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第三部 闘争 19

 一棟目の別荘は空振りだった。侵入したが床には埃が積もり、最近まで人がいたという兆候は存在しなかった。隣にあるもう一棟の別荘へ移動した。一階建ての小さな別荘に明かりは灯っていなかった。雑草が生い茂った通路を、四人の黒ずくめの男たちが一列で済んでいく。目には暗視スコープ、やや膨らんだ胸にはケブラー製のボディアーマーを装着していた。四人とも腰のホルスターに拳銃を装着している。

 先頭の男がドアにたどり着いた。ノブを掴み、ゆっくりと引く。

 鍵はかかっていない。

 半開きの状態で、男は振り返る。「坂井と原は裏へ回れ」

 後ろの二人が音もなく動き出した。

 三十秒ほどしてイヤホンから音声が聞こえてきた。「裏口に着きました。ここも鍵は開いたままです」

「そのまま待機。誰か出来る者がいたら制圧しろ」

 男はドアを引き明け、中に入った。玄関に荒らされた形跡はない。鍵を開けたのは空き巣ではない。持ち主がかけ忘れた可能性もあるが、長期間放置したままなら、他人に荒らる可能性は極めて高いはずだ。

 暗視ゴーグルを外し、しゃがみこんでペンライトで上がり框を照らした。中央にはっきりと土足の後が確認できた。泥はまだ乾燥していない。

 服の襟に装着したマイクに向かって話し出した。「中に敵がいる可能性が極めて高い、全員戦闘態勢をとれ」

 ホルスターから拳銃を抜き出し、安全装置を外した。拳銃を両手で持ちながら、やや前屈みの姿勢で、土足のまま中へ進む。

 中央に短い廊下があり、正面は壁で左右にドアがあった。玄関の位置から左は納戸だろう。右に道路に面したリビングがあるはずだ。男は右のドアを開く。

 正面にある窓を背後にして、女が一人立っていた。ゆったりしたブラウスと、タイトなスラックス姿。ショートボブでモデルのようなすらりとした体型だった。暗視ゴーグル越しなので、表情はよくわからない。

