15話
1年はあっという間に過ぎて、私たちは2年生に進級した。メンバーは去年と同じだけどね。
でも役員は1年制だし、やっと今までの労働から解放される!…と思っていたんだけれど。
「またくじで選ばれるなんて……」
「ま、まあそんなこともあるよ。とりあえず今年はオレと一緒に頑張ろ?」
落ち込み気味の私をアルビーがあたふたしながら慰めてくれる。
そう、今年はアルビーとペアでの役員である。
2年連続とかもはや呪いじゃん……。
「ふん、日頃の行いってやつだな」
2年連続で役員をすることになった私をみて、オーウェンが愉快だと言わんばかりに鼻で笑っている。うう、なんでこの人だけ解放されてるんだ。おかしいよこんな世の中……。
「アルビーさん、1年間よろしくお願いしますね……」
「あ、ああ、うん。ふたりで支えあっていこーね」
「うう、アルビーさんが優しい……どっかのひどい誰かと大違いだぁ……」
「誰がひどいって?」
「オーウェン様とは一言も言ってませんって」
はぁ…今世でも社畜街道まっしぐらなのか。ペアがアルビーなだけマシだと思おう……。
2年生は他にイベントもあるし頑張らないとな、と思いつつ、死んだ魚のような目をしながら更に忙しくなりそうな日々に思いを馳せるのであった。
・・・
休み時間、気分転換に辺りを散歩していると、人気のない廊下の窓辺でアルビーが空を眺めているのを見つけた。
声をかけるのは一瞬躊躇われたが、せっかくだし挨拶くらいはしとこうと思って、私は彼に話しかけた。
「アルビーさん。奇遇ですね、こんなところで会うなん、て……」
思わず言葉が詰まる。
振り返った彼は、いつもとなんだか雰囲気が違った。なんというか、前世の社畜だった時の私のようにやつれてるみたいな様子だ。
私に気がついた彼は「カミラちゃん?珍しいね、ここになんか用でもあったの?」とにこりと笑いかける。だけど、私はそれが無理して笑っているのだとわかってしまった。
「気分転換に散歩をしてたんです」
「そうなんだ。やっぱ気分転換って大事だよねー」
「…アルビーさん、あの……」
●○●○
ヘラヘラしてる、遊び人。噂好きな人はよくオレのことをそう言う。それは何にも間違っちゃいない。
オレは、人よりも隠すのが上手いことを自負している。それは感情だったり、自分にとって不都合な情報だったり。
それから……弱み、とか。
オレの家は、とてもじゃないけど心地の良いものではなかった。
オレは第2夫人…所謂側室の子で、正妻には子供ができなかったから、次期侯爵の資格を得られた。だから食事とか服とかは、それなりにいいものは貰えた。家にいていいことと言ったらそれくらいだった。
家では、オレの母さんはよく知らない若い男の人と一緒にいることもあったし、父さんのそばには何人もの綺麗な女の人が年中くっついていた。それはこの前の長期休みに家に帰った時も変わっていなかった。
ずっとそれが当たり前だと思ってた。皆もオレも多分そうなんだろうって。
他の人と関わるようになって、「ああ、これって当たり前じゃないんだ」ってやっと気がついた。気づいた時にはもう、父さんと同じような人間になっていたけれど。
オレの腐れ縁兼友人のオーウェンはなんだかんだ言って誠実でロマンチストだし、同じく友人のノアも一途で婚約者のことを花を愛でるみたいにとても大切にしてる。
そんなふうに綺麗でいられる彼らが眩しかった。羨ましかった。オレもそうでありたかった。だけど、そんなこと口にだせるわけがない。綺麗な彼らの隣でまだ笑っていられるように、オレは汚い弱みを隠して綺麗な皮を被って過ごした。きっと彼らだってこんな醜いオレを知れば軽蔑するだろうから。そんなこんなで、バレないように何重にも嘘と強がりを重ねて今日まで生きてきた。
だからきっと、自分で考えているよりも疲れちゃってたんだ。
人通りの少ない廊下で、ぼーっと空を見上げる。ひとりは苦手だ。余計なことばかり考えてしまう。でも、ふとした時にこうしてひとりになりたくなる。ひとりが嫌いなくせに、誰とも会いたくないなんて、変なの。
「アルビーさん。奇遇ですね」
誰かに声をかけられて、咄嗟に取り繕う。
振り向くと、そこにいたのはカミラちゃんだった。どうやら気分転換に散歩をしてたらしい。声をかけられるまで気が付かなかったなんて、オレらしくない。
軽く会話を交わしていると、彼女が口を開く。
「…アルビーさん、あの……」
「ん、なあに?」
「ちょっと手を出していただけませんか」
言われた通りにそうすると、唐突に彼女はポケットから巾着のようなものを取りだして、中に入っていたものを一粒オレの手の上にそっとのせた。銀紙に包まれた小さな……チョコレート、かな。
「おやつにとっておいたものですが、折角ですしおすそ分けします。糖分って疲れに良いそうですよ」
「そう、なんだ」
急にチョコレートを渡されてぽかんとしている間にも、彼女は彼女なりに一生懸命話している。
「ちょっとしたお菓子なら常備してますし、甘いものが食べたくなったらいつでも話しかけてください」
「ああ、勿論甘いものが食べたい時以外でも話しかけていただいても大丈夫ですから。頼りないかもしれませんが友人ですし、ね?」
目の前のチョコを見つめたまま固まってしまう。
ああ、なんだ。オレが元気ないの、気づいてたんだ。
誰かに気づいてもらったことなんてなかったからか、胸の奥がじんと熱くなる。こんな気持ちは初めてで、どう処理していいかわからない。
オレの反応が薄いのを不安に思ったのか、彼女は「もしかして甘いのはお嫌いでしたか?」なんて見当違いなことを言う。
「…ううん、好きだから大丈夫」
「なら良かったです」
安心したのか彼女が優しく微笑む。
……素直に、綺麗だなと思った。
「すみません、お邪魔しましたよね。それでは」と言って彼女が立ち去ろうと背を向ける。
どうしてか、無性に引き止めたくなった。でも引き止める理由が思いつかない。いつもならよく回る口のくせに、なんでこういう時に役に立たないんだ。
そうこうしている間に、距離が少しずつ離れていく。
「まって!」
咄嗟に放った声に、驚いた顔で彼女が振り向く。
もう後戻り出来ないだろうなと思った。
「あの、さ……甘いの、まだ欲しいっていうか、えっと……ついでにだけど、話もきいてもらえない、かな」
自信がなくなって、声が小さくなっていく。
いつもなら、もっとかっこよくスマートに話せるはずなのに。最悪だ。
そんなオレのダサい言い訳を馬鹿にすることもなく、彼女は「もちろんです」と頷いた。




