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第三部 闘争 4

 今村誠。トレミティの社長で、十四年前に自分を捨てた父親がそこにいた。泣き叫ぶ弟の手を掴み、悲しげに見送っていた父親。あの頃からかなり老け込んだ印象だが、間違いなかった。

「生き別れた当時と比べて、印象かかなり変わっていますか」

 伸也は辻田の質問は無視して、食い入るように画面を見つめてた。

――同胞の店を襲った奴らが、トレミティ新宿店に出入りしていた情報を掴んでいた。だからだよ――

――お客が出入りしていたというのか?――

――違う、お前らの従業員さ。この一帯の同胞を襲うため、火炎瓶をあの場所で作っていた――

――ありえない。あんなところで火炎瓶なんか作ったら、匂いがきつくて営業なんかできないだろう――

――当時、店は閉まっていたんだ――

――なんだって……。そんな報告は入っていない――

 今村は目を剥いて藍田を見た。

――佐々木、証拠を見せてやれ――

 藍田の隣にいた男が、タブレットを操作してモニターを今村に向けて見せた。携帯のカメラもズームしてモニターを映し出した。

――ああ……馬鹿な――

 今村の嘆きを聞きながら、レストランの店内らしき画像を見た。テーブルにはビール瓶が何本も置いてあり、防毒マスクをした男が、ポリタンクを抱えて驚きの目をしてカメラを見ている。別の男がカメラの前に現れた。痩せていて、ひどく険しい顔をしている。

――店は営業していない、出て行け――

 手を前に出し、撮影者を押し出そうとしたが、両脇から二人の透明症患者が現れ、もみ合いになった。ポリタンクを持っていた男ももみ合いに加わり、殴り合いの喧嘩に発展した。

――静かにしろ、火を点けるぞ――

 画面にライターを持った手が映った。撮影者の手だ。

――馬鹿なまねはよせ。全員焼け死ぬぞ――

 健常者の男たちが怯んだ隙に、透明症患者たちが殴りつけた。撮影者は奥へ進み、テーブルの上に置いてあったビール瓶を倒し始めた。

――止めろ、爆発するぞ――

 画面の外から焦りを帯びた叫び声が聞こえてくるが、撮影者は構わずポリタンクも倒した。透明な液体がこぼれ、床のカーペットへ広がっていく。

 唐突に画面が消えた。

――この後、店が爆発したのは知っての通りだ。まだ燃えさかっているから何人死んだかわからないが、少なくとも我々の仲間四人が巻き込まれている――

――何かの間違いだ。麻田店長は私が面接して採用したから、人となりもわかっている。そんなことをするような男じゃない――

――だったらお前もぐるだったんじゃないの?――

――そうだよ。雇われ店長が、店を勝手に閉める訳がない。お前もあの店を奴らのアジトにするのに加担したんだろ――

――私は知らな――

 近くにいた男が、いきなり今村を殴りつけた。尻餅をついたところで、今度は蹴りつける。

――痛いよ。止めてくれ――

 藍田は厳しい表情をしながら、ただその様子を見ているだけだった。更に別の男も加わり、蹴り始めた。

 今村の悲鳴が聞こえてくる。

「止めてくれ……父さんが死んじゃうよ」

「ほう。あなたを捨てた男ですよ。僕はてっきり宮本さんが喜んでくれるかと思っていたのですか」

 辻田は楽しげに、揺れるように笑った。

 今村は情けない程の悲鳴を上げながら止めてくれと懇願したが、暴力は止まらなかった。頭を抱えながらうずくまる今村を容赦なく蹴り、踏みつけた。

「おい、いますぐ止めさせろっ」

「残念ながらこれは録画でしてね」

 辻田は困ったような顔をして見せたながらも、耐えきれないという風に、鼻を押さえ、押し殺したような笑い声を上げた。

「ふざけんじゃあねえ」

 伸也の焦り構うことなく、画面では今村への暴力が続いた。やがて地面に血が流れ出し、悲鳴も聞こえなくなった。ようやく藍田が止めろと言って、男たちが後ずさりした。今村は頭を抱えたまま動かない。男の一人が足でつつくと、今村は仰向けになり、顔が露わになった。顔は血の気がなく、目は開いたままで瞬きもしない。

「今村さんはお亡くなりになりました」

「どうしてこんなことをしたんだ」

「この方が宮本さんのお父様であったからです」

「言ってる意味がわからない。なぜ俺の父親だから殺されなきゃならないんだ」

「わかりませんか?」辻田は涼しげな目で伸也を見ていた。「あなたを苦しませたいからです。DROPが燃える様子を見せたのも同じ理由からです。宮本さんはこれから、親しい人が傷つき、思い出深い場所が破壊されていく様子を、この部屋で見続けなくてはならないのです。それは死ぬよりもつらいこと」

「それがさっきお前が言っていた強い対立ってわけか」

「僕は二十年前に玄と出会い(タオ)を知った。世界に悪を広め、苦しみを絞り出す。それによって生じたエネルギーを天上に届ける。それが僕にとっての(タオ)なんですよ」

「お前はおかしいよ。まるで悪が素晴らしいことみたいなことを言っているが、悪は悪に決まっているじゃないか」

「その通り、善は善であり、悪は悪です。しかし、善と悪はコインの裏表。常に善の横には悪が寄り添っているのです。そして、善は悪によって食い尽くされるために存在しています。愛も平和も幸福も、悪によって破壊されるのは必然です。人類はここ数十年にわたって平和だった。しかしそれは大いなる破壊を演出するイントロダクションでしかなかったのですよ。多くの人たちには不都合なことですが、それが真実です」

