く失恋するとは思ってもみなかった。

胸にぽっかり穴が空いたような無力感。何もしたくない。何も考えたくない。

もしかしたらあいつも悪く思ってないんじゃないか、なんて…ただの俺の勘違いだったんだな。


はじめは、こんな親が決めた婚姻なんて望んでいなかった。あの頃の俺なら喜んで婚約解消しただろう。けど、今じゃもうこんなに彼女に惚れ込んでしまっている。


息がしにくくて苦しい。身体が鉛のように思い。こんなの、どうすればいいんだ。

こんなことになるくらいなら、好きになんてなりたくなかった。恋なんてはじめからしなきゃ良かった。


手に感触を感じて手元を見ると、渡そうと思っていたあいつのハンカチを握ったままだった。


「……返さなきゃ、ちゃんと」


みっともない鼻声のまま、ひとりきりの部屋でぽつりとそう呟いた。


●○●○


「君が好き。一人の人間としてもだし、恋愛対象としても君のことが好きだよ」


「もしオレを選んでくれるのなら、オレと恋仲になってください」


こんなに真剣に彼は想いを伝えてくれている。なら、私もきちんと本音で、自分の言葉で返さなきゃ。


「ありがとうございます、私の事を好きになってくれて。あなたのその気持ち、とっても嬉しい」


嬉しいのは本当だ。彼の婚約者になれる人は幸せだろう。だけど。


「……だけど、私はきっとあなたに同じ気持ちを返せない。あなたの気持ちに応えられない」


彼のことをそういう風に思えないのにこのまま彼と付き合ったら、それは彼の真摯な気持ちに失礼になる。


「だから、ごめんなさい」


「はは。あーあ、振られちゃった…残念」


少し悲しそうに微笑みながら、彼はそう言った。できるだけ傷つけないように言葉は選んだつもりだ。これが私にできる精一杯。


「まあ、何となくわかってたけどね。オレじゃなくてあいつのことが好きだって」


「へ?」


「え?」


え、あいつって誰?好きって誰が?

急な話にまた頭が追いつかなくなる。


「誰が、誰を……」


「カミラちゃんが、オーウェンを」


「あれ、もしかして自覚なかったの?」とアルビーは若干半笑いで話す。私が、オーウェンのことを……そんな、まさか、だって。


「自覚というか……いや、な、なんで私があの人を好きとかそういうことになるんです?」


「考えてもみなよ、カミラちゃんはオレに可愛いって言われてどう思う?」


そりゃあ、褒められたら誰だって嬉しいと思うだろう。嫌な顔をする人はあんまりいないはずだ。


「褒められるのは嬉しいです、けど……」


「いやえっと、そうじゃなくて〜……例えばオレじゃなくてオーウェンだったら、ドキドキとかさ、したりしない?」


オーウェンに……。彼に可愛いと言われる想像をして、勝手に顔が熱くなる。あのひねくれた彼はそんなこと滅多に言わないし、私のことをそんなふうに見てないことなんてこの数年でわかっているのに。


「な、なんでわかって……」


「だってあいつといる時のカミラちゃん、とってもいい顔してるもん」


えっ、うそ。そんなに私、顔に……。


「ゆっくり考えればいいよ。それこそ、あいつとなら『キスできるかどうか』をね!」


・・・


彼に言われたその言葉を、私は寮に帰ってからもずっと考えていた。


彼とキスできるか、なんてよくわからない。……だけど、近い将来婚約解消をして彼が他の人とキスすることになるのかと思うと、なんだか心がもやもやする。そんなのは見たくないなと思ってしまう。

こんなこと考えてる時点で、答えなんてもう決まりきっているのに。


「私、オーウェンのこと、好きなんだ……」


改めてそう口にすると、恥ずかしいような、浮き立つようなそんな気持ちになる。

また彼に会わなきゃ行けないのに、こんな調子で大丈夫かな。いや、弱気になっちゃだめだ。こういうのは行動に移さなきゃ何も始まらない。彼と一緒にいれる時間も残りわずかだ。ようやく自分の気持ちに気づけたんだから、アピールしないと。少しでも彼に見て貰えるように。

そんなことを考えながら、私は眠りについた。


●○●○


気持ちがこっちに向いていないことなんて分かってた。いつまでもオレはいい友達止まりだって。

だけど、たとえ勝ち目がなくても何にもせずに諦めるのが嫌で、行動に移した。


君のその表情を引き出せるのが、オレだったら良かったのに、と思わなかったと言えば嘘になる。

それでも、君との思い出は全部宝物なんだ。

綺麗で大切な、宝物みたいな恋。頭の中で思い返すたび、オレの心を奮い立たせてくれる。

まあ、結局振られちゃったけどね。

でも……君のこと、好きになれてよかった。


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