第二部 破壊 30
伸也も踊り始めた。足を交差させ、跳ねるようにステップを踏む。
男が腕をムチのようにしならせながら水平にスイングし始める。
腕の動きが、波動となって伸也に襲いかかる。
腕の動きは充分切れがあるように見えたが、波動は上下に分散していた。ぶれていると思いながら、ステップで蹴散らした。
伸也は肘を固定して両手を回転させた。この技では決して強い波動は出ないが、体全体に働きかけ、相手の動きを封じる効果がある。
男のステップの動きが鈍り始めた。伸也はターンを決めて、向き直ったところで右腕を突き出し、渾身の力を込めてロックした。
強い波動が男の中心に向かう。ステップで防御したかと思ったが、圧倒されてソファに衝突した。頭がガクンと大きくのけぞり、首が露わになる。伸也はリズムに乗りながら、左手を突き出す。
「ぐえぇっ」
絞り出すような声を上げ、左目がカッと見開かれた。
男の動きが止まってソファからずり落ち、血だまりの中に倒れた。
伸也はほっと息を吐いた。
「おい……どうなってんだよ」
貴斗はキャビンの隅で棒立ちになりながら、呆然とした目で伸也を見ていた。船体が揺れ、バランスを崩して、倒れ込むようにソファへ座った。目の前に横たわっている手錠を嵌めた男の死体を気味悪そうに見ていた。
「なんでこいつらは殺されたんだ。高藤って誰だ」
「ミスをしたからからだ。グロウも同じだろ」
「それにしたって仲間が三人しかいないのに、二人殺せば戦力が減るだろ。後で殺すにしても、今は味方にした方がよかったんじゃないのか」
「あいつはショットガンでは俺が殺せないのがわかってたし、男を操作した戦いでは不利なのはわかっていた。だから捕虜になってあれこれ喋られる前に、口封じで殺したのさ」
伸也はコンソールへ行き、スイッチをいくつか試して音楽を止めた。
「あいつって、お前が高藤梨奈とか言ってた奴か」
「そうだ。荒川さんの娘だ」
「荒川さんて……あの荒川か?」
「そうだ」
「荒川さんの娘が男を操作して二人を射殺して、お前とダンスで戦ったってのか。なんだかますますわからなくなってきたぞ」
「みぃやぁもぉとぉぉ」
嗄れた声で男がつぶやき始めた。
「なんだ、まだ生きていたのか」
「甘ぃなぁぁ。おぉ前ぇはぁこぉいぃつぅをぉ殺ぉせぇたぁはぁずぅだぁ」
「無駄に殺す必要はないだろ」
「違ぅぅ。おぉ前ぇはぁ殺ぉせぇなぁかぁっったぁんだぁ」
「俺は人殺しをするためにダンスしているじゃない」
男は喉を気管支炎のように、ゼイゼイと喘鳴させるようにして笑った。
「荒川ぁはぁ、どぉしぃてぇごぉすぅとぉーだぁんすぅをぉ始ぃめぇたぁんだぁ」
「お前たちと対抗するためだと聞いている」
「すぅなわぁちぃそぉれぇはぁ、あぁたぁしぃたちぃと殺しぃ合いをぉすぅるぅとぉいうぅこぉとぉだぁ」
「違う」
そう言いながらも、伸也は自分の顔がこわばるのを感じていた。
男は再びゼイゼイと息をしながら笑う。
「荒川はぁそぉのぉつぅもぉぉりぃでぇダァンスゥを広ぉめぇたぁはぁずぅだぁ。お前ぇもぉわぁかっってぇいぃるうぅはぁずうだぁ」
男はびくりと一瞬痙攣した直後、大量の血を吐いて動かなくなった。色を取り戻し、血の気のない肌が広がっていく。目は瞳孔が開ききり、中を睨んだまま動かなかった。
「死んじまったよ」
貴斗は死体から窓の外へ目を向け、波打つ海面と、その向こうに広がる水平線を見た。
「陸は見えねえな。お前、船を運転できるか?」
「できるわけないだろ」
「じゃあ俺たち、この死体と一緒に海を漂わなけりゃならないってことか。台風でも来たら終わりだな」
「誰か携帯電話を持っているんじゃないか?」
伸也は死んだ男たちのポケットに手を突っ込んで、所持品をソファに広げた。その中に携帯電話はあったが、すべてロック状態だった。
「無線は」
キャプテンシートに座り、計器をいじってみたが、使い方がわからない。
「おおい、ここにアンテナみたいなのがあったぞ」
外に出ていた貴斗がアンテナのついたオレンジ色の物を持ってきた。スイッチを入れるとLEDライトが点滅し始めた。
「こんなのでいいのか」
「わからん。取りあえず外へ出よう。死体と一緒にいたくない」
伸也と貴斗はデッキに出た。強い日差しが頭上から降り注ぎ、強い潮の香りを含んだ湿った風が吹き付けている。
「伸也、俺がブタ箱にいる間、何が起こっていたんだ」
伸也は拘置所から出て、これまでに起きたことを話した。
「あの男が、ダンスは殺し合いの道具みたいなことを言っていたのは、そういう意味なのか」
