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2話

…………え?


目の前のお人形さんみたいに綺麗だと思っていた相手は、腕を組み脚をクロスしてふんぞり返って、随分と居丈高な態度をとっている。彼はただそこに座っているだけで、立ち尽くす私の方が目線は上のはずなのに、そのラピスラズリの瞳は上から私を見下しているように錯覚した。


「わかるだろ?元々この婚約は家の為のものであって望んだものじゃない。まあ、婚約者の勤めくらいはちゃんと果たしてやる。不本意だがな。ただ……」


「生涯共にしなければならない相手だ。挨拶すらまともに出来ないようなヤツは、貰い手がいなくなっても当然だとは思わないか?」


「そう、例えば目の前で間抜け面を晒したまま固まるご令嬢とかな」と皮肉混じりに意地が悪そうな顔で告げる。

たしかに位の低い者から挨拶するのは基本だが、挨拶が遅れたくらいでそこまで難癖つける?それとも他人の失敗をいちいち追求しないと気が済まないタイプなんだろうか。上司に来て欲しくない典型的な嫌な人の部類だ。


その態度にカチンときたが、私自身、中身はいい大人である。それに、不本意ではあるが目の前のこの子供に見とれて挨拶を忘れていたのはこちらの落ち度だし。

引きつる頬を必死に動かして笑みを浮かべる。


「すみません、申し遅れました。私、カミラ・セントポーリアと申します」


こちらが挨拶すると、向こうも一応礼儀で名前だけは名乗った。鼻で笑いながらだったが。

なんだこの生意気なガ……コホン。いけない、ここは私が大人な対応を見せなければ。ニコリと愛想笑いを浮かべる。

せめて「ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」くらいは言っておこう。

そう思いつつ口から飛び出したのは、全く別の言葉だった。


「私もはじめに言わせて頂きますが、どこかの誰かさんのように小言の多いお子様など願い下げです」


あ、やべ。本音でちゃった。

自分でも気づかない間に堪忍袋の緒が切れてしまっていたのだろうか。疲れの溜まったこの脳みそでは処理しきれず、こんな、普通なら絶対しないであろう失態を晒してしまうとは。

しかし、一度口にした言葉は取り消せるはずもなく。


相手の顔がよりいっそう険しくなっていく。


「誰が、小言の多いお子様だって……?」


後には引き返せないということが目に見えてわかる状況。だがこちらも腹の虫が収まらず、なんだかもう訂正しようという気も起きない。それどころか、自分でも感情の制御が効かなくなって、口がまるで誰かに乗っ取られたみたいに勝手に動いてしまう。


「あら、私はどこかの誰かとしか申しておりませんが……もしかして、自覚がおありで?」


どこからか、戦いが始まるゴングの音が聞こえたような気がした。


売り言葉に買い言葉、とはよく言ったもので、はじめは淡々と皮肉を言い合っていたのが次第にエスカレートしていく。


「お前、さっきはよくもこの俺を『願い下げです』とか言ったな!?上等だ、俺がこの家を継げる年になったらお前との婚約なんてさっさと解消してやる!」


「ええ、どうぞご勝手に!そうなったら私も自由に人生を謳歌させていただきます」


これが、私と彼が初めて対面したときの出来事で、第一回目の口喧嘩だった。


●○●○


幼い頃から、親の前ではなるべく『いい子』でいるように努めた。親の言うことには逆らわず、ただただ親に決められたことをこなすだけの毎日。『いい子』、と言うよりもはや『都合のいい子』と言った方が適切かもしれない。


言われた通りに人間関係は自分に利益のある範囲に留めて、面倒な相手は軽くあしらう。

残念ながら、俺は上以外に振りまくような愛想など持ち合わせちゃいなかったから、気難しいヤツだと裏でコソコソ言われることもあった。でも、それでもよかった。どうでもよかった。

つまらないが、心が動かされることもない日々。人形のように大人しく従っていれば、面倒事が起きなくて済む。だからこれでいい。

ずっと、そう思っていた。


だけどいつの日からか、そんな日々の中で、”俺の意思でしていること“と”俺の意志など関係なく誰かに言われてしていること“が丸ごと入れ替わっているような気がして、自分がどこにもないようにさえ感じて、何処か遠くに逃げ出したくなった。


俺は、このまま誰かに言われたことだけをして生きるような、誰かの敷いたレールの上を歩くような人生を送るのか?それって操り人形と何も変わらないじゃないか。

そう思ってしまえば、もう今までのように何も考えずただ従うだけだなんて耐えられなかった。


誰の言うことを聞くわけでもなく自由に生きたい。自分のことは自分で決めたい。ただそれだけ。でも、それすらしがらみの多いこの世界では叶わない。


ある日、親が勝手に俺の婚約者を選んできた。

相手の家は伯爵の位ではあるが貿易にうってつけの港あたりを治めていると聞く。

この婚約はベルガモット家の繁栄のためでしかないのだろう。よくあることといえばそれまでだが、今どき恋愛結婚をしている貴族も増えてきているって言うのに、名前も顔もまともに知らない相手と婚約することになるとは。赤の他人と変わらないじゃないか。そんな相手とだなんて冗談じゃない。心の中で悪態をつく。


そうこうしているうちに、相手のご令嬢に面会することになった。客室で何となく窓の外を眺めて待つ。

今の気分は最悪。相手と会うのも話すのも億劫だ。


客室の扉がぎぃと開く音がする。

それが、全ての始まりだった。


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