第三部 闘争 3
ひどくまぶしかった。目を開けると、白い照明が見えていた。光に慣れてくると、周囲の様子が見えてくるようになった。白い陰に白い天井。そして白いベッド。まるで病室のような部屋で寝かされていた。
半身を起こすと、ひどい頭痛がしてきた。心臓が鼓動するたび、痛みの波動が頭全体に広がっていく。体も血に鉛が混じっているかのように重い。もう一度ベッドの中へ倒れ込みたい気分だったが、現在の状況を意識し、逃げなくてはと思いベッドから下りようとした。
「気分はいかがですか」
不意に声が聞こえて横を見ると、いつの間にか辻田がベッドの縁に腰掛けていた。穏やかな笑みを浮かべ、伸也を見つめていた。
「なぜそこにいるんだ」
目覚めたとき、この部屋には自分以外誰もいないのを確認したはずなのに。
「湧いてきたんですよ。何しろ、この部屋にはドアとか窓がないのでね」
えっと小さく叫んで周囲を見直すと、確かにドアも窓もなかった。
「ここは一体どこなんだ。貴斗たちはどこに行ったんだ」
「残念ながら、その質問にはお答えできません」
「だったら力ずくで答えてもらう」
そう言いながら、辻田の肩に手をかけたが、体に触れる感触がなかった。手が体の中へ入り込んでしまった。
「今、宮本さんの目の前にいる私は幻です。触れることはできません」
「くそっ」
伸也はベッドから立ち上がり、重い体を引きずりながら壁をチェックしはじめた。
「出口を探すのは構いませんが、きっと徒労に終わるでしょう。物理的にここから出る手段はありませんから」
「だったら俺はどうやってここへ来たんだ」
「お答えできません」
「それしか言えねえのかよ」
壁に手を当てながら、隠し扉を探したが、それらしき所は確認できなかった。しっかりとチェックしたかったが、頭痛と疲労が阻んだ。体力の限界が来て、再びベッドへ倒れ込む。
「そろそろ、治療を始めてもよろしいでしょうか」
「治療? 好きにしろよ。どうせどうにもならないんだから」
「では始めさせていただきます」
辻田は滑らかな動きで白い壁を指差すと、長方形で黒く塗られたものが浮かび上がってきた。大型テレビみたいだなと思っていると、点々と光が現れてきた。目をこらしていると、それがビルから発する光だとわかった。黒いものは本当にモニターで、どうやら夜の街を映し出しているようだった。
「この映像は現在の新宿の様子です」
ドローンで撮影しているのだろう。映像は下へ動き、道路の様子を映し出した。街路灯が灯る中、人も自動車も通行していなかった。ビルには飲食店やカラオケ店の派手な看板が取り付けられているが、明かりは灯っておらず、営業している様子はなかった。昼間、爆破事件が起きたので、営業を自粛しているのか。
不意に男が一人、走り去っていく姿が映し出された。どうしたのかと思っていると、今度は三人の男女が同じ方向に走っていった。ドローンが街路灯の少し上まで高度を下げ、映像は真下から、斜め前方へと動いた。
強烈な明かりが映し出され、一瞬何も見えなくなった。光量を調整して現れたのは、炎に包まれた自動車だった。道路の真ん中で燃えさかっていた。黒い煙を避けながら進んでいくと、透明症患者と健常者が殴り合っている様子が映し出された。
「一体……何が起きているんだ」
「ここはまだ序の口です。もう少し移動しましょう」
ドローンがスピードを上げた。人々の密度は高まり、店舗の窓が割れていた。中には煙を吐いて燃えているところもある。やがて見慣れた石造りの新宿伊勢丹が現れ、ここが明治通りであることがわかった。ドローンは靖国通りに出て、西へ進んだ。大ガードが見えてきたところで、右手にある歌舞伎町一番街のアーチを超えて進んでいく。
「燃えている……。ここも爆破したのか」
「いいえ、新宿での爆破はありません」
通り沿いにあるいくつもの建物から煙が出ていた。自動車も燃えていた。その中を人が走って行く。更に進んでいくと、取っ組み合いをしている男の姿が映し出された。一人は透明症、もう一人は健常者だ。喧嘩をしているのは彼らだけではなかった。数十組の男たちが殴り合っていた。中には倒れたまま動かない者もいるが、誰も顧みない。
左手にシネシティ広場が見えてきた。多くの人々が集まっていた。その中から、何人かが走りだしてく。
「これは本当に現実の出来事なのか?」
辻田が薄く笑った。「こんな状況ではそう思うのも無理はありませんね。NHKのニュースを見てもらいましょうか」
画面が切り替わり、スタジオの中にいる男性のアナウンサーが映し出された。画面の左側に「外出は控え、安全な場所で待機してください」とテロップが表示されている。
――繰り返します。警察庁発表によると、現在確認されている騒乱地区は大阪市中央区心斎橋筋、大阪市西成区あいりん地区、東京都新宿区歌舞伎町、東京豊島区池袋、福岡県福岡市博多区中洲、沖縄県那覇市安里です。この付近には決して近づかないようお願いします。この場所以外でも各地で多数の争いが確認されております。不要不急の外出は控え、危険を感じたら、速やかに逃げるようにしてください」
アナウンサーの視線がカメラから外れ、誰かに向かって軽く頷く。
――現在の新宿の様子をご覧ください――
