第三部 闘争 9
漆黒の闇が周囲を包み込んでいた。さっきまでやかましいほど聞こえていた虫の音も、彼らの緊迫した空気を嗅ぎ取ったのか鳴くのを止め、周囲はしんと静まりかえっている。
アジトのシャッターへ通じる道の両脇に茂る下草の間に、十五人の男たちがうずくまっていた。いずれも迷彩服姿で、セラミックプレートが入ったボディアーマーを装着している。ヘルメットを被り、暗視ゴーグルとガスマスクを装着した顔はアンドロイドを思わせた。竹井は落ち着きを維持するために、自分の呼吸のリズムを意識する。
暗視ゴーグル越しに見えるシャッターには動きがない。
「CNガス投入」
竹井は吸気ダクトにいるメンバーへマイクから指令した。
「了解」
こもった声がイヤホンから聞こえてくる。
三分経過した頃、シャッターの脇にあるドアが開いて男が出てきた。前屈みになり、ひどく咳き込んでいた。
竹井の隣にいた男がロケットランチャーのようなものを構え、発射した。
ボンと鈍い音が響いた瞬間、シャッターとその周辺が真っ黒な塗料で覆われた。咳き込んでいた男は異変を察知し、ドアへ戻ろうときびすを返した。
茂みに隠れていた男たちが一斉に殺到する。
男がドアノブを掴む寸前、迷彩服の男たちに押し倒された。地面に押しつけられた状態で、竹井は顔にハンドライトを当てた。
「抵抗すれば躊躇なくお前を殺す。理解しているか」
男は息を飲みながら頷いた。
「質問だ。このアジトには何人いる」
男の目に怒りの色が走った。竹井は右手の親指を上に向けた。
瞬間、男は湿った地面に顔を押しつけられた。
「うううっ……」
男が痙攣するように暴れ出した。色の付いていたからだが、まだらに透明になっていった。
頭にかかっていた力を緩められ、泥に汚れた顔が現れる。恐怖で顔がゆがみ、激しく息をしていた。先が尖った針金を見せる。
「これを今、太ももの裏側に刺した。反抗的な態度を見せれば尻を貫く。それでもだめなら内臓を貫く。いいか」
「ああ」
男はかすれた声を出した。
「もう一度質問する。ここには何人いる」
「十八人」
「そのうち戦闘要員は」
「十二人だ」
小型ライターの形をした金属製の筐体を目の前にかざした。
カチリと音がして、筐体の中央で小な赤い点滅が点き始める。
「これは超小型爆薬だ。これをこれからお前の背中へ装着する。威力は小さいが、爆発すればお前の体に穴が空く。爆発する条件は二つ。我々の操作と爆弾のセンサーが異常を察知したときだ。お前がどんな状況か理解したか? 理解したなら頷け」
男は息を飲みながら頷いた。竹井は別の迷彩服の男に筐体を渡した。ジャケットの背中をまくり上げ、筐体セットする。
「これからお前はこの眼鏡を掛けて室内へ戻り、なるべく人のいる場所へ入り込め。助けを求めたり、便所へ籠もっていたりしたら、体に穴が空くぞ。了解したら頷け」
男は壊れたおもちゃのようにぎこちない動きで何度も頷いた。
「離せ」
迷彩服の男たちが男から離れる。男は呆然とした表情で立ち上がり、渡された黒いフレームの眼鏡を掛けた。
「行け」
男は酔っ払いのようにふらふらとした足取りでドアを開け、中に戻っていった。
迷彩服の男たちは重苦しいほどの殺気を放ちながら、ドアを取り囲むようにして竹井の指示を待ってた。全員がMP5短機関銃を構えている。
竹井は携帯電話型のモニターを手に取り、画面に触れた。モニターに廊下の様子が映し出された。男がかけた眼鏡に内蔵されたカメラからの映像だった。
男はドアを開け、ミーティングルームらしき部屋へ入った。
――まだ煙の原因はわからないのか――
――火事じゃないのか?――
――換気は正常に動いているんだ、おかしいと思わないか――
「この部屋だけでも十人以上いるな。あの男、とぼけやがって。ま、俺たちも言えた柄じゃないがな」
竹井は露出した頬を歪ませるようにして笑った。「点火」
ドンと、地の底から響くような衝撃音が響き、モニターが黒くなった。
「突入」
ドアを開け、迷彩服の男たちが次々と中へ入っていく。竹井も続いた。
二人が先頭に立ち、現れた男たちに躊躇なく発砲した。二列目以降の男たちはドアを開け、伸也たちの姿を探した。竹井はしんがりを務め、後方から敵に備える。
破壊されたミーティングルームを過ぎ、階段を上る。
不意に発砲音が響き、先頭の男の一人が倒された。隣の男が踊り場へ向かって手榴弾を投げ込む。
上階から悲鳴が聞こえたかと思うと、激しい爆発音が耳に突き刺さった。
「高田、大丈夫か」
「はい、すべてボディーアーマーに着弾しています」
