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第二部 破壊 33

「まずは二十年前にこのニュートリノマシンに入った時の話をしよう。あのとき、我々は極限までニュートリノの密度を極限にまで下げ、五次元へ落ちていった。

 あのとき我々は玄に出会った。そして、辻田、梨奈、藍田の三人は『選ばれし者』であり、将来そのカウンターとして善の『選ばれし者』が現れ、辻田たちの脅威と対抗することを予言した。

 北村さんの話ですと、北村さん、宮本君、栗山さん、小野君が『選ばれし者』ということですね」

「はい、その通りでございます」

 北村が大きく頷く。

「ただ、人数は善が四人に対して、悪が三人。数が合わないと思いませんか?」

「それはきっと、最後に善が勝つからです。ウルトラマン、スーパーマン、美少女戦士セーラームーン。みんな最後は悪が駆逐され、善が勝つのです」

「本当にそうなんですか? 現実では悪が不正がまかり通り、悪が横行している事例で溢れている。この社会において、善と悪は鋭く対立しながら、どうにか存在しているのではありませんか。

 人間の感情は簡単に二分割できるものではないのです。誰もが善意を持っているし、悪意も同時に持っている。例えば、テロリストと国際社会から非難される人々の多くは、元々社会の不正、不平等をただすために運動をしてきた人々です。それが講じて、大義のためには他人を傷つけてもよいという思考に陥り、犯罪を繰り返すようになる。

 我々にも悪意は存在しているし、辻田たちにも善意の欠片は存在しているはずです。善と悪は複雑に入り組み合いながら勢力を競い合っているのです」

 蓮村は貴斗を見た。

「そうすると、貴斗は善と悪から互いにひっぱられている存在ということなんですか」

「その通りだ。たとえて言うなら貴斗君はジョーカーのような存在だ。君たちが『選ばれし者』であるなら、貴斗君がどちらの側へ引き込まれるかで勝敗が決するだろう」

「でも、辻田は貴斗を殺そうとしていますよ。もっとも、ここで爆発したら俺たちも全員死ぬわけですから、辻田たちの大勝利ってわけでしょ」

「だが、まだ爆発していない。これは何を意味しているのかわかるか?」

 伸也は困惑した表情で首を振った。

「君たちがグロウの爆殺から逃れられたのは、玄が関わったからだ。しかし玄は辻田たちともコンタクトを取っているはずだ。つまり、玄は何らかの意図があって君たちを生かし、辻田もその方針に従ったと考えるべきだ。その上で、辻田は新しい攻撃を仕掛けてきたんだ。私は辻田が貴斗君を殺すことはないと考えている。だからまずは反物質がどのようにしてこの世界の物質と接触して爆発するのか、そのメカニズムを解明する」

 そのとき、不意に内線電話から呼び出し音が響いた。竹井が電話を取った。

「はい、ここにおります。……少々お待ちください」

 竹井が訝しげな表情で藤岡を見る。「水沢官房長官です」

 今度は藤岡が訝しげな表情になり、竹井が差し出した受話器を受け取った。

「はい……その通りです」藤岡にしては珍しく、歯切れの悪い言葉遣いだった。「どうしてそれを……はい、失礼しました。しかし今引き下がれば、奴らは更に深く食い込んできます……もちろんその危険性はありますが、我々はそれがブラフだと……」

