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第二部 破壊 31

 作業服の男が一人こちらへ飛び乗り、もう一人の男が投げてよこしたロープを手慣れた様子で結わえた。男がキャビンの中へ入っていく。

「こいつ、サツじゃねえのか」

 貴斗が訝しげな目で見ていた。

「警官は仮の姿だ。本当はさっき話した藤岡の配下だ」

「早くしろ、もうすぐ海保がくる。その前にここから離脱しなければならないんだ」

 窓に寄りかかりながら、苦しげに叫ぶ。

「行こう。死体と一緒に海保に救助されるよりはいいだろう。こんな状況を見られたら、間違いなく犯人扱いされる」

「それしか方法がないだろうな」

 貴斗は竹井を睨めつけながらも、クルーザーへ飛び乗った。伸也も続いた。

 キャビンの中に入っていた男が出てきた。二人が乗り移っているのを確認すると、ロープをほどき、竹井のクルーザーへ飛び移った。死体を乗せたクルーザーが離れ始めていく。

「船内には三人の死体がありました。二人は射殺されていました。もう一人も発砲された形跡はありましたが、死因は不明です」

 作業服姿の男は動揺も見せず、淡々と事実を竹井に報告した。

「画像は収めてあるな」

「はい」

「船を沈めろ」

「承知しました」

 男がキャビンへ入り、再び出てきた。手に緑色をした筒状の物を持っている。

「おい……。それってバズーカじゃねえのか」

「正確にはAT4無反動砲だ。驚くことはない。世界中で使用されているありふれた兵器だ」

「いやいや、日本でこんな兵器がある自体驚きだから」

 作業服の男がトランシーバーを取り出し、もう少し離れろと怒鳴る。

 クルーザーのエンジン音が高なり、死体の乗ったクルーザーから離れていく。

「両耳を指で塞げ」

 言われたとおり、両耳身に人差し指を突っ込んだ。男は片膝立ちになり、手慣れた様子でピンを外し、レバーを引いてAT4を肩に担いだ。

 頭を殴られるようなすさまじい発砲音が響いた。ほぼ同時にクルーザーの中央が爆発した。クルーザーは真っ二つに割れ、沈み始める。男は砲口から煙が出ている無反動砲を海に投げ捨てた。

「イパーブもスイッチを切ったし、ソナーを広範囲にかけない限り、沈んだ船の位置はわからない」

「しかし、どうして海保より先に俺たちを見つけられたんだ?」

「立川拘置所から逃走したバイクを追ったら、東京港のマリーナに入っていく映像が確認できた。そこからグロウに関連がありそうな人物が所有する船をピックアップして、お前たちが乗っていた船を割り出した。船がマリーナから出船した一時間後、館山沖で警戒に当たっていた海保の巡視船が同型の船をレーダーで捉えている。我々はその船にお前が乗り、東北方面へ逃走したと考えた。そんな中、仙台湾を航行中にイパーブの信号をキャッチして、いち早くお前たちのいる船にたどり着けたんだ」

「これからどこへ行くんだ」

「仙台港へ上陸した後、ヘリに乗って裏霞へ戻る」

 竹井は腹の底から振り絞るような声を出して、その場にへたり込んだ。

「どうかしたのか? やけに青い顔をしてるな。もしかして、船酔いか」

 竹井がうつろな目で頷く。「これまでいくつも危機を乗り越えてきたが、船酔いだけは敵わん」

 竹井が指揮するすクルーザーは、仙台港にあるマリーナのバースへ着岸した。上陸した三人はタクシーに乗って、市内にあるビルの屋上に設置されたヘリポートへ行った。すでに長野で伸也たちを拉致したのと同じグレイのヘリコプターが着陸していた。

「これに乗ってくれ」

 上陸と同時にみるみると血色を取り戻した竹井に促され、ヘリコプターへ乗り込んだ。ヘリはローターを回転させながら上昇し、西へ向かって進んだ。一時間後、霞ヶ関の上空に達し、ビルへ降り立ち、三人はエレベーターで地下駐車場に出た。

「これから裏霞へ行くが――」

 竹井がそういったとき、隣にいた貴斗の「うっ……」という呻き声が聞こえた。横を見ると、貴斗が目を見開きながら、その場に崩れ落ちようとしていた。

 いつの間にか、貴斗の背後に二人の男がいた。男たちは倒れようとする貴斗を抱き留めた。

「お前ら、貴斗に何をしたんだ」

「彼はまだシステムに未登録だ」竹井は憤りを見せる伸也に対して、冷静な表情を見せていた。「よって規則により、意識を失った状態で裏霞へ入らなければならない」

「そういえば、俺の時もそうだったな」

 男の一人が運んできた担架に二人で貴斗を乗せた。男の一人は腕にバンドを巻き、もう一人は金属探知機のような物を体にかざした。貴斗の体は少しまだら模様の色が入った透明状態で、目を閉じたままだった。

