第二部 破壊 24
裏霞では定時会議が開かれていた。藤岡の挨拶の後、張り詰めた空気の中、各担当者が調査の進捗状況を説明し始めた。
「荒川梨奈が服を拝借した家の家族についての調査が終了しました。家族構成は十六歳と十二歳の姉妹とその両親、祖母の五人家族であります。姉妹の身長は姉が百五十五センチ、体重五十八キロ。妹が百四十二センチ、四十八キロであります。荒川梨奈が着ていた服ですと、身長は姉と合いますが、ウエストがかなりきつくなる可能性があります。思春期の女性ですから、きつい服を無理矢理着ているという可能性もありますが。家に盗聴機を仕掛けましたが、服がなくなっていといった会話は確認できませんでした」
「他の家に該当する女性はいないのか」
「集落全体を調べましたが、十代の女性が住んでいる家はここのみです」
藤岡は腕を組み、彫像のようなかたい表情で「次」とつぶやいた。
「服について、新しい情報が入りました」モバイルパソコンを操作していた男が手を上げた。「荒川梨奈とよく似た特徴の女性が木更津駅の防犯カメラに映っていました。彼女が現れる前日の映像です」
「木更津だろ、長野からどれだけ距離があると思っているんだ」
馬鹿にしたように発言した男に、藤岡は鋭い視線を向け「黙れ」とつぶやく。男は一瞬目を震わせ「申し訳ありませんと」小声でつぶやき、机に目を落とした。
「現在われわれが直面しているのは未知の事態だ。あらゆる可能性を考慮しなければならない。画像を映し出せ」
会議室が暗くなり、プロジェクターが始動した。正面の画像に人の行き交う駅の構内が映し出される。
「ここです」
画像が止まり、ベージュのコートを着た女性が拡大されていく。コートのボタンは止められていたが、襟の中から赤いシャツが、足下からブルージーンズが確認できた。横顔なのではっきりと確認できなかったが、ショートボブの髪型は発見時の梨奈と同一だ。スニーカーも発見時と同じで黒い。
「AIによりますと、画像の女性が荒川梨奈である確率は八十五パーセントとのことです」
「木更津駅周辺からこの服装で荒川梨奈と同じ容姿の人物を特定させろ」
「すでに指示しております」
「ここでは埒が明かない、司令室へ戻るぞ」
藤岡は会議室を出て、小走りで司令室へ行き、壁全面に映し出された無数の画像に目をこらした。いくつもの候補がAIにより削除され、五つの画像が残った。
「右下の画像を拡大してくれ」
それはショッピングセンターのトイレから出てくる映像だ。ベージュのコートを着た梨奈がはっきりと映し出されていた。
「時間を遡れるか」
「少々お待ちを」
画面が一瞬消えて、誰もいないトイレ前の画像が映し出される。
「十分前です。ここから早回ししていきます」
しばらく無人の映像だったところへ、紺ブレザーの制服を着た少女が入ってきた。
「画像を止めて拡大しろ」
少女の横顔が映し出される。梨奈だった。手には大きなポリ袋を持っていた。
「木更津市内でブレサーの制服を採用している高校と、その生徒に関連する犯罪について、調べろ」
程なくAIがネットニュースを検索した。木更津市内の高校に通う少女が行方不明となり、近くの山から全裸の絞殺死体で発見されたという内容だ。警察はわいせつ目的で少女を殺害したと見て、捜査を進めている。
「千葉県警のシステムに入って操作状況を閲覧できるか」
「はい」
モニターへ事件のリポートが写し出された。家族から捜索願が提出されたのは、梨奈が木更津に現れる前日の午後九時だった。遺体が発見されたのは二日後の朝だ。被害者の身長と体重は梨奈とほぼ同一だ。
「あの女子高生は、荒川梨奈が服を奪うためだけの理由で殺されたんでしょうか」
「そうとしか考えられんな」
呆気にとられた若手職員に、腕を組んだ藤岡が無表情で答える。
「古着屋で服を購入している荒川梨奈の防犯カメラ画像です」
「犯行現場方面から来たバスから降りる荒川梨奈の映像です」
「犯行現場近くを通る梨奈の防犯カメラ映像を入手しました」
次々と状況証拠が積み上がって行く中、藤岡は無機質な三角眼でモニターを見つめながら考えていた。あいつは何のために長野へ戻ってきたんだ。
「早田さん、まだ眠れないんですか」
「ええ……」
優衣は頬がこけ、黒ずんだ顔をがっくりと倒すようにして頷いた。相対している医師は猫背で明日になったら縮んでなくなりそうな雰囲気の優衣を、困った顔で見ていた。