「この世界ではリズムに乗って体を動かしているだけだが、高次元世界ではある種の拳法として機能しているんだ」
「じゃあ俺もダンスで戦いができるのかな」
「さあな。人によってらしい。麻衣子は全くできなかった」
貴斗はデッキ上で結跏趺坐勢になり、目を閉じた。まだら模様だった肌の色が完全な透明になっていく。
「あっ……」
鳩尾の奥の方で何かが触れてくるような感覚を覚えた。貴斗が目を開ける。
「伊豆でも似たようなことがあったな」
「そうだ。あの感覚を応用してダンスをするんだ」
「こういうことか?」
貴斗は立ち上がって、軽くステップを踏み始める。ざわざわと鳩尾の奥が揺れた。
動きが激しくなっていくと、あわせて揺らぎも激しくなる。
「ちょっと待てよ」
たまらず伸也もステップを踏み出した。波動は中和されたが、次に貴斗は腕を振り始める。
「こいつはおもしれえな」
波間から、強い波動が繰り出され、ステップで躱す。
さすがだなと思う。伸也が荒川に一週間かけて教わったことを、誰にも教えてもらうことなく、いきなりできてしまった。十代の頃、天才と言われたセンスは健在だった。
貴斗がデッキに手を着き、足を振り回すように回転させる。
トーマスフレアだ。
「うっ……」
強い圧が襲い、伸也のステップが乱れる。
どうにか踏みとどまりながらターンを決めた。ロッキングで渾身の力を込めて伸也を指差す。
「うわっ」
貴斗がはじかれ、船尾にたたきつけられた。
勢いは止まらず、大きくのけぞりながら海に落ちようとした。
「おいっ」
伸也が駆け寄って腕を掴み、足を踏ん張って引っ張った。貴斗が覆い被さるように船内へ戻った。
「俺を海に落とす気かよ」
「お前があんなアクロバットな技を出すからだよ」
「ビビったか」
「まあな」
貴斗は満足そうな笑みを浮かべた。「俺の腕もまだ鈍ってねえな」
「ああ」
そう言ったものの、貴斗のトーマスフレアは回転軸がわずかにぶれていた。アマチュアなら賞賛されるレベルだが、荒川が見たら罵倒されるだろう。伸也がロッキングできたのも、貴斗の波動にムラがあったからだ。伸也が逆の立場だったら、貴斗を圧倒できる自身があった。
太陽は相変わらず頭上から強い日差しを降り注ぎ続けていた。頭がクラクラしてきたので、庇のある場所へ移動して座り直した。相変わらず波は船を左右にローリングさせていたが、ゆったりとした動きで、穏やかな気持ちにさせた。
自宅マンションから北村に連れ去られてから、どれくらい時間が経過したのだろうか。太陽の高さから見て、一日以上は確実に経過しているのだろう。その間、食事もしていないのに気づくと、急に空腹を覚え、体の力が入らなくなってきた。キャビンに冷蔵庫らしき物があったのを思いだしたが、血だまりの床と三人の死体を思い出し、たちまち食欲が失せた。
「グロウはあんなことをして何をしたいんだ。日本を征服でもしようってのか」
「さすがにそんな組織力はないだろう。爆破テロを起こしたのは社会を混乱させるためだ」
「だったら俺は何で拉致されたんだ? お前はあの部屋を吹き飛ばされたんだろ。明らかにお前を殺す意図があったんだ。俺がいる拘置所も爆破されたが、牢屋を壊すまで大きくなかったし、その後俺はこうして拉致された」
「俺に聞かれてもわかるわけないだろ」
「玄はなんて言ってんだ。あいつは俺を助けるためにお前をここに連れてきたんだろ」
「俺は何にも教えてられないよ。そもそも、ここへ俺を連れてきたのは神なのか?」
「瞬間移動されられるような存在が、神以外になんて呼べばいいんだ」
「俺には神ではなく、玄と言っていた」
「玄って何だよ」
「老子によると、道から生じた原初の存在だそうだ」
「老子だとか道だとか言われたって、正直俺にはわかんないよ。そもそもお前がそんなことを言うのが驚きだ」
「まあな。俺も自分が老子について語っているなんて、一年前には思わなかったよ」
「おい、あれを見ろよ」
貴斗が指差した先に、一隻のクルーザーがあった。クルーザーはしぶきを上げながら、こちらへ向かって近づいてくる。程なくクルーザーは伸也たちの乗っているクルーザーに横付けした。
キャビンから三人の男が出てきた。二人は青い作業服で、一人はグレイのスーツ姿の竹井だ。ふらついた足取りでデッキに出てくると、蒼白でひどく不機嫌そうな顔をして伸也を見た。
「二人とも、この船に乗り移れ」
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