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第三部 闘争 21

 梨奈がキラキラと目を輝かせ、リズミカルにステップを踏み、雑草を刈り取られた石畳を進んでくる。髪の毛が揺れ、指先がしなやかに空を切るたび、虹色の光が放たれていく。ビルから赤々と燃え上がる地獄の業火は、後光が差すように背後から彼女を照らしていた。

「狙撃犯はこの建物の上から高藤を狙っていますので、光が消え次第、彼女を射殺します。これから扉を開きます。用意はいいですか」

 藤岡が感情の見えない冷たい目で伸也を見た。

「開けてくれ」

 伸也は頷いた。

「私も行こう」

「やめてください」伸也が驚きの目をして荒川を見る。「彼女だったら荒川さんだって平気で殺しますよ」

「わかっている。私は彼女の親として落とし前を付けたいんだ」

「私も反対です」藤岡が言う。「荒川先生はどのようにして戦うのですか? これまでの戦闘実績から鑑みると、戦闘能力は明らかに宮本さんの方が高い。しかも相手は実の娘です。躊躇なく彼女に危害を加えられるか不透明だ。むしろ、あなたが出てきても足手まといになるんじゃないでしょうか」

「しかし……」

「この戦いを指揮する者としての命令です。あなたはこの施設から出ることを許可しません。高藤と対峙するのは宮本さん一人です」

「承知しました」

 荒川は目に悔しさを滲ませながらも頷いた。

「荒川さん、スマホは持っていますか」

「ああ。お前のプレイリストは登録してある。藤岡さん、昔はここにスピーカーがあったはずだが」

「今もあります。このときに備えて検査も終えています」

 荒川は取り出したスマホを操作して、近づいてきた若い男に手渡した。

「さて宮本さん、心の準備はいいでしょうか。高藤が目前まで近づいています」

「ああ。行こう」

「イヤホンを付けてください。何かあれば、我々から指示します」

「ああ」

 伸也はイヤホンを装着して、ドアの前に立った。

「開けろ」

 ドアからカチャリと音が響いた。伸也はノブを掴み、ドアを押し開けた。


「藤岡課長」竹井が近づき、そっと耳元でささやいた。「小野を連行している班と連絡が取れなくなっています。現在熊谷の隔離場所へ職員を向かわせています」

 藤岡はモニターを見ている荒川の後ろ姿を見た。竹井の報告に気づいている様子はない。

「続報があったら随時報告しろ」

「承知しました」


 熱気を帯びた焦げ臭い風が鼻孔を刺激する。外へ出ると、前方で虹色の輝きが揺れているのが見えた。背後でドアが閉まる。

 スピーカから、ディストーションのかかったシンセサイザーが鳴り響いた。

 続けて全身を震わせる四つ打ちドラムが始まる。

 リズムに絡みつき、うねるように響くシンセベース。

 挑発的なフレーズに続いて、メロディーを奏で始めた。

 伸也の体が透明になっていく。シャッフル系の高速ステップを繰り出した。

 燃え上がる廃墟ビルが暗く見え始め、ダンスをする梨奈の輝きだけが際立っていく。

 ダンスしながら前へ進んでいく。

 空気が帯電しているのか、梨奈へ近づいて行くにつれて、ビリビリと肌を刺激している。

 それまでゆっくりと進んできた梨奈が、突然走り出した。光に包まれ、彗星のように虹色の尾を引いている。

 伸也を見て、笑みを浮かべながら急速に近づいてくる。

 間合いに入った。

 大きくジャンプしながら、ターンを決めた。

 振り上げ、回転する足の先に輝きが集まり、青白い炎が放たれた。

 炎が大きな弧を描き、刃の様に伸也へ迫った。

「消えろっ」

 叫びながら夢中で腕を振った。

 波動が放たれるのがわかる。炎と衝突した。