「女の特徴は、九十八パーセントの割合で高藤梨奈と一致しています」

 イヤホンから、AIの合成音が聞こえてくる。銃口を女に向けながら、暗視ゴーグルを外した。

「お前、高藤梨奈か」

「そうよ」

 カーテンが開いた窓から月明かりが差し込み、梨奈を背後からおぼろげに照らしていた。表情は暗くてよくわからないが、わずかに笑っているように見えた。

「高藤梨奈を発見した。これから彼女を拘束する」

 裏口が開き、他のメンバーも入ってくる。梨奈は男四人に囲まれる形になった。

「我々に同行してもらえますか」

 四人とも透明症ではないうえ、銃を構えている。逃れるのは不可能だ。

「原、彼女に手錠をかけろ」

 原が前へ進み出たとき、梨奈は色を消した。月光が顔を突き抜け、輪郭だけが浮かび上がっている。

 両手をふわりと回転させるようにして水平に伸ばした。手を下ろすと同時に、滑らかなステップを繰り出し始める。

「おい、ふざけてるのか。止めないと撃つぞ」

 警告にも動じず、首を振り、ターンを決め、ダンスは激しくなっていく。

「おい」

 原が手を伸ばした瞬間、梨奈の右足を振り上げた。顎先にヒットし、原がのけぞりながら崩れた。

「抵抗はよせ、俺たちはお前を傷つけたくない」

 三人が銃口を向けても、梨奈は怯む様子がない。

 梨奈の体が、ぼんやりと発光し始める。

 発光は動きに合わせて赤や青、緑に変化していく。

「何のまねだ。俺たちはショーなんか見たくないんだ」

 下手に近づけば原のように蹴られる。仕方がない、脅かすしかないか。男は銃口を梨奈の足下に向けて引き金を引いた。

 室内に発砲音が鳴り響くが、梨奈は怯むことなくダンスを続けた。

「次は本当に撃つぞ」

 銃口を少し上げ、足を狙った。

 梨奈が足を振り上げながらターンを決め、着地した。

 右手を水平に払うようにして振り抜く。

 指先から、発光体が放たれ、男たちを襲った。

 男の視界が光で満たされた。 

 熱い。

 その感覚は狂わしい程の凶暴な痛みに変わっていく。

「ああっ」

 叫んだ後、息を吸い込もうとしたが、熱が喉を焼き焦がして呼吸ができない。

 痛みと恐怖で頭の中が真っ白になっていく。


 目の前で、男たちが生きながら全身を炎に包まれながら燃えていた。のたうち回る者、痙攣する者、様々だ。銃弾がバチバチと音を立てて破裂している。

 梨奈はうっすらと額に滲んだ汗を手で拭い、微笑んで見せた。窓を開け、外へ飛び降りた。


「別荘から女が出てきました。高藤梨奈です。中では火災が発生しているようです」

「そのまま後を付けろ」

「承知しました」

 竹井は茂みからそっと抜け出し、歩いて行く梨奈の後ろ姿を暗視ゴーグル越しに確認しながら尾行していった。


 北村はいつの間にか夜の街を歩いていた。不意に銃口を突きつけられ、発砲されたことを思い出し、恐怖で足腰の力が入らなくなり、思わずしゃがみ込んだ。

「おっさん、酔っ払ってるなら道の隅で休んでろよ」

 頭上から若い男のぞんざいな声が聞こえてくる。

「はい、申し訳ありません」

 北村は両手を着いて、這うようにビルの壁に生き、歩行者をやり過ごした。一息ついて周囲を見回すと、北村のいるビルの入り口にある階段に女性者のサンダルを履いた足が見えていた。もしかしてと思い、四つん這いで階段まで進んでいった。

 階段の一番上に若い女性が座っていた。首元が少々よれ気味の青いTシャツに、茶色のハーフパンツをはいており、黒いリュックサックを背負っている。

「今晩は」

 声をかけるとぎょっとした顔をして、自分で体を抱きしめるように、腕を組みながら両手を脇に回した。キャバクラで歌っていたことよりも幼い顔立ちをしていた。まだ十五、六歳ぐらいだろうか。

「奈緒さんですね」

 奈緒はひどく怯えた顔をしていた。「あんた誰」

「わたくし、北村と申します。縁あって、奈緒さんの心の中で活動させていただいております」

「言ってる意味がわかんないんだけど」

「ごもっともかと。わたくしは奈緒さんが悩んでいる世界や、トラブルを抱えている世界に現れると考えてもらっていただければと」

「ますます訳がわかんない」

 奈緒は警戒心を露わにして立ち上がり、北村の横をすり抜けようとした。

「あ、お待ちください」

 北村も立ち上がり、奈緒を止めようとしたが、まだ力が入らず足をもつれさせて倒れ、階段の角に肩をぶつけた。

「いたたたた」

 走りかけた奈緒が立ち止まり、振り返った。顔をしかめている北村の前にしゃがみ、心配そうにのぞき込んだ。

「大丈夫?」

「この程度は問題ございません。何しろ、ついさっき銃撃されたばかりですから」

「銃撃ってなによ」

 奈緒が不審げな顔になっているのを見て、取り繕うような笑顔を浮かべた。

「いやいや、独り言と思ってください。それより、奈緒さんは何かお悩みではないでしょうか」

 北村の言葉に、奈緒の顔がさっと暗くなった。

「別に」

 顔から能面のように表情が消えた。

「何か悩み事がございますね」

「ないって言ってんじゃないの」

 今度は怒り始め、立ち上がって背を向け、歩き始めた。

「待ってください」

 北村も立ち上がり、よろけながらも追いかけた。

「もう一つだけ教えてください。奈緒さんは歌が上手い。歌手になるべきではと思いますが、いかがでしょうか」

 奈緒の足が止まった。振り返り、戸惑いの表情を浮かべて北村を見つめた。「なんでそんなことを知ってるのよ」

 突然、奈緒の目が潤み始め、涙が頬を伝い始める。

「えっ……わたくし、何か気に障ることを喋ってしまいましたか」

「ねえ、教えてよ。歌手になりたいだなんて、誰にも言ったことがなかったのよ」

「そうなんですか。わたくし、どうやら奈緒さんの気持ちを言い当ててしまったようです」

「あんた、占い師なの?」

「いえ、そういう職業ではございませんか……強いて言えば、そんな感じかもしれません」

 しどろもどろな返答ではあったが、奈緒の目に、真剣な色が帯びてきた。

「ねえ、あたしは歌手になれるの? 教えて」

 涙に濡れた目を隠すことなく、まっすぐに見つめてくる視線に圧倒され、北村は思わず尻餅をついた。

「どうなのよ」

「それはちょっと……わたくしにもわかりかねます。ただ、奈緒さんは歌手を目指すべきです。奈緒さんの声は素晴らしいと思います。歌っていれば、きっと誰かが奈緒さんの歌の良さを知ってくれるはずです」

