第二部 破壊 29
「藤岡課長、宮本が消えましたっ」
竹井の叫びに藤岡はモニターを切り替えた。四分割してすべての監視カメラの映像を表示させたがそこに伸也の姿はなかった。一応トイレも確認したが、誰もいない。
「施設内の全エレベータを停止して、施設内を検査しろ」
――ねえ、伸也はどこへ行っちゃったのよ――
麻衣子が焦り顔を浮かべながら、北村のシャツの襟を掴んで詰め寄っている。
――いやいや、わたくしに聞かれましても困ります。きっと神様の仕業ですから――
――だったら神様に聞いてちょうだいよ――
「宮本が消える直前の映像を再生しろ」
正面の大型モニターが、爆破された市街地のから映像が切り替わり、ソファに座って目を閉じている伸也の姿が映し出された。
肌が透明に変わり、通常よりも更に薄くなっていく。隣にいた麻衣子が異変に気づき、伸也の肩を揺すった。しかし透明化は止まらず、服までも透明になり、麻衣子の手が体を突き抜けてしまった。まもなく伸也は完全に姿を消してした。
「緊急時各省庁予備施設内での生体反応精査完了。宮本固有の脳波は確認できません」
「宮本が消息不明になる前十分前から、エレベーターは動いていません」
「北村のアパートで起きた現象と同様の事案だろう。玄も面倒なことをする」
藤岡は苦虫をかみつぶしたような顔でつぶやいた。
「前回と同じパターンなら、玄は事件のど真ん中へ宮本を投入しているはずだ。皆川、小野貴斗の消息はまだ掴めないのか」
「はい、残念ながら」
「これより竹井を除く警護一課全員は小野貴斗の捜索に当たれ。宮本もその周辺にいる可能性が高い。
竹井、荒川たちと協議しなければならない。一緒に来い」
「承知しました」
藤岡は立ち上がり、足早に廊下へ出た。
薄暗い場所にいるのに気づいた。カーペットの柔らかな毛先が、頬をくすぐっていた。両手をついて、体を起こす。巨大なベッドが目に入った。間接照明を使った柔らかな光が室内を照らしていた。茶色とベージュで統一したインテリアで、シンプルだが、素人目にも高級な素材を使っていることがわかる。まるで高級ホテルだが、ひどく天井が低かった。しかもなぜか床が揺れている。
「お前……伸也か」
聞き慣れた声が聞こえたので、ベッドの向こう側を見ると、半分だけ覗いている顔があった。ふらつく足取りで回り込み、床に転がっている貴斗を発見した。手錠で後ろ手に拘束された上、両足も手錠を嵌められている。伸也を見て、にたりと笑みを浮かべる。「久しぶりだな」
「お前、どうしてそんな格好なんだ」
「拘置所が爆破さたところをグロウに拉致されたのさ。お前はまた玄とかいう奴に連れてこられたって訳か。ご苦労なことだな」
「ここは一体どこなんだ」
「海の上さ。俺たちはクルーザーに乗っているんだよ。カーテンを開けてみろ」
高さが一メートルもない横長のカーテンを引き開けると、デッキとその向こうに海原が広がっている光景が目に入った。
「この船、どこへ向かっているんだ?」
「さあな、上に行って聞いてみたらいい。殺されるかもしれないけどな」
へへへと薄っぺらい笑い声を上げた。
「上には何人いるんだ」
「俺が見た限りじゃあ三人だが、出発前にここへ連れ込まれたからな。その後に、誰か乗り込んでいるかもしれない」
「トイレに行きたいときはどうするんだ」
「呼び出し用のベルがある」
貴斗はうつ伏せになり、手に持ったボタンを見せた。
伸也は肌の色を消して、透明になった。
「おい、何をする気だよ」
「俺がいいと言ったら、ボタンを押せ。隠れて来た奴が透明症か確認する。この暗さだったら、意識しない限り透明になった人間を見つけるのは難しい」
「で、透明症だったらどうするんだ」
「倒す」
「へへへ」貴斗が声を上げて笑う。「勇ましいな。でもな、奴らはお前と違って喧嘩慣れしている。お前が素手で立ち向かっても、倒されるのはお前の方だぞ」
「大丈夫、俺には武器がある」
「ま、どっちにしてもお前が見つかるのは時間の問題だからな。船から落とされたら、サメの餌になる前に玄に助けてもらえ」
伸也はドアから死角になるベッドサイドへ移動し、しゃがみ込んだ。透明になった顔を覗かせる。
「ボタンを押せ」
「はいよ」
一分ほどすると、ガチャリと解錠する音が聞こえ、ドアが開いた。
「どうした」