 炎が四散するが、中から強烈な波動が伸也を襲った。頬を思い切り殴られた。

 頭の中が真っ白になる。気がついたとき、伸也は地面に倒されていた。

 周囲に生えていた雑草が、めらめらと盛大に燃え上がり、肌を焼いた。

 着地した梨奈が立ち上がり、既にステップを繰り出していた。

 絡めるように振り上げた両手を一気に引き下ろす。

 指の先は伸也に向かっている。

 炎が放たれた。

 転がるように炎を避ける。

 炎が背中をかすめた。

 熱い。

 回転した勢いで立ち上がり、無意識のうちに背中を探った。

 着ていたシャツがなく、熱を帯びた肌に触れた。

 あと少し転がるのが遅かったら、俺は燃やされていた。

 恐怖が突き上がってくる。

「伸也、落ち着け」イヤホンから荒川の声が聞こえてきた。「炎は気にするな。ダンスをしていれば、お前の周りにもお前にも磁場が生じてプラズマを遮断できる」

 相変わらず荒川さんは俺の心理をわかっているな。伸也の肩から力が抜けていく。

「お前は梨奈の波動だけに集中すればいい」

 熱と煙で息苦しさを感じながらも、ステップを踏み出す。

 曲が変った。ダブステップの野太いワブルベースとリバーブがかかった挑発的なシンセ音が鳴り出す。

 梨奈の動きが止まった。

 今だ。一拍早くリズムに乗った伸也は足を交互にスライドさせる動きでビートに乗りながら、滑らかに動く指先を梨奈に向けた。

 波動が梨奈を直撃した。梨奈の体が大きくのけぞり、後ずさりした。ステップが止まり、発光が薄れた。

 背後から発砲音が響く。

 その瞬間、右腕を何かがかすめた。

 銃弾じゃないか、俺を撃っているのか。

 パニックになりかけた思考で、狙撃者がいる研究所の上を見た。


「狙撃者は何をやっているんだ」

 竹井は既に藤岡の声を背に受けながら走り出していた。階段を上り、研究所の壁伝いに取り付けてある廊下へ出た。ライフルを構え、窓から外へ向かって狙撃をしている男に声をかけた。

「成田、なぜ高藤を撃たないんだ」

 声を聞いて狙撃者が竹井を見た。恐怖で目が震えている。

「俺はすべてのプロジェクトが終わったら、口封じに殺されちまうんだろ」

 男がライフルの銃口を窓から竹井に向けようとした。

 竹井がジャケットから銃を取り出す。

 発砲音が鳴り響く。

 狙撃者が跳ねるようにして仰向けに倒れた。

「銃を放せ」

 狙撃者はボディアーマーを装着しているはずだ。まだ死んではいない。竹井は銃を構えながらじりじりと近づいた。

「誰からそんな戯言を吹き込まれたんだ」

「俺にはわかっている。殺されるんだっ」

 男がライフルを持ったまま、体を起こそうとした。竹井が再び発砲する。

 跳ねるように男は再び仰向けに倒れた。額から血が流れ出し、瞳孔の開いた目からは生気が消えていた。

 竹井は大きく息を吐き出すと、窓の外を見た。遅れて施設内を警備していた。戦闘班が駆けつけてくる。

「竹井係長、藤岡課長からです」

 戦闘員の一人からトランシーバーを渡された。

「成田が発砲しようとしたため、射殺しました。怯えた顔で、口封じに殺されると口走っていました。恐らく、グロウに心を支配されたと思われます」

「わかった。後の処理は戦闘班に任せてこっちへ来い」

「承知しました」


 くそっ、簡単に殺されちまったな。あれなら中の連中を撃たせた方がよかった。動揺しながら射撃すれば焦点が合わなくなるのはある程度わかっていたが、奴に全く当たらないとはな。

 まだ炎が届かない雑草の合間から、藍田は暗視鏡を見ながらつぶやいた。連中は既に警戒しているのか、外に顔を出す者はいない。対象の所在がわからない限り無意識への攻撃はできないが、梨奈を狙う者はいなくなった。

