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第三部 闘争 1

 横田基地で自衛隊の輸送機に乗って、千歳空港へ降り立った。ヘリコプターを乗り継いで、航空自衛隊稚内分屯基地へ到着する。すでに時刻は午前零時を過ぎていた。真夏ではあったが、ヘリコプターの外は肌寒く、上着がほしいくらいだった。周囲は常夜灯が無機質な輝きを放つ以外、漆黒の闇だ。海が近いのだろうか、北東から吹き込む冷たい風には、わずかに潮の匂いが含まれていた。

「自動車の運転は問題ありませんね」

 闇の中からグレイの迷彩柄をした作業服姿の若い男が現れ、いきなり話しかけてきた。

「ペーパードライバーですが、一応免許は持っています」

「ほとんどまっすぐで対向車もいませんから大丈夫です。たまに鹿とか狐が道に出てきますから、スピードは出さないでください。目的地までのカーナビは私がセッティングしますから」

 男に連れられて歩いて行くと、ヘリポートの外れに白いワゴン車が止めてあった。

「基地の出口まで私が運転しますので、皆さん乗ってください」

 迷彩服の男が運転席へ乗り込む。伸也は助手席に乗り、他の三人は後部座席へ座った。車がゆっくりと走り出した。暗い夜道を慣れたハンドルさばきで進んでいく。やがてワゴン車はゲートの前に到着した。迷彩服の男は車から降り、ゲート横常夜灯の下で立っている同じ迷彩服の男に話しかけた。二人は道の真ん中に設置されている黄色と黒に塗装されたゲートを脇にどかした。

「では、運転席へ移動してください。発進すればすべてカーナビが指示してくれますので」

 言われたとおり、伸也は運転席から助手席へ移動した。窮屈だと言って、貴斗が助手席に座った。

「ご武運をお祈りします」

 迷彩服の男に敬礼をされ、伸也は曖昧に頷いた。半年前までダンスのことしか考えていなかった男にとっては違和感でしかない。

 ブレーキを解除し、恐る恐るアクセルを踏み込む。わずかにエンジンが唸り、ワゴン車は走り出した。カーナビの指示通り右折し、道を進んだ。

「せっかく北海道へ来たんだから、いくら丼でも食いたいんだが、さすがにこの時間じゃどこもやってねえか」

「黙ってて。あんたは殺されないとわかってるから、ちゃらけた話しもできるかもしれないけど、あたしたちは殺されるかもしれないのよ」

 後部座席から奈緒が貴斗に向かって、いらついた言葉を吐いた。

「だったら逃げればいいじゃねえか。別にあいつらに従う必要なんかねえよ」

「逃げたらお前が爆発するかもしれないんだぞ」

「いいさ。俺はもう終わっちまったんだ。透明症でグロウのチンピラで、しかも誘拐犯だ。まともな仕事なんかできやしねえ」

「お前にはダンスがあるじゃないか。DROPではもう無理でも、お前のレベルなら、他のホールでも十分やっていけるだろう」

 不意に貴斗は押し黙った。どうしたんだと思い、隣を見た。貴斗は暗さを帯びた目で前を見つめていた。

「無理だ」一段低くなったトーンでつぶやく。

「どうしてだ。トレーニングをしていないなら、また始めればいいだろう」

「この肩だよ」

 貴斗は右手で左肩を押さえた。

「俺が誘拐されたときに打ち抜かれたところか」

「ああ」貴斗が頷く。「船の上で俺がやったトーマスフレア、どう思った」

「少し回転軸がぶれていたな」

「そうだ。普通に生活するだけなら問題ないが、ああいう風に肩へ負荷がかかると痛みがあるんだ」

「しかし――」

「二流に比べたらまだまだ上だと言いたいんだろ。だがな、拘置所にいたとき試したんだ。一ステージ分踊ったら、最後は激痛でまともに踊れなくなったよ。レッスンプロも考えたが、俺も人に教えるような柄じゃないし、第一元犯罪者に生徒が付くはずがねえだろ。俺は終わりだ」

「それって、あたしがやったんだよね」後部座席から奈緒がぼそりとつぶやく。「悪かったわ」

「しょうがねえだろ。お前も生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだし。力のコントロールも無理だったんだろ」

「うん……」

「北村さん、貴斗の治療は限界なんですか? もう少しなんとかなりませんか」

「ちょっとやってみましょうか」

 北村は身を乗り出して、貴斗の肩に手をかざした。

「玄様玄様、貴斗さんの肩をお直しください」

 北村はしばらく唸っていたが、ふうっと息を吐いて手を離した。

「これ以上は難しいようです。あとは貴斗さんが本当に治りたいと思うかです」

「俺が治りたくないとでも思っているのかよ」

 貴斗が振り向き、憮然とした表情で睨み付けた。

「そ、そう言われましても、わたくしには如何ともしがたいのでありまして」

「貴斗、よせよ。北村さんの言っていることは間違っていないと思う。確かにお前の中で治りたいという思いはあると思う。でももう一方でどうでもいいやと思っている自分もいるんじゃないのか」