 藤岡が険しい顔をしながら「承知しました」とつぶやき、受話器を叩き付けた。

「ここにいる『選ばれし者』全員を辻田に引き渡せ。総理大臣の命令だそうだ」

「誰が官房長官へ情報を上げたのでしょうか」

「わからん。ともかく決まった以上、我々に選択肢はない。辻田に連絡を取って、承諾する意向を伝えろ」

 藤岡は冷たい表情で、宮本たちを見た。「申し訳ない。私の力不足だ」

「何よそれ。あんたたち公務員なんでしょ。一般市民を犯罪者に引き渡すって訳?」

 麻衣子の抗議にも藤岡は表情一つ変えない。「我々は一般の公務員とは少々毛色が違うからな。もっとも、ただでは渡さない。必ず奴らを捕まえ、グロウを壊滅させる」

「どっちにしても、伸也は殺される可能性があるんでしょ。ねえ北村さん、瞬間移動とかできないわけ?」

 北村は困惑した顔で首を振った。

「今のところ、玄様からそのようなオファーは来ておりません」

「じゃあ玄も、伸也に死ねと言ってるの?」

「わたくしにそう言われましても困ります……。玄様がお決めになることですから」

「玄は来ないわ」

 それまで、部屋の隅で黙ってやりとりを黙って聞いていた奈緒がぼそりとつぶやいた。人格が交代したのだろうか、いつの間にか奈緒の表情から険しさが消え、澄み切った目で麻衣子を見つめている。

「玄はあたしたちに逃げるなと言っている。この試練を乗り越えなさいと言っている」

「あいつらにあたしたちが勝てると思ってるの? あいつら、あたしたちを見た途端、すぐに殺しにかかるわよ」

「藤岡さん、麻衣子を逃がしてもらえませんか? 彼女は無関係なはずでしょう」

「わかっている。竹井、彼女を安全な場所へ隔離するよう手配しろ」

「ちょっと待ってよ。あたしだけのけ者にする気?」

「麻衣子、お前も無駄死にすることはないんだ」

「荒川さん、なんとか言ってよ」麻衣子が涙目で叫んだ。「伸也がこんな目に遭ったのは、そもそもあんたがオーロラダンスを始めたからでしょ」

「済まない」荒川は青ざめ、石のような硬い表情だが、まっすぐ麻衣子を見つめていた。「しかし、伸也には戦って欲しいと思っている。

「伸也を見殺しにしようっていうのね。この人でなし」

 麻衣子がボロボロと涙を流しながら荒川を睨み付けた。それでも荒川は目を逸らそうとしなかった。

 竹井が内線電話をかけた。程なく二人の男が来て、暴れる麻衣子を押さえつけ、首筋に注射した。麻衣子から急に力が抜け始め、目を閉じてぐったりし始める。男たちが彼女を担架に乗せた。伸也は目を閉じた麻衣子の髪の毛をそっと撫でた。彼女を見るのはこれで最後になるかもしれない。

「彼女を運んでください」

 男たちが頷き、麻衣子の載った担架を運び出した。

 伸也の中で、戦う覚悟が沸々と湧いてくる。このテロで多くの人々が死んだ。このまま辻田を放置すれば、更に多くの人が不幸に陥り、麻衣子も殺されるだろう。俺に与えられた力は誰かに背負わされたのかも知れないが、それでも俺が戦う力を持っているなら、彼女を守るため、戦わなければならない。

「課長、辻田から連絡が来ました」

「検査室のモニターへ転送するよう伝えろ」

 藤岡が検査室のパソコンに座り、キーボードを操作する。

「藤岡さん、結論は出ましたか」

 モニターに、辻田の顔が映し出された。口元に穏やかな笑みを浮かべている。

「要求通り、小野、宮本、北村、栗山の四名をお前に引き渡す。以降、我々は彼らに関与しない」

「賢明な選択です。それでは、彼らの引き渡し場所を指定します。北海道豊富町の開源パーキングシェルター。今から六時間後の午前二時です」

「寡聞にして豊富町の位置がわかりません。およそどの辺りでしょうか」

「稚内の隣です」

「それは無謀な指示ですね。東京から稚内まで、まずは飛行機のチケットを取らなければ鳴りませんが、あいにく辻田さんのおかげで現在日本国内の航空機が全便欠航となってましてね」