 辻田の姿がすっと薄くなっていく。

「おい、どうしたんだ」

 同時に明るかった部屋が急速に暗くなっていき、やがて周囲は黒い闇に包まれていった。ただ一つ、目の前の画面は光を放ち、死んだ父の姿を映し出している。

「おおい辻田、出てこいよ」

 叫んだが声は闇の中へ吸い込まれていくだけだ。手探りで壁を探ろうとしたが、あるはずだった場所は空を切るだけだった。画面へ触れようにすると、逃げ水のように後退していく。ベッドに戻ろうとしたが、元いた場所がわからず、見失ってしまった。

 疲れ果ててしゃがみ込むと、目の前に画面が移動していた。

――宮本さんにもこんなことがあったんですねえ――

 目の前の画面が切り替わり、居酒屋が映し出された。多くの人が酒を飲んでいる。そこへ目の据わった酔っ払いの中年男性が現れ、画面からのぞき込んだ。

――お前、オーロラダンサーってことは、ゴーストってことだろ。ゴーストが感染(うつ)っちまうじゃねえか。出ていけ――

 画面がまた切り替わる。今度はマンションのドアだ。鍵を差し込んでドアを開ける。真っ暗な部屋で手探りしながら照明のスイッチを入れた。

 明るくなったリビングには誰もいなかった。しかし、どこからかすすり泣くような声が聞こえてくる。バスルームへ移動すると、真っ赤な血のに中で、蒼白な肌をした母親がすすり泣く姿が映し出された。

 どれも伸也がかつて体験した出来事だ。しかしそのときカメラで撮影したことなどない。「これは一体なんなんだ」

――宮本さんの心のひだです。嫌な思い出、ひどい記憶を一つ一つ探し当て、意識に甦らせているのです――

「そんなことをして、一体何をしようと言うんだ」

――ネガティブな世界に浸るのは苦しいですね。多くの人は苦しみから逃れるため、精神を退行させて行きます。それがうつ病と言われる症状です。ところがあなたはそれができない。無論、死ぬこともできないし、希望を見るとこともできない。

 やがて宮本さんの精神は壊滅するでしょう。それでもネガティブな世界は容赦なく宮本さんを苛み続けていきます。ま、最終的には心臓が負荷に耐えきれず止まるでしょうが、最低でも半年、長ければ一年以上苦しみは続きます――

 周囲が明るくなっていき、周囲が見渡せるようになった。そこは白い部屋ではなく、道の真ん中だった。車がようやくすれ違うことのできるだけの道幅で、左側は工場の壁、右側は雑木林が広がっていた。頭上から夏の強い日差しが照りつけ、雑木林からは耳に突き刺さるような蝉の鳴き声が聞こえてくる。

 前を見ると少年が五人、道に立ちはだかっていいた。派手なTシャツを着て、粗野な目つきをしているが、表情にはあどけなさが残っていた。恐らくまだ中学生ほどではないだろうか。中央の少年は、なぜか一輪の手押し車を押していた。

――お前ゴーストだろ――

 伸也は黙っていた。

――殺しちまえ――

――殺しちまえ――

 口々に言いながら、手押し車に載っていた石を掴み、投げつけ始めた。

 逃げようとして振り返ると、別の少年たちがいて、石を投げつけ始めた。

両側から石礫が伸也の体に命中する。重くて鈍い痛みが体のあちこちに生じ、よろめきながら、脇の茂みに逃げ込んだ。そのとき、人の気配を感じて横を見た。茂みの中から、半笑いを浮かべながら、若い男が携帯電話のカメラを自分に向けていた。

 これは現実じゃない、脳内の記憶が再生されているだけなんだ。伸也は自分にい言い聞かせた。

 風景が暗転し、今度は部屋の中にいた。壁の時計は六時三十五分を指している。その下には「大空」書いた習字が張ってあった。床には紺のランドセルが転がっている。

 俺の部屋だ。

 体が勝手に動き出す。

 だめだっ、出ちゃいけないよ。必死で叫んだが、行動は止まらない。

 ドアを開け、ひっそりと静まりかえった廊下に出る。

 伸也は幾つかあるドアの一つを開けた。

「お母さん」

 声をかける。奥のベッドから女性が起きてくる母親だ。

「ああっ」

 恐怖に引きつった表情をして自分を見つめる母親。

 お母さん、どうしちゃったの。笑ってるときも泣いてるときも怒ってるときもこんな顔はしなかったよ。まるで化け物でも見ているような顔だよ。どうしてさ。

 改めて、自分の手を見た。透き通って、うっすらとシルエットが浮かび上がっているだけの手。

 伸也が初めて透明症になったあの日。

 涙がぽろぽろと頬を伝っていくのがわかる。

 感情に流されるな。そう言い聞かせても、伸也にとって、これはもっとも深いトラウマだった。理性でコントロールできるものではない。

「辻田っ」

 叫んでも、何も返ってこない。


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