 貴斗の目から怒りが消え、代わりに悔恨の色を帯び始める。「確かにそれはあるよな。北村さん、悪かったよ」

 前を向き、ぼそりとつぶやき始める。「俺、一年くらい前からダンスを辞めようかと思ってたんだ」

「えっ……」

 思いも寄らない言葉に、伸也が驚いた。

「俺は十代の頃から、ダンスでてっぺんを目指してきた。二十歳の時に史上最年少でDROPでセンターに立ち、ネットのチャートでも一位になった。でも、翌年膝を痛めて半年休養した。それ以来、一位にはなれないし、挙げ句の果てにはセンターからも外れちまった。そのうちお前がセンターになり、とうとう年間チャートで一位を獲得した。

 焦ってた時にまた、膝を痛めて、長期離脱する羽目になった。そこで意志がプツンと切れちまったんだ」

「貴斗、荒川さんがお前をセンターから外したのは、お前の膝の状態を考慮したからじゃないのか。それと、お前に足りないのは基礎的な体力だと。もっと筋力をアップできれば膝への負担も軽減できると言っていたはずだ」

「頭ではわかってたつもりだったんだがな」貴斗は自嘲気味の笑みを浮かべた。「当時の俺は少々天狗になってたんだよ」

 貴斗は高校生の頃にダンスコンテストで優秀して、DROPと契約するときも、SNSでトレンド入りするほど話題になった。当然熱狂的なファンも付き、貴斗を早くセンターにという声が強かった。二十歳でセンターに立ったのも、そうした流れを受けてのことだった。

 だが後に荒川は「あれは失敗だった」と珍しく弱気な発言をした。あれで当初から鼻っ柱が強かった貴斗が増長してしまい、体力アップという基礎的な部分をおろそかにしてしまったのは否めない。

 しかし、辞めるまで思い詰めていたとは意外だった。

「だから、荒川と喧嘩して辞めたのは、勢いじゃない。きっかけに過ぎなかったんだ」

 港の横を通り過ぎていく。町中を進んでいくと、やがて建物はまばらになり、二十分ほどで林と原っぱばかりになっていた。そのうち常夜灯もたまにしか現れなくなり、真っ暗な道を進んでいった。

 しばらく走っていると、前方に常夜灯が見えてきて、カーナビの合成音が「まもなく目的地周辺です」と告げた。

「着くぞ」

 車内に重苦しい緊張が広がった。

「藤岡さん、あたしたちを守ってくれるのかしら」

 奈緒が不安げに真っ暗な外を見回した。

「さあな。あいつ、顔つきからして怪しかったからな。自分にメリットが無けりゃ平気で裏切りそうな顔だよ」

 左に逸れて、灰色の鉄骨でできたトンネル状の構造物の中へ入っていった。中は点々と照明が灯り、駐車スペースに二台の黒いミニバンが停車してあった。伸也はワゴン車をその後ろに停めた。ミニバンから男たちが降りてくる。服装は様々で、Tシャツとジーンズ姿もいれば、ベージュの作業服、スラックスにワイシャツの男もいる。出てきたのは五人で、三人がライフル銃を持っている。正面と右側に立って銃口を伸也たちに向けた。

 伸也は目を閉じ、意識を鳩尾へ集中した。奥から光が湧き出てくるイメージを思い描き、光が全身へ浸透した。

「車から降りろ」

 銃を持たない男がドアを引き開けて怒鳴った。言われたとおり全員外へ出た。ヘリポートの時よりも、更に冷ややかな空気が体を包み込んでいく。

 伸也は男たちを見た。彼らの鳩尾から光が溢れてくることはない。

 こいつら、透明症じゃないのか。男たちが発砲しようとしたらダンスで倒そうと思っていた伸也は当てが外れ、緊張が高まっていった。貴斗以外、全員を殺すのか。絶望的な気分になったが、男たちが発砲しようとする気配はなかった。

 男の一人がトランシーバーのようなもの取り出して操作を始め、もう一人の男が服の上からボディータッチをして身体検査を始めた。

「やめてよ、嫌らしい」

 奈緒は抵抗したが、男は構わず伸也たちと同様にボディータッチをした。

「不審物なし、電波も出ていません」

 男が携帯電話で誰かと話した。通話を終えると感情のない目で伸也たちを見た。

「お前とオヤジは前の車に乗れ、後の二人は後ろの車だ」

 男が北村と伸也に車を指差した。どうやらすぐに殺すわけではないようだが、それでもいつ発砲するかわからない。伸也はぎこちない足取りで歩き出した。

「早くしろ」

 男が北村の背中を蹴った。

「ひゃっ」

 北村はつんのめり、勢いよくうつ伏せに倒れた。

「大丈夫ですか」

 伸也は屈み、北村を心配そうに覗き込んだ。

「あ、ありがとうございます。肘と鼻をすりむいたみたいでひりひり痛みますが、他は問題ありません」

 馬鹿にしやがってと思いながら蹴った男を睨んだ。

「早くしろ」

 伸也から怒りの感情が消えていく。怒鳴った男に違和感を持ったからだ。男は四十代くらいだろうか、痩せていてたるんだ頬をしていた。ワイシャツは首周りが大きく開き、肘までかかった袖からは、骨と皮だけのような細い腕が伸び、スラックスはベルトの下に縦皺ができていた。服がワンサイズ大きい印象だった。

