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第三部 闘争 2

「申し訳ありません、ドローンは対象を見失いました」

 木場がヘッドセットを投げ捨てるようにして外し、悔しそうに振り返った。

「現地の捜査班は見失った地点へ行き、引き続き、周辺の捜索を行え」

「承知しました」

 木場は再びヘッドセットを嵌めて指示を飛ばした。残念ではあるが、民間用ドローンしか調達できなかった状況では致し方ないだろう。

 司令室では緊張感が静かに張り詰めていた。二十人ほどの男女がモニターに向かい、ある者はキーボードを叩き、ある者は画像に映し出されたスタッフと通話をしていた。

「皆川、進捗を報告しろ」

 振り返って藤岡をチラリと見た皆川は再びパソコンに向き直り、キーボードを叩きながら説明し始めた。

「現在有力な情報として、現在SNSへ二年前にアップされたこの投稿を調べています」

 正面のモニターに居酒屋らしき店を映した画像が映し出された。赤ら顔の若い男女たちが笑顔を浮かべてカメラを見ていた。次にイカやウニ、イクラといった刺身が大皿に盛ってある画像が映し出される。

――今日はアヤカちゃんの誕生日パーティー。なんとマサ君のおごり!!! 臨時ボーナスが入ったんだって。感謝です――

「店は稚内市内の大丸屋という居酒屋です。地元の若者の飲み会ですが、臨時ボーナスという言葉が引っかかりまして、投稿に出てきたマサという男を調べました。すると興味深い事象が浮かび上がりまして。

 マサのSNSアカウントを調べたところ、フルネームは秋野雅人、一年半前から更新が止まっております。彼がフォローしている友人のアカウントを調べたところ、現在秋野が行方不明であることが判明しました。生きていれば二十三歳になっているはずです。

 彼が勤めていた会社は久遠建設という、地元では中堅だった建設会社です。だったというのは秋野が失跡したと同じ時期に倒産しているからです。久遠建設の元社員三人の携帯電話をハッキングしたところ、三年以上前から久遠建設の経営状況は悪いといった内容のメールが出てきました」

「それが臨時ボーナスというのはどういうわけだ」

「現在確認中ですが、友人にもその辺りの事情は話していないようです。久遠建設の取引先を調べたところ、倒産の三ヶ月前まで建設資材を現金取引で仕入れしていたようです」

「久遠建設が倒産前に建築していた建物の詳細は?」

「調べていますが、今のところ掴めていません。取引会社の資料をあたったところ、資材はすべて久遠建設の社員が引き取りに来て、どこの現場へ持ち込んでいたか不明となっています。久遠建設の元社員の携帯電話のハッキングに成功しましたが、SNSを確認すると、社長を含む五名の元社員と連絡が取れていないようです」

「生コンはどうなんだ。ミキサー車は内製化できないだろう」

「それが、久遠建設と取引のある運送業者の社長も同じ時期に連絡が取れなくなっています。社員五名の零細企業で、社長もドライバーをしていたようです。全体はまだ把握できていませんが、元社員のSNSをハッキングしたところ、失跡する直前まで、社長が頻繁に車に乗っていたというメッセージが残っていました」