画面が切り替わり、ヘリコプターからの映像が映し出された。ビルに点々と明かりが灯る中、明らかに燃えて煙を上げているところがあった。
「燃えているところがどこなのかわかりますか?」
伸也は戸惑いつつ首を振った。
「透明症患者が経営しているクリアバーですよ。警察からの正式発表はまだありませんが、各メディアやネットでは、すでに今回の爆破テロがグロウによるものだと断定しています。彼らの認識は正しいのですが、一部の人々は透明症患者イコール、グロウだと思っているようですね。更にその一部でとりわけ危機感を抱いている人たちが、指揮系統の混乱している警察組織に業を煮やし、一般の透明症患者を攻撃しているという図式です」
「ばかな……海外では過激な差別組織が透明症患者を襲うとかあるけど、日本でこんなことが起きるなんて、ありえないよ」
「ところが起きているんですね。画面を切り替えましょう」
人気のない、飲食店が建ち並ぶ通りが映し出された。営業している店はない。明かりの消えた看板は見慣れたものばかりだ。ひどく嫌な予感を意識しながら、食い入るように画面を見続けた。
「ここがどこかわかりますよね」
「ああっ……」
予想はしていたが、映し出された映像は衝撃だった。
DROPが燃えていた。入り口から激しい炎が立ち上り、ビル背全体が毒々しい真っ黒な煙に包まれていた。
「荒川さんや宮本さんをはじめ、DROPは我々と敵対しているというのにね。一般人には理解できないらしい」
辻田は穏やかな目をして微笑んだ。
初めてオーロラダンスを見たのは十五歳の頃だった。何気なく眺めていたネット動画のタイムラインに、オーロラダンスの動画が流れてきた。その七色に輝く男女の姿がCGではなく、実際に生じていると知った時、そして踊っているのが透明症患者だと知った時、目の前に重く立ちはだかっていた壁がすっと動いた気がした。
その後、ひらすらオーロラダンスに関する情報を検索し、あらゆる動画を視聴し、ブログや記事、SNSの投稿を読んだ。朝が来て日が昇り始める頃、伸也はオーロラダンサーになることが、まるで自分の運命であるかのように感じていた。オーロラダンス発祥のホールで、世界最高峰のレベルであるDROPのステージで踊ることは、伸也にとってずっと憧れであり、目標だった。
そのDROPが燃えている。自分の体が焼かれるような思いに駆られながら、それでも画面から目を離せない。頭の中が真っ白になっていく。
画面に貼り付いた目を無理矢理辻田へ向けた。
「こんなくだらない争いは、今すぐ止めさせろ」
「もう遅いのです。感情は恐怖によって圧迫され、歪んでいく。それが反発するとき怒りに変わり、憎悪となって他人へ発散される。発散された側もまた同じ過程をへて、さらなる憎悪となって相手に発散する。憎悪と憎悪の連鎖は、誰にもほぐすことはできません」
「ここから出せ」
無駄だとわかっていても辻田に触れようと手を伸ばし、空を切る。辻田の笑みが顔全体へ広がり、フフフとこもるような笑い声を上げた。
「どうして宮本さんをここに閉じ込めたのかわかりますか? 死刑がだめなら終身刑なんですよ。あなたは死ぬまでこの部屋で、怒りと悲嘆に暮れながら一生を過ごすのです。玄があなたたち殺害を禁止したときは不可解に思いましたが、考えてみれば一息に殺すより、この方がよっぽど残酷だ。そのうちあなたの恋人も探し出して、素晴らしい映像をご覧に入れましょう。その前にこんな画像を入手しました。ご覧ください」
画面は再び靖国通りを映し出した。パチンコ屋の派手な看板の横を通り過ぎたところで、西武新宿線駅が見えてきた。その広場に多数の人々が集まっていた。全員露出した肌は透明だ。
画面が切り替わる。今度は携帯電話のカメラ映像だ。映っているのは若い男たちが多く、皆一様に険しい表情をしていた。
――あいつら全員ぶっ殺してやる――
――ケイタがやられた。目を開けないんだ。誰か医者はいないかっ――
男たちの叫ぶ声が聞こえてくる。殺気立った空気がカメラ越しからでもわかった。
「仲間たちの危機を知って、多数の同胞たちがここへ集結しているのですよ」
カメラは人々の間を縫って奥へ進んでいった。空隙が現れ、その中央に男が一人立っていた。精悍な顔立ちで、何か話をしている。
――林たちのグループは「アクア」を守ってくれ。服を脱いで暗がりを選んでいけば、そうそう見つかることはないが、奴らの中には赤外線センサを持っているという情報もある。充分気をつけてくれ。場所は坂井に確認するように――
「藍田君、立派に仕事をしていますねえ」
辻田が満足そうに笑みを浮かべながら頷いた。
――会長、店の前にいた「トレミティ」の関係者を連れてきました――
透明症の男二人に両脇を抱えられて、黒のスラックスに白いYシャツ姿の中年男性が現れた。白髪交じりの髪の毛をした健常者だった。緊張した表情だが、怯んだ様子はなく、強い目で藍田を見据えていた。
――私は「トレミティ」の今村だ。どうして君たちは私の店を襲撃したんだ――
伸也は息を飲んだ。
「その驚いた顔からすると、お知り合いのようですね」
「俺の親父だ」
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