 奈緒は力が抜けたように、すっとその場にしゃがみ込み、大きくため息をついた。

「だめ、もう歌なんか歌えない」

「どうしてでしょうか」

「あたし、終わってるから」

 奈緒は再び大粒の涙を流し始めた。二人を人々がチラチラと見ながら、遠回しに避けるようにして歩いて行く。

「いいえ、奈緒さんは決して終わってなんかいないのです。これからも、ずっとずっと生きていくのです」

「生きていたくなんかない。もう、あたしの心は死んでしまってるの」

「なぜ、奈緒さんの心は死んでしまったのでしょうか」

「言えない」

 北村は言葉に詰まった。そう言われてしまうと、正直どう説得していいか、わからなくなってしまう。

「そうだ、一度ここで歌を歌ってみませんか」

「嫌よ。そんな気分じゃない」

「そうおっしゃらずに」

「嫌って言ってるでしょ」

 奈緒は叫んだ。唐突に立ち上がると、北村に背を向けて走り出した。

「ああっ、お待ちください」

 北村も走り出したが、みるみるうちに奈緒との差は広がっていき、すぐに見えなくなってしまった。

「奈緒さん」

 呼びかけながら歩いて行くと、街の明かりが消えていき、歩いている人々もまばらになっていく。最後は明かりも人も消え、北村は真っ暗な中を歩いていた。

 前方に、ぽつんと光っているものが見えていた。近づいて行くと、ぼんやりと光を放っている奈緒だった。彼女は横たわり、胎児のように体を丸めていた。

「奈緒さん、お休みのところ申し訳ありません。わたくしのお話をお聞きいただけないでしょうか」

 奈緒は静かな表情で目を閉じていた。その体からは柔らかな熱が放たれている。

「あなたの心は死んでなんかいません。なぜならここはあなたの心の中。そしてあなたは、太陽みたいにぽかぽかとあったかい光を出しているんですから」

 奈緒が目を開けた。ゆっくりと首を動かし、のぞき込んでいる北村を見上げた。

「まだいたの」

 奈緒の目が険しくなったかと思うと、右手が動き、思い切り北村の頬をはたいた。

「痛っ」

 めまいを起こしたように目の前がチカチカと点滅し始め、やがて世界が暗くなっていった。

 気がついたとき、北村は真っ暗な世界に浮かんでいた。


 梨奈の歩いて行った先に、一台のセダンが停車していた。梨奈が近づくとエンジンを始動し、ライトを点灯させる。

「対象が車に乗り込んだ。応援を頼む」

 言い終わった直後、音もなく竹井の横にバイクが進み出てきた。ずっと後を付いてきたのだ。竹井は後ろにまたがった。セダンが動き出し、バイクも動き出した。

 バイクは電動なので、モーターとタイヤのきしむ音が聞こえるだけ。車体は黒で無灯火なので、一瞬常夜灯に照らし出される以外、ほぼ走っている姿はわからない。

 十分ほど走ったところでセダンが住宅の敷地へ入っていった。畑と住宅が混在した地域で、セダンが進入した家は瓦葺きの大きな平屋で、いかにも農家の家といった印象だ。

「家の中を調べますか?」

 ドライバーが声をかけた。

「止めておこう。連中も馬鹿ではない。センサーくらいはセットしているだろう」

 再び竹井がバイクへまたがった。バイクは音もなく動き出し、元来た道を上っていった。


「バイクが道を戻っていきます」

 重量二十五グラムのナノドローンが、上空から動き出したバイクの姿を赤外線カメラで映し出していた。

 男の報告に、藍田はニタニタと薄っぺらい笑いを浮かべていた。障子が開き、梨奈が入ってくる。

「梨奈、お前は尾行されていたぞ」

「そうなんだ」梨奈は関心がなさそうにつぶやく。「それより爺さんはどうしてる」

「もう死んじまったよ」

「なによそれ。息の根はあたしが止めるって言ったでしょ」

「あの年齢だ。指を五本も切られたら、ストレスで簡単に死んじまう。それよりお前、香ばしい匂いがするぞ。早速人を焼いてきたんだろ」

 ライフルを肩に掛けて立っていた大柄な男が、うっ、と口を押さえてえずき始めた。

「臭いからここで出すなよ」

 男は障子を開けて外へ駆け出していった。梨奈がフンと鼻を鳴らした。

「ごつい体型のくせに、全く意気地がないな」

 藍田はため息をついて、パソコンを打っている痩せた男を見た。

「お前は大丈夫か」

「僕はそういうの、気にしない方なんで」

 視線をモニターに向けたまま、淡々とつぶやく。

「じゃあ辻田にこう伝えてくれ。『アジトが連中に発覚した』と」

「承知しました」

 男がアプリを起動させ、文章を打ち込むと、数字の羅列が表示された。それを見ながら、横にあるテンキーへ数字を打ち込む。テンキーに繋がっている発信機から、信号音が発せられた。

 しばらくして今度はノイズ音が響きだし、その中に混じって信号音が発せられた。男はパソコンに信号音の数字を打ち込んでいった。

「辻田さんの返事をお伝えします。『午前三時三十分、一斉攻撃に入る』」

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