「役所関係は当然調べたんだろうな」

「はい、それらしき建築確認申請はありませんでした。久遠建設は秘密のうちに違法建築を行っていた可能性が高いかと思われます」

「皆川主任、SNSにこんな画像がありました」

「正面モニターに写せ」

 大型モニターに表示されたのは、薄汚れた四トントラックとその前で肩を怒らせて睨んでいる若い男の姿だった。

――晒します。こいつがマナー最低男です――

「秋野を顔認証システムで検索したところ、この画像が出てきました。投稿者はキャンプを趣味にしている男で、道のすれ違いを巡ってトラブルになったようです」

 トラックの背後は森で、建物や標識のようなものは確認できなかった。

「場所は特定できるか」

「この男の携帯電話にマルウェアを仕込んだメールを送りましたが、まだ反応がありません。この時間ですと、男も寝ているのではと」

「SNSのアカウントがわかるなら友人関係もわかるだろう。徹底的に調べ上げろ。桑原はこの画像に写っている植物を調べて、同じ植生の地域を調べるんだ」

「藤岡課長」角田が叫んだ。「これを見てください」

 大型モニターの画面が切り替わり、開源パーキングシェルター内を映した動画が表示され始めた。伸也たちが運転したワゴン車に仕掛けられたカメラの映像だった。

 銃を持った男が通り過ぎようとしたところで映像が停止した。他の男たち同様ひどく痩せており、不安げな表情をしていた。

「この男、秋野です」

「何?」

 SNSで確認した、筋肉質で精力が漲っているような顔立ちとはかけ離れており、同一人物とは思えなかった。

「顎のほくろの位置と耳の形状が一致しました。間違いありません」

 居酒屋の画像と隠しカメラの画像が並列された。銃を持った手は細く、角張った骨が浮き出ていた。居酒屋のいかにもヤンキー然とした風貌と比べると、かなり老けて見えるし、一見別人にしか見えない。しかし、言われてみれば目元や鼻の形が似通っていた。

 一年半の間で、この男に何が起きたのだろうか。


「東京からわざわざご足労いただきまして、ありがとうございます」

 辻田は柔らかな微笑みを浮かべ、軽く会釈した。両側の男たちは身じろぎせず狙いを定めている。

「俺たちを殺すのか」

 辻田は笑みを浮かべたまま、揺れるような優雅な動きで首を振った。

「もし殺せるなら、すでに宮本さんたちは生きていないでしょう」

「殺したいのに殺せないのか」

「その通りです。実際、僕は皆さんを爆殺しようとしましたが、玄に阻止されました」

「お前、玄を知っているのか」

「はい。人生の節目節目で現れては、僕を導いてくれています」

「お前を導くだって? 玄はお前がグロウを立ち上げるのを止めなかったのか」

 辻田はふふと鼻から吐き出すような笑い声を上げた。

「止めるも何も、グロウの設立を進言したのは他でもない、玄ですよ」

「ばかな……」

 伸也と北村は顔を見合わせた。

「玄は神様で、わたくしどもを助けてくれてくださっていたかと思ったのですが」

「何をもって善となり、何をもって悪となるか。一見簡単そうに見えて、これほど難しい問題はありません。一人の人物が他方では英雄と言われて賞賛され、他方では最悪の独裁者と非難される。そんな例は歴史上数多くあります。そもそも、どうしてこの世界に善と悪があるのですか?」

「そんなこと、俺にわかるわけがないだろ」

 辻田は優しげな目をしてわずかに微笑んだ。「僕はこのように考えます。善と悪は電気でいうプラスとマイナス、あるいは易経でいう陰と陽の様に、常に分かちがたいセットとして存在していると。僕の行為が、多くの人から悪だと思われているのは承知しています。しかしそれは、この世界を構成するための不可分の要素なんです。

 そしてそれによって生じる感情のエネルギーは、この世界を作り出した神に摂取されていくのです。僕はそれを玄から学びました」

「玄も神様も、善悪を超えた存在だというのですね」

「神がこの世界に善を作り、悪を作ったのは、意味があるのです。僕の役割はこの世界に悪を広めていくことなんだと思っています」

「まるで悪を広めるのが正しい行為だと行っているかのような言い草だな」

「その通り。ここで最初の設問に戻りましょう。何をもって善となるか、何をもって悪となるか。僕はこの世界に悪を広めることが最高の善だと考えています」

「ばかな。お前、狂ってるよ」

「宮本さん、あなたはこの世界でのルールでしか物事を考えているからそのような結論が出るのです。僕はこの世界を超越したところから語っているのです。玄もそうです。

 玄が宮本さんたちの殺害を拒否したのも、超越した世界から視点からだと僕は考えています。彼は爆殺だけではつまらないと思っている。私たちへもっと強い対立を希望されているのです」

 辻田が伸也の前に来て、右手を差し出した。

「僕と握手をしていただけますか」

 柔らかな笑みを浮かべる辻田を見ながら、両脇で銃を構える男たちを意識した。彼らは全員全員透明症だ。ダンスで奴らを倒せるかもしれない。伸也は心の中でリズムを刻んだ。握手をした瞬間、辻田に抱きつけば、銃を持った男たちも発砲できないだろう。

 伸也は立ち上がった。奴と握手したとき、引っ張り寄せながらダンスをして、まずは銃を持った男たちを倒すんだ。

 辻田の手を握った。引き寄せようと思った瞬間、フィルターがかかったように、視界が暗くなっていく。

 まずい。手を離そうとしたが、すでに周囲は闇に包まれて、何も見えなくなっていた。

 意識が浸食されていく。


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