「脈拍、血圧、体温異常なし」

「発信器等の信号は確認できません」

 男たちの報告に竹井は頷き、物置用の部屋へ入った。奥にドアがあり、竹井が顔認証で開くとエレベーターがあった。貴斗と男二人が先に入った。

「ここからしばらく彼とは別行動だ」一緒に入ろうとした伸也を竹井が引き留めた。「身体検査が終了した後、合流する」

 エレベーターは地階に下り、再び上昇して開いた。伸也と竹井が乗り込み、下降した。ドアが開き、誰もいない廊下をしばらく歩いた。「1136」と表示されている部屋の前に立ち、顔認証でドアを開けた。最初に目に入ったのは、オレンジジュースをうまそうに飲んでいる北村の姿だった。

「伸也、どこへ行ってたのよ」

 涙目の麻衣子が抱きついてきた。ぬくもりと柔らかな匂いが緊張していた心をほぐしていく。

「貴斗をグロウから奪い取ってきたんだ」

「大丈夫? 危ない目に遭ってない?」

「ああ。大丈夫だよ」

 グロウの男に発砲されたのは黙っていようと思う。

「ちょっと、そんなとこでベタベタするのやめてくんない? 目障りでしょうがないわ」

 奈緒が腕を組み、貧乏揺すりをしながら横を向きながらつぶやく。「あたし師はタバコが吸えなくていらついてんだから」

「なによあんた。伸也は絶対渡さないからね」

 へっと奈緒は鼻で笑う。「あんたがあんまり心配そうにしてたから、ちょっとからかっただけ。ま、確かにいい男だし、付き合ってもいいけどね」

「何よそれ」

「ああっ、麻衣子さんやめてください。奈緒さんもあんまり挑発しないで」

 麻衣子が奈緒に向かおうとしたところを、北村が慌てて間に入った。

「おいおい、何があったんだ」

 唖然としながら奈緒に向かおうとする麻衣子の腕を取った。

「わたくしから説明させていただきます。奈緒さんですが、現在アバズレ系の人格が表出しているところでありまして、宮本先生の行方を心配して涙していた麻衣子さんに絡んできたのであります。曰く、宮本先生を奪ってやるとのことです」

「あたしさあ、ああいう風にめそめそしてる女を見ると、つい馬鹿にしたくなっちゃうのよねえ」

「何よっ」

「ちょっと待ててって」

 伸也は麻衣子を奈緒から引き離して座らせた。

「彼女は病気なんだから、本気にするんじゃないよ」

「わかってるけどさ、伸也がいなくなって心配しているときにあんなことを言われたから、腹が立っちゃって」

「わかるよ」

 麻衣子が寄り添ってきたので、両手で抱きしめた。奈緒を見ると、北村の横に座って何か話していた。

 少しすると奈緒が立ち上がり、伸也たちに近づいて来た。さっきとは違って、憑き物が落ちたように、落ち着いた表情をしている。

「さっきはヒロが迷惑をおかけして申し訳ありません」

 奈緒は麻衣子に向かって頭を下げた。

「ヒロって、誰?」

「先ほどまで表に出ていた私の別人格です。あの子は周りの大人に対するストレスを発散させるために現れた人格なんです。だから誰に対してもあんな風に毒を吐く傾向があります」

「ていうか、あんたは誰?」

「失礼しました。私はシュウイチという人格です。現在奈緒には九人の人格が存在しており、その中の一人です。自分で言うのも何ですが、彼女及び彼らの中ではもっとも理知的な人格だと自負しております。

 奈緒の母親は奔放でして、二回結婚と離婚を繰り返しています。それ以外にも付き合っていた男性が何人もおりました。そのうち、二回目に結婚した継父から、レイプを受けていたようです。「ようです」と言ったのは、私も当時の記憶から切り離されているからです。だからこそ、こんなに冷静に語ることができるのでしょう」

 麻衣子のこわばっていた体から、力が抜けてくるのを感じた。

「事情はわかったわ」

「ありがとうございます。今後もヒロの人格が出てくることもあるかもしれませんが、ご容赦ください」

 奈緒は再び頭を下げて別のソファへ戻った。麻衣子はほっと息を吐く。

「彼女も大変な目に遭ってきたのねえ。あたしも身につまされるわ」

 麻衣子はしみじみつぶやいた。彼女が母親の同棲相手から、散々殴る蹴るの暴行を受けていたのを思い出す。

「ねえ、コーヒー飲む?」

「ああ」

 麻衣子が立ち上がったときだった。唐突に警報音が鳴り響いた。

――緊急事態発生、全員退避。繰り返す、緊急事態発生、全員退避――

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