「本当に寝不足の理由はないんですか。もしかしたら、誰かにいじめられているとか」
「そんなことはありません。みんなよくしてくれています」
「そう。弱りましたねえ。本当なら飲んでほしくありませんが、もう少し薬の量を増やしてみましょうか」
医師がタブレットに目を落とし、ペンで入力した。
「じゃあ、今日はこれでおしまいです」
「ありがとうございました」
定期検診が終わり、優衣は診察室を出た。寮へ行くため渡り廊下を歩いていると、ちょうど向かいから凉子がやってきた。彼女ははっとした顔をして立ち止まったが、再び歩きだした。硬い表情をして優衣と視線を合わせることなく、窓を見ながら通り過ぎていった。優衣も話しかけることはなかった。
三日前から優衣は美佳たちのグループから排除されていた。きっかけは些細なことだった。授業の休み時間、美佳が自分を無視したと騒ぎ始めたのだ。優衣は気づいていなかったのだが、美佳がシャープペンの芯がないか聞いてきたの何も返事をしなかったというのだ。
このところ、起きているときでも辻田が部屋に入ってくる夢を見始めていた。そうなると、現実の状況がわからなくなる。心の片隅で、どこかで何か騒いでいるなと思っていると、教師が自分の名前を呼んでいたことがあった。まずいなと思ってはみるが、突然現れる夢は優衣自身では止められなかった。
美佳から話しかけられたときも辻田の夢が現れたときだった。やがて自分を責め立てる生徒が現れ、嘲笑する美佳がいた。
はっとして現実に戻ったとき、目の前に自分を睨んでいる美佳がいた。ぼうっとしていたと謝れば話は済んだのかもしれない。しかし、優衣には夢と現実の区別が失われていた。
優衣は美佳を睨み付けた。
「何よその顔。あたしに貸す芯はないって言うのね」
美佳の荒らげた声に、優衣は初めて現実へ戻った。
「どうかしたの」
美佳のグループが集まって、優衣を取り囲んだ。
「シャープペンの芯を貸してっていったら、あたしを睨んで嫌だって言うのよ。子マジむかつくわ」
「そんなこと……言ってません」
「言ったわよ。みんなも聞いたでしょ」
怒る美佳の勢いに押されて、他の子たちも頷いた。
「そんな」
「そんなじゃないわよ。もう一緒に遊んでやらないからね」
冷たく言い放ったとき、始業のチャイムが鳴った。美佳たちは自分の席に着いたが、その日から徹底した無視が始まった。
自分の部屋へ行くとドアに「死ね」と書いた紙が貼ってあった。優衣は紙を剥がし、丸めると、自分の部屋へ入った。
すべては誤解なんですと謝れば、もしかしたら美佳も納得してくれるかもしれない。しかし、今の優衣には謝る気にはなれなかった。むしろほっとしている自分がいた。これまでは仲間はずれが怖くて、無理矢理彼女たちと合わせていたところがあったが、今は解放されている。あの子たちがいなくたって、あたしには龍君がいる。何にも怖い事なんてないんだ。
丸めた張り紙をゴミ箱へたたきつけるように投げ入れ、スエットパンツのポケットから、大事に手紙を取りだした。机に座り、高鳴る心臓を意識しながら封を切った。
優衣様
体調はどうですか。この頃顔色が悪いようで心配しています。妙な夢はまだ続いているんですね。
今日はちょっと残念なお話をしなければなりません。どうも美佳さんが僕たちのことを疑い始めているようなんだ。最近美佳さんが優衣ちゃんにつらく当たっていますね。あれはどうも美佳さんが僕たちのことを嫉妬しているかららしいんだ。
きっと美佳さんは僕たちのことを全力で邪魔するつもりなんだ。きっとあることないことをみんなに言いふらして、僕たちを退所に追い込むかもしれない。
お互い気をつけよう。
――退所、退所、退所――
頭の中でシュプレヒコールが響き渡る。便せんを読みながら、けたたましい笑い声を上げる美佳。
こめかみに錐を突き刺されたような鋭い痛みが走る。あまりの痛さに頭を抱え、机に突っ伏した。
しばらくして、どうにか痛みが弱まり始め、体を起こした。寝不足でただでさえ朦朧としていた思考が、痛みで更に混乱していた。
――退所、退所、退所――
小さい声だったが、確実にシュプレヒコールは響き続いていた。
怒りが、沸々とわいてくる。
龍君との仲を裂こうとする奴らは絶対許さない。
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