「了解、高田は後方へ回れ。石倉が代わりに前線へ入れ」
手すりがひしゃげた踊り場を過ぎ、二階へ繋がる階段が、大量の血液でと肉片で真っ赤に染まっていた。先頭の男が二階に向かって手榴弾を投げ込む。
爆発音のあと、MP5を掃射しながら二階へ飛び込んだ。
ドアの向こうから爆発音と掃射音が聞こえてくる。
「君、ナイフは持っていますか?」
「はい、あります」
「シーツを裂いて止血用のひもを作って僕の指を縛ってくれ」
「承知しました」
男はナイフを取り出して伸也が寝ているシーツを破り、二本のひもを作って辻田の指の根元を縛った。
「ありがとう。あと、銃は持っているかな」
「はいっ」
男はジャケットの内ポケットから短銃を取り出して辻田に渡した。
「ありがとう」
辻田はニコリと微笑み、安全装置を解除すると伸也に向かって銃口を向けた。しかし、小首を傾げると、唐突に横にいた男へ銃を向けた。
「エッ」
たじろいだ男に辻田は発砲した。
「ああっ」
衝撃で床に倒れる。
「な、何をするんですか。俺は辻田さんの味方ですよ」
男の右太ももから、血がドクドクと溢れ始めた。辻田は涼しい笑顔で男を見下ろしていた。
「そのうちわかりますよ」
辻田は銃を放り投げ、目を閉じた。
透明だった体が更に透明になり、やがて完全に消えていった。
「小野を確保しました」
階段から声が聞こえてきた。振り向くと三人のメンバーに囲まれて、貴斗が連れられてきた。表情には不満げな色が浮かんでいた。両脇にいるメンバーはいつでも対応できるよう貴斗を油断のない目つきで見ており、背後のメンバーは貴斗に向かって銃を構えている。
「なぜそんな布陣をしている?」
「竹井さん、あんたたちは俺を助けに来たんだろ。こいつらに銃を向けるなって言ってやってよ」
「隊長、この男はグロウの車で一緒に逃げようとしたんですよ」
「一緒じゃない、拉致されたんだ」
「その割には後部座席でゆったりしていただろ」
「お前らに見えないところで銃を突きつけられていたんだ」
「倉島、銃を下ろせ。全員、小野をここに置いて、他の三人捜索に戻れ」
三人のメンバーは不満げな顔をしながらも、階段を戻っていった。貴斗がほっと息を吐く。
「あいつらひどかったんだぜ。俺が乗ってる車にバラバラ機関銃を撃って来やがってさ。死ぬかと思ったよ。ほら、弾が腕をかすめたんだ。
かすり傷がついた右腕をこれ見よがしに見せる貴斗を、竹井は冷たい目で見た。「こんな状況では多少扱いが荒っぽくなるのは致し方ない。それより、他の三人はどこだ」
「知らねえよ。ここへ連れてこられてすぐに隔離されたんだ。他の三人はもう、ここから連れ出されているんじゃねえのか」
「竹井隊長」隊員が奥から声をかけてきた。「宮本と北村、栗山の三名を発見しました」
隊員に連れて行かれ、階段を上り、三階へ上がると、右側の部屋からメンバーの声が聞こえてきた。中にはベッドに眠っている伸也たち三人がいた。
床には太ももを打ち抜かれ、うめき声を上げているまだらな透明状態の若い男がいた。男は少し怯えた色を見せながらも、粋がるように竹井を睨んでいた。
伸也と奈緒は目を閉じ、苦しげに眉間に皺を寄せている。北村だけは穏やかな顔で眠っていた。
一緒に来た貴斗を横目で見た。ふてくされた表情をしているが、目におびえがあるのを見逃さなかった。
「体を揺すっても起きようとしません」
「小野、どうして彼らは起きようとしないんだ」
「知るかよ。薬でも打たれたんじゃないのか」
貴斗は肩をすくめながら面倒くさそうに答えた。嘘をついているなと思う。この男、眠っている三人を見て、怯えこそすれ、驚く様子は見せなかった。
まあいい。ここから出たらたっぷり聞かせてもらおう。
「おい江川、どうしてこの男の腿を撃った? ミーティングでは射殺するはずだっただろ」
「いえ、自分は撃っていません。部屋に入ったらすでに男は撃たれておりまして」
「何?」
竹井は男を見下ろした。「お前、誰に撃たれたんだ」
「ヴゲェェェ……」
男が白目になり、絞り出すようなうめき声を上げ始めた。体が痙攣し始める。
浅川が爆発したときと同じだ。
竹井はMP5を男の胸に向かって発砲した。
男は血しぶきを放ちながら、大きくのけぞった。
これだけの至近距離から撃たれれば、心臓がぐしゃぐしゃに粉砕されているはずだ。
しかし、痙攣は止まらなかった。
外に出るには一分以上かかる。
もう間に合わない。
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