 どことなく顔が黒ずんでいて、目には明らかにおびえの色が浮かんでいた。どこかで見たことがあると思ったすぐ後に、男の姿が代々木公園で自分たちを襲ってきた男たちと重なった。

 あいつらもひどく顔色が悪く、怯えた目をしていた。

 改めて他のメンバーを観察した。服装もバラバラだが、一番若い男はまだ十代ぐらいの幼い顔立ちで、年齢もばらつきがあるようだ。みな顔色が悪く、怯えた目をしていた。

 ミニバンのスライドドアを開けると、運転席に男が座っていた。彼も透明症ではない。先にライフルを持った男が三列シートの奥に座り、伸也と北村は真ん中の席に座らされた。北村を突き飛ばした男が助手席に座ると、ミニバンが走り出した。

 動くなと言われているので振り向けなかったが、後ろからの光でヘッドレストが照らされていたので、貴斗たちも後から来ているのは想像できた。

 しばらく国道を走っていたが、運転手が唐突に左へハンドルを切り、狭い道へ入っていく。次に右へハンドルを切り、ミニバンは舗装されていない農道らしき道へ進入していった。やがて登り坂となり、周囲に木々が目立ち始めた。

 ライトの先にシャッターが現れた。ミニバンは停車し、助手席の男が携帯電話をかけ始めた。

「到着した。開けてくれ」

 シャッターがゆっくりと動き出し、開ききったところで中に入っていく。室内には別の男がライフルを構えて待っていた。男に「下りろ」と言われて、ドアを開けた。

 シャッターは乗用車二台が並んでは入れる程度の広さだったが、それに比べて室内は思いのほか広かった。テニスコート一面程度の広さはあるだろう。壁、床、天井共にコンクリートがむき出しで、天井から光るLEDライトと相まって、寒々とした印象だ。後から入ってきた貴弘と奈緒も一緒になった。「進め」

 助手席に座っていた男がスチールの扉を開けて、中へ入っていく。背後からライフル銃で狙いを付けられながら、四人は男の後を付いていった。

 階段を上り、上階の廊下へ出たときから、前を歩く男の肩が激しく上下し始めた。はっ、はっ、はっ、と過呼吸になったような呼吸音が聞こえてくる。

「おまえ、調子が悪いのか」

 振り向いた男の目は血走っていて、あからさまな恐怖が現れていた。

「黙ってろ」

 あえぐようにつぶやいた男は、再び前を向いて歩き出した。

 廊下に窓はなく、右側に沿って幾つかのドアがあった。男は廊下を進み、突き当りあるドアをノックした。

「失礼します」

 男がぎこちない動きで中へ入っていく。躊躇していると、背後のライフルを持った男が「入れ」と銃口で伸也をつついた。

 中はローテーブルやソファがいくつも置いてあり、今までの無機質な内装とは違い、黄みがかった柔らかい照明で室内を照らさしていた。

 中にはライフルを持った二人の男がいた。透明な肌を隠さずさらけ出し、銃口を伸也たちに向ける。

「お前たちはもう下がっていい、ご苦労さん」

 先導していた男ははあっと大きく息を吐き、あからさまにほっとした表情をして部屋から出て行った。透明症の男は、猫背になって逃げるように出て行く男を、薄笑いを浮かべて見ていた。

「これから俺たちをどうするつもりなんだ」

 伸也は男を睨んだ。

「さあな、俺たちはお前たちを見張れと言われているだけだ。そこに座って待っているんだ。お前ら、ダンスで俺たちを殺せるらしいが、妙な素振りを見せたら即発砲する」

 男たちは落ち着き払って伸也たちに銃を向けていた。はったりではなく、何かおかしな動きをすれば、躊躇なく発砲するような雰囲気だ。伸也たちは男が指差した部屋の中央に置いてあるL字型の大型ソファに座った。銃を持った男はそれぞれ左右に立ち、伸也たちに銃を向けた。

 奥のドアが開き、男が入ってきた。身長は百八十センチ以上はあり、すらりとした体型だった。切れ長の目で、ウェーブした髪の毛を肩まで伸ばしていた。右耳に金色のピアスを嵌めている。

 間違いない、この男が辻田だ。


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