短パンとTシャツ姿の男が二人入ってきた。いずれも肌は透明だった。
「ションベンさせてくれ、漏らしちまうよ」
「ちょっと待ってろ」
男の一人はショットガンを持っていた。銃口を貴斗に向ける。
「妙な動きをしたら撃つ」
「わかってるよ」
もう一人の男がしゃがみ込んで鍵を出し、貴斗の手錠を外し始めた。二人とも、伸也の存在には気づいていない様子だった。
伸也はいったん顔を引っ込め、結跏趺坐になって目を閉じた。鳩尾の奥から光が湧き出てくるイメージを思い描く。光は泉のように沸々と湧き起こり、全身へ浸透していった。
伸也は目を開き、立ち上がった。その様子があまりに自然で、男たちは一瞬何が起こったのかわからないかのように、ぽかんと口を開けて伸也を見ていた。
三人がかすんで見え始め、それぞれ体の中央に渦を巻きながら、止めどなく輝きを放つものが現れ始める。銃を持っている左の男の輝きが赤みを帯びてくる。それは強烈な殺意だ。銃口を自分に向けてくる。
撃ってくる。
そう思った瞬間、体にリズムが躍動し始め、体が勝手ステップを踏み始めた。腰をツイストさせながら、腕を振り上げる。体の場が揺れ始めるのを意識しながら、赤く輝いている男に波動をぶつけた。
男がのけぞり、銃口が上を向く。バンと弾ける音が響き男が倒れた。
呆気にとられて銃の男を見ていた隣の男が、伸也を睨み、ベッドに足をかけて向かってこようとした。
伸也はダンスを止めず、両腕をムチのように振り回す。
向かってくる男の輝きが、ぐにゃりとゆがんだ。
「うぉっ」
叫びながら、男の体が吹き飛んだ。
呆然とした表情で立ち上がろうとした男から、貴斗がショットガンを掴んだ。あっさりと男はショットガンから手を離す。貴斗は銃身を持ち、銃床で男を横殴りした。もう一人の男も立ち上がったところを銃床で殴り倒す。
「人を散々ぞんざいに扱いやがってよ」
吐き捨てるようにつぶやく。
「貴斗、二人にお前がしていた手錠をかけろ」
「わかってるって」
ダンスを続ける伸也を不気味そうに見ながら、貴斗に言われて手を後ろに差し出し、素直に手錠を嵌められた。
「ところでお前、何でダンスでこいつらを倒せたんだ?」
「話せば長くなる。取りあえずこの船を俺たちの支配下に置かないと。お前、ショットガンは使えるか?」
「知らねえよ。おい、お前ら、この銃の撃ち方教えてくれよ」
「教える分けねえだろ」
手錠を嵌められた男は貴斗を睨めつけた。
「映画とか見てると、撃つ前にここを引っ張ってるよな」
貴斗はフォアエンドを引っ張ると、空薬莢が排出された。
「おい、引き金を引くなよっ。もう撃てる状態だからな」
「へへへ、正解か」貴斗は銃口を男たちに向けた。「この船にはあと何人乗っているんだ」
「操船している男が一人いる」
「本当だな」
貴斗は銃口を男の頬に押しつけた。男から、脂汗がにじみ出てくる。「間違いない」
「これからどこへ行くんだ」
「北海道の小樽だ」
「小樽に着いた後はどこへ行くんだ」
「俺たちは小樽で別の人間にお前を引き渡して終わりだ。後は知らん」
「使えねえ奴らだな。まあいい、お前らが先に外へ出ろ」
「ちょと待て、お前、ずっとどこかに隠れていたのか?」男の一人が伸也に尋ねた。
「いや、それはあり得ねえ」もう一人が即座に否定する。「出航する前にすべての部屋は確認した」
「だが、現にこいつがいるんだぞ」
「玄に飛ばされてきたんだよ」
「は?」
狐につままれたような表情の二人を、貴斗が銃口で小突いた。「早く行けよ」
階段を上り、メインキャビンへ出た。焦げ茶色をした板張りのフローリングとクリーム色の革張りソファが並ぶ光景が目に入ってきた。テーブルやカウンターは深い光沢を放つ木で、豪華な印象だ。前方のコクピットには透明な男が一人座っている。
「おい、銃声が響いたが、何があったんだ」
振り向き、手錠を嵌めた男たちがいたのを見て、男の顔がこわばる。更に伸也が現れ、驚愕して口をあんぐりと開けた。
「お前……誰だ」
立ち上がりかけた男に貴斗がショットガンを向け「動くな」と牽制した。
「今、船はどこを走っているんだ」
「牡鹿半島沖だが」
「一番近い港は」
「仙台港だ」
「だったら仙台港へ向かえ。そこで警察に連絡する」
「わかった」
キャプテンシートに座った男は計器を操作し始めた時、突然キャビンに四つ打ちの打ち込みドラム音が鳴り始めた。