「横田から千歳へ空自の飛行機を使えるようになっているかと思いますが」

 藤岡はため息をついた。「細かいことまでよく知っていますね」

「いろいろと伝がありましてね」

「飛行機は手配しよう」

「では、午前二時にお待ちしております」

 通話が切れた。

「聞いたとおりだ。空自に千歳行きの飛行機を手配させろ。千歳と稚内分屯地のヘリもだ」

 竹井が部屋を飛び出していく。藤岡は伸也たちに向き直った。

「これから皆さんは北海道へ行っていただき、グロウに引き渡されることになります」

「俺たちを助けに来てくれるのか」

「最大限の努力はします。しかし、辻田がどこで何をしようとするのかわからないかぎり、対策はとれません」

「藤岡さん、小野の痙攣が止まりました」モニターを睨んでいた蓮村がつぶやく。「これから彼を排出します」

 キーボードを操作すると、ニュートリノマシンからモーター音が響き始めてハッチが開き、台に載った貴斗が出てきた。仰向けに眠っている貴斗は静かで、モニターに映っていたような痙攣は見られなかった。

「お前ら、深刻そうな顔して、どうかしたのか」

 起き上がり、きょとんとした顔で一同を見回した。

「お前が意識を失っている間に、いろんなことがあったんだよ」

 伸也が経緯を話した。

「俺が爆弾を抱えているんだって? 信じられねえよ」

「貴斗、どこかでグロウに捕まったとき、あるいはそれ以前、グロウに関わっていたときに何か妙な経験をした記憶は無いか」

 戸惑いを浮かべている貴斗に、荒川が真剣な面持ちで語りかけた。

「そんなこと言ったって……。そうだ。俺が拓真グループに入ったとき、新人研修とかいう名目で、埼玉にある研修センターへ一週間閉じ込められたことがあったぞ。

 それが変な研修でさ、最初に毎回薬を飲まされるんだ。すると神経がぼうっとなるんだ。その後、床に座って瞑想を始めるんだ。

 何も考えられなくなってさ、頭の中が真っ白になったところへ辻田が現れきたんだ。まるで霧の中から急に現れたみたいに、スルッと出てきたよ」

 貴斗の目に恐怖の色が浮かんできた。

「あいつ、笑って突っ立ってるだけなんだけどさ、鳩尾にナイフを突きつけられてるみたいで、凄く怖かった。時間にしたらほんの一、二分といった感じだった。だけど、薬が切れて意識がはっきりして時計を見たら、十時間近く経過していたんだ。中にはションベン垂らしてる奴もいたよ」

「その後、体や心に何か変化はなかったか」

「辻田に対して恐怖感が出てきたな。奴とは一度も会ったことがないんだけど、辻田の名前が出るだけで、怖くなっていくんだ。今も恐怖心はあって、辻田だなんて呼び捨てにしてるけど、本当はさん付けしたいくらいさ。あの研修は、きっと辻田に恐怖心を植え付けるためのマインドコントロールなんだってみんなで噂してたっけ」

「辻田に会ったことがないと言ったが、事前に辻田の写真とか動画を見たのか?」

「いや、あの人は絶対そういった類いのものは撮らせないからな。夢の中で初めて見たんだ」

「じゃあ、どうして夢の中の男が辻田だとわかったんだ」

「それは……よくわかんないけど、辻田だって」

「それはこんな男かな」

 藤岡がキーボードを操作して、モニターにさっき現れた辻田の映像を再生させた。

「そうそう、この男」

 貴斗の顔には、畏怖するような表情が現れている。

「お前が薬を飲まされたときに現れた辻田は、恐らく幻なんかじゃない。本物の辻田だ。奴は五次元でお前にコンタクトしたんだ。今、お前が意識を失っている間、辻田は現れなかったか?」