 しかし梨奈はもたついているな。俺たちの加勢は必要ないと言っていたくせに。人里離れた場所とはいえ、ここまで派手に燃えたら、そのうち警察や消防も出てきて話がややこしくなる。最後の手を使わせてもらうよ。

 藍田は暗視鏡を捨て、肩に掛けていたトランシーバーを手に取った。

「貴斗、出番だ」


 梨奈はペースを取り戻し、ロボットダンスを繰り出した。精密機械のような動きだ。ピタリと動きが止まるごとに強い波動が放たれていく。機械のように表情を消して視線も合わせないが、波動は明らかに伸也に向かってくる。

 ステップを踏んで防御するが、波動が衝突するたび微妙に足が乱れる。

 ダンスのスキルは互角だが、波動を操るテクニックは明らかに梨奈が上だ。動きに無駄がなく、的確に攻撃を仕掛けてくる。

 体力が急速に消耗していくのを意識し、伸也は焦りだしていた。このままではやられる。俺の動きが鈍っているのはわかるだろ、狙撃者は何をやっているんだ。

「宮本君、現在新たな手はずを整えている。もう少し待て」

 イヤホンから藤岡の声が聞こえてきた。相変わらずの冷静な口調は苛立ちを引き起こすが、冷静になれと言い聞かせる。心の乱れはダンスに影響を与える。

 曲が変わり、四つ打ちのリズムが響きだした。梨奈は遅れることなくシャッフルステップに移行する。

 ターンし足を振り上げ、髪の毛を振り回す。そのたびに波動が襲いかかってくる。

 梨奈の力に圧倒され、徐々に後ずさりせざるを得なくなっていった。

 飛び上がる。右膝を突いて着地した瞬間、腕を水平に振りながら、人差し指を伸也に向けてポージングを決めた。

 指先から炎が放たれる。

 伸也を青白い炎が包み込んだ。恐怖に戦きながらも、ステップは乱れぬよう意識を集中させる。

 炎が通り過ぎた。ほっとしながらも、背後から明かりを感じて振り返った。

 研究所の壁が赤々と燃えていた。伸也が後退した影響で、梨奈の炎が研究所まで届いてしまったのだ。このままだと、建物すべてが火に包まれるのは時間の問題だ。

 焦る余裕すら与えず、梨奈の波動が襲ってくる。伸也は後退を余儀なくされた。

「梨奈、久しぶりだな」

 不意に背後から声がして振り返ると、炎の中から男が現れた。荒川だ。

 「あら」

 梨奈はシャッフルステップを踏み続けながらも荒川の姿を認めると、ナイフのように鋭い微笑みを浮かべた。

 払うようにスナップをきかせ、梨奈が右手を差し向ける。

 弾かれるようにして荒川が倒れた。起き上がると、左頬からねっとりとした血が溢れだしていた。顎から滴って、シャツを赤く濡らし始める。

「八つ裂きにされるため来たの? でもそうはいかないわ。簡単には死なせない。恐怖と苦痛、絶望を与えながら、時間をかけ、じっくりと殺してやる。あたしの母親であり、かつてお前の妻でもあった女が、天王寺のラブホテルで死体となって発見されるまでの経緯を語りながらね」

「必要ない」荒川は頬の血が流れるままに任せ、炎の輝きが照り返す目でまっすぐ梨奈を見つめていた。「お前が十代だった頃、珠恵はお前の言葉を信じ、人生をかけ、命を削ってお前の居場所をEMOから隠し続けた。それなのに珠恵の庇護が不要になった後、お前は彼女にどんな仕打ちをしたか。彼女が絶望で薬物に溺れ、どんな風に精神を病んでいったか。すべて知っている」