「おい……。どういうつもりだ」
キャプテンシートの男も困惑した表情で伸也を見る。「俺もよくわからないよ」
「寝ぼけてんじゃねえ、お前しか音楽を流せないだろ」
声を荒らげながら貴斗が銃口を男に向け、男が恐怖で顔をゆがめる。
「いや……マジなんだ。手が勝手に動いてさ」
キックが効いたドラムにベースがかぶり、シンセサイザーがメロディーを奏で始める。ダンスミュージックがキャビンを満たした。
男は額に粘ついた脂汗を滲ませながら、怯えた表情で、コンソールのレバーを動かし始めた。エンジン音が緩み始め、明らかに船のスピードが落ち始める。
「おい、勝手なまねをするんじゃねえよ」
「本当なんだよお。俺の意志じゃないんだ」
頭に当たりそうになるほど銃口を近づけた貴斗に、男は震える声で返した。視線は貴斗から離れないのに、第三の目があるように、手は的確にスイッチやレバーを動かしている。
「本当に撃つぞ」
銃身がわずかに震えている。貴斗の目が冷たい光を帯び始め、肩に力が入るのがわかる。
本当に撃つ。伸也が感じた瞬間、男の手が動き、銃身を掴んだ。同時に発砲音が響く。
男が悲鳴を上げ、背後にあるガラスが粉々になった。
男の耳がえぐられるように吹き飛んだ。傷口はそこだけ色を戻し、乳白色の骨とピンクの肉がむき出しになり、宙に浮いているように見えた。たちまち血が溢れだし、右目や肩を鮮やかな赤で塗らし始める。それでも銃を持った手は離そうとしない。
「離せよっ」
叫びながらも、貴斗は明らかに自分の行為に動揺していた。完全に腰が引けて、銃を取られそうだ。中腰になって、銃を奪おうとする男に、伸也が腹へ蹴りを入れた。
「うおっ」
男がシートに倒れ込む。貴斗もつられて前のめりに倒れた。
貴斗の手が離れた。
「馬鹿野郎」
伸也は銃を奪い取ろうと男に向かおうとしたが、固まり、後ずさりした。男は手慣れた動きでフォアエンドを引き、空薬莢が排出された。
「お前、痛くねえのかよ」
男の頭からは、大量の血が流れていた。すでに男が座るシートには血が溢れ、床に流れている。左目はうつろに伸也を見ていた。貴斗は男から離れ、後ずさりした。
「小林、こいつらに俺らの手錠を外すよう言ってくれ」
キャビンの奥にいた手錠をかけられた男たちが、ニヤけ顔で伸也たちを押しのける様に進み出た。
銃声が響き、手錠の男が吹き飛んだ。男は喉元から血を吹き出し、仰向けに倒れた。目をカッと見開き、口から赤い泡を吹き出しながら体を痙攣させている。
「おいっ、何やってんだよ」
もう一人の男は裏返った声で叫びながら後ずさりしたが、足をもつれさせて倒れた。銃を持った男はフォアエンドを引く。飛び出した空薬莢が、自分の血で濡れた床に落ちる。
男に狙いを定め、引き金を引いた。
乾いた発砲音と共に、男の顔が破裂し、肉片が飛び散る。一瞬で目鼻口も判別できない血まみれの顔に変化していた。
「ミィスゥをしぃたぁ奴ぅにぃ用ぅはぁなぁいぃ」
スローに音声を再生したような、妙に間延びした声だった。
銃口が伸也へ向く。
男の中心で、渦を巻きながら輝きが見えた。暗い紫色で、光の渦もムラがあり、不安定な動きだ。伸也はリズムに乗り、渦を切るように水平に腕を振った。
男がのけぞりながら発砲する。天井に散弾がめり込んだ。
男の肌はすでに透明だった。血は体から出た直後に真っ赤に色を戻し、男のTシャツを赤く染めている。
「使ぅかぁえぇねぇえぇぇ」
男はうつろな左目を伸也に向けたまま、ショットガンを割れた窓の外へ放り投げた。銃は窓枠をすり抜け、デッキの向こうへ消えていった。
血と硝煙、窓から吹き込んでくる潮の香りを含んだ風が混じり合い、むせかえるような空気がキャビンに立ちこめていた。
「お前……誰だ」
男が口の右端をいびつに曲げて笑った。
「わぁかぁらぁいかあぁぁ」
紫の輝きが更に暗くなっていく。その隙間から、黄色の輝きが混ざり始めた。どこかで見たことがあると思う。
「高藤梨奈か」
男は唐突にステップを踏み始めた。シャッフル系の高速ステップだ。腕の振りも切れがある。ただ、首から上だけは力が入らないのかグラグラと踊りに合わせて揺れている。揺れるたびに吹き出した血が周囲に飛び散る。
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