「いや、現れなかったな。ただ、人影みたいなのは出てきたよ。陽炎みたいでさ、ゆらゆら揺れているんだ」

「恐らくそれが辻田だ。痙攣したのはお前の体が反物質の存在を感知したからだ。辻田は反物質をコントロールする力を持っているんだ」

「反物質?そりゃ何だよ」

「物質と反応し、エネルギーを発生させる。お前の体重は今何キロだ」

「六十キロだよ」

「だったらおよそ二千五百メガトン級の破壊力だ」

「どれくらいの威力か想像がつかないんだが……」

「およそ広島に落とされた原爆十七万発、この地球が消滅する」

「ひえっ……」

 貴斗は驚きの表情を浮かべた。

「荒川先生、時間がタイトになっています」藤岡が割って入る。「彼らをこれから横田基地へ移動させます。蓮村先生と荒川先生は、爆発を阻止する方法を調べてください」

 作業服姿の男たちが部屋に入ってきて、伸也たちを取り囲んだ。

「こちらへ」

 男たちが動き出し、伸也たちは押し出されるようにして歩き出した。


 藤岡と竹井はB4513と表示されている部屋に入った。中では何人もの職員がモニターに向かい、慌ただしげにキーボードを叩いている。藤岡は奥まった場所にある自分の机に座り、モニターを立ち上げた。角田が近づいてくる。

「藤岡課長、開源パーキングシェルターについての資料をまとめました。ご覧ください」

 正面にある大型モニターへ道路を上から覆い被せるように作られた建築物が映し出された。

「冬場、吹雪を避けるために作られた施設です。周囲は平坦な土地で、建物はありません。辛うじて脇の林に身を隠せますが、車両を隠す場所は皆無です。監視カメラも破壊されています」

「奴らも赤外線センサの類いは持ち込むだろうな。周囲の監視は諦めるしかない」

「引き渡し場所へ行く車は宮本に運転するよう指定しています。また、四名以外のメンバー以外の乗車は禁止、引き渡し場所半径一キロ圏内への我々の進入も禁じています」

「Nシステムの配置は」

「国道に設置されているのみです。農道や牧場内を走行されたら、チェックしようがありません」

「道北地域で不審な建築物がないか調査しろ」

「しかし、あまりに範囲が広すぎます」

 困惑気味にうろたえた声をだした角田に、藤岡が氷点下の氷柱のような鋭い視線を向ける。

「何年この仕事をしているんだ。SNS、ブログ、ニュース、コメント、過去二年間のネット上に掲載された情報をAIに精査させろ。その上でお前たちが検証すれば、大して時間はかからない」

 棒のように体を硬直させた角田は、一瞬体を震わせながら「はいっ」と叫んで自分の席へ戻っていった。

 藤岡は腕を組みながら、爬虫類のような感情の読み取れない目で竹井を見た。

「奴らは小野以外の三人を殺害する可能性が高い。今後の影響を精査しろ」

「承知しました」

「それともう一つ、我々も小野に細工をしておけ」

 竹井が静かに頷き、司令室から出て行った。


 西新宿にある地上五十階のタワーマンションの一室。フロアに家具の類いは一切なく、板張りの床が照明の柔らかな光で艶を放っているだけだ。パノラマウインドウの向こうには、夜の帳が下りた東京のきらびやかな夜景が広がっている。

 部屋の中央には、結跏趺坐の梨奈がいた。肌は透明だ。目を閉じ、ゆったりとしたリズムで腹式呼吸をしている。背筋を伸ばした姿は生物というより、観音菩薩像のような神々しい佇まいだ。

 不意に目を開いたかと思うとスッと立ち上がり、右足をぴんと天上に突き立てる。一瞬フリーズした後、崩れるようにターンし、部屋いっぱいを使って円を描きながら走り出した。

 側転し、ターンし、両足を広げながらジャンプした。床に転がり左右に腕を伸ばしてフリーズする。立ち上がり、軟体動物のように胴体をくねらせ、腕を振り、足を振り上げる。

 全身から汗が滲み、腕を振るたび汗が飛び散った。無表情だった梨奈の目が、喜びでキラキラと輝き始める。

「第二部 破壊」終了しました。

次回より「第三部 闘争」が始まります。

ラストに向けてますます盛り上げていきますので、引き続きご購読のほど、よろしくお願いいたします。


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