「そうか。お前が驚きと絶望で顔を歪ませる姿を見せたかったのにな。残念だ」

「私はお前を倒す。それが親としての責務だ」

 梨奈は喉の奥から漏れてくるような笑い声を上げた。「簡単に言うな。後天的にもたらされたお前の力など、あたしの足下にも及ばないぞ」

「わかっている」

 伸也が足を振り上げ、渾身の波動をぶつけた。荒川に気を取られていた梨奈の動きがわずかに遅れる。

 辛うじて伸也の波動を受け止めたが、ステップが乱れた。

 荒川が腕を振り、波動を送る。

 梨奈がターンを決めながら荒川の波動を躱す。

 間髪を置かず、伸也が仕掛ける。

 ポージングを決めて、ピンと伸ばした腕の先、人差し指に全精力を込めて波動を送った。

 梨奈が吹き飛ぶ。

 倒れると思った瞬間、梨奈はバク宙を決めて着地した。

 間髪を入れずステップを踏み、腕を振る。

 波動が大きなうねりとなってまき散らされる。

 荒川が燃えさかる建物へ突き飛ばされた。

「荒川さん」

 伸也は防御で精一杯だ。荒川を助ける余裕はない。

 荒川が炎の中から転がるようにして現れた。しかし服は焼け焦げ、火傷でただれた肩が露わになっている。よろめきながら立ち上がったが、とてもステップは踏めないだろう。それでも荒川は暗い目をして睨みながら、梨奈に向かって歩いて行く。

「残念だな。もっと痛めつけてやりたかったが、そんな風に来られると一気に斬首したくなる」

「荒川さん、逃げてください」

 荒川は伸也の言葉を無視し、梨奈だけを見つめながら歩いて行く。

 梨奈が微笑みながら見つめ返す。

 そのとき、不意に上空からプロペラ音が響き始めた。真っ暗な夜空の中、炎に照らされて、一機のドローンが飛んで来るのが見えた。ドローンは梨奈の上で止まる。

 プロペラ音が消えた。

 梨奈に向かって落ちてくる。

 梨奈が手を上に向かって振り上げた。

 青白い炎が放たれ、ドローンに直撃した。

 瞬間、ドローンが爆発した。

 巨大な火球となって梨奈を包み込む。

 伸也は熱気を伴った風圧を浴び、地面にたたきつけられた。

 起き上がったとき、既に梨奈のいた場所は炎に包まれていた。炎からは黒々とした煙が立ち上こり、強いガソリンの刺激臭が鼻を突いた。

「二十年前のリベンジだ」イヤホンから藤岡の声が聞こえてくる。「ドローンにガソリンタンクを積んで飛ばした。爆風に磁場は無力だからな」

 炎の中、人影が動くのが見えた。背中が燃えたまま、焼け焦げ、煤で真っ黒になった人間が現れた。もはや顔も性別さえも判明できない。辛うじて立っていたが、炎から出ると、そのまま膝から崩れ落ちた。

「お前……知っていたな。時間稼ぎで現れたんだろ」

 荒川が変わり果てた梨奈に近づく。ボロボロと涙を流している。

「梨奈、済まない」

 荒川が跪き、愛おしげに梨奈を抱きしめた。

「やめろっ……離せ」

 梨奈が咆哮した瞬間、二人の体から血しぶきが上がった。

 体がバラバラになって崩れ落ちる。

 大量の鮮血が湯気を立てながら地面に広がり、焼け焦げた草を濡らしていく。

 伸也は肉塊の集まりとなった荒川と梨奈を呆然と見つめていた。

二人の血と肉が混ざり合った中に、真っ黒で苦痛に顔を歪めたまま固まっている梨奈と、人形の様に表情の消えた荒川の頭部が浮かんでいた。


「伸也、まだ終わってないぞ。本番はこれからだ」

 声が聞こえた方を見る。炎を避けるようにして貴斗が現れた。余裕の笑みを浮かべている。

「お前、何しに来た」

「決まってるだろ、お前らを倒しに来たんだ」

「お前に何ができると言うんだ」

「へへへ。それができるんだな。おい、連れてこい」

 声と共に三人の男女が現れた。

「麻衣子……」

 麻衣子はひどく怯えた顔をして、二人の男に挟まれていた。

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