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第二部 破壊 21

「あの二人、本当に付き合ってたの?」

「でも、美佳のところにメールが来たんでしょ」

「まあそうなんだけど、ちょっと信じがたいのよねえ。だってあの子、徳山さんより吉岡さんの方が好きとか言ってたのよ」

「徳山さんのことだから、強引に口説いたって事もありなんじゃないの」

「そうなのかなあ」

「あたしはあの子が殺した方に焼きドーナッツ一個」

「なによそれ」

 綾乃が鼻をひくつかせなから言葉を返したのが面白くて、みんなケラケラと笑い声を上げた。優衣はチラリと離れた席にいる梨奈を見た。彼女は自分のことが話題になっているなど素知らぬ様子で、一人カレーをすすっている。

 今日のメニューはビーフカレーとサラダだ。何かと評判の悪い食堂のメニューの中では比較的評価の高い料理だ。そのせいか食堂内の子供たちはいつになくテンションが高い。しかし、梨奈のいる一角だけは誰も近づかないせいもあり、冷ややかな空間が存在していた。

「ねえ優衣、喉渇いていない?」

 優衣のコップにはまだ水が三分の一残っている。美佳のコップは空だ。

「……うん」

「じゃあ、ついでにあたしの水も入れてきてくれる?」

「わかったわ」

「あっ、あたしも」

「あたしも」

 次々と空のコップが優衣の前に置かれていく。優衣はトレイから食べかけのカレーを外して、空のコップを慎重に載せた。これは美佳、これは綾乃、これは凉子。誰がどのコップか覚えていないと。間違えたら、みんなから文句を言われてしまう。立ち上がり、騒がしい笑い声を背後で感じながらウォーターサーバーへ向かった。

 昔から優衣ちゃんはのんびり屋さんだねと言われていた。言い方はマイルドだか、要するに行動が遅いという意味なんだろう。そのせいかいつも人から馬鹿にされる気がしていた。健常者だったときからずっとそうだった。透明症を発症してから施設へ移ったが、そこでいじめっ子に目を付けられて、散々いじめられた。心配した良心が先生と話し合って、この施設へ転院させたのが二年前だった。

 それでも立場は変わらない。自分の性格がこんなだからしょうがないと思いつつも、ふがいなさは残った。しかし、そんな思いも心の底に押し込まなくてはと思う。あくまでもお人好しののんびり屋さんというキャラで通さなければ。ちょっとでも反抗的な態度を見せれば、あの手の人たちは敏感だから生意気だみたいな話になって、またいじめられる。

 全部のコップに水を汲んで、倒さないよう慎重に歩き出すと、右から視線を感じているのに気づいた。

 梨奈。

 目が合い、思わずバランスを崩しそうになった。

 どうしてあたしなんか見てるのよ。動揺を覚えながら席に戻った。どうにかテーブルにトレイを置き、ほっとしたのもつかの間、誰がどのコップだったのか完全に頭の中から吹き飛んでいるのに気づいた。どうしようかと思い、頭がパニックになっていると、美佳が勝手に手を伸ばし、適当にコップを取っていった。次々とコップがトレイからなくなり、一つだけ残った。みんな誰がどのコップだなんて気にしていなかったのか。ほっとしながらトレイに自分のカレーを戻し、食べ始めた。

 他の子たちが次々と食べ終わっていくが、優衣はまだサラダが手つかずで残っていた。元々食べるのが遅い上、野菜にかけてある甘いドレッシングが苦手で、いつも最後に残ってしまうのだ。それでも残して返却口へ持って行くのは作った人に申し訳ないと思い、頑張って食べた。

 ようやくレタスの一切れを飲み込むと、食器を返却口へ戻した。すでに一緒に食べていた子は食堂から出ていってしまった。ちらと食堂の隅へ目を向けると、梨奈が本を読んでいた。食器はすでに片付けた後らしく、机の上には何も残っていなかった。視線は本に向いたままで、さっきのように目が合うことはなかった。一体何だったんだろうと思ったが、面と向かって聞く勇気もなく、そのまま前を通り過ぎて食堂を出た。

「優衣さん」

 不意に声をかけられ振り向いた。いつの間にか、梨奈が冷たく澄んだ目をして優衣を見ていた。

「え?」

 差し出された右手に、白い紙があった。

「これ……私に?」

「そう」

 恐る恐る手に取ると、梨奈は足早に歩き去って行った。

「ねえ、ちょっと」

 声をかけたが、振り向くこともない。

「何よ」

 むっとしながら紙を開いた。肉筆で何か書いてある。


 早田優衣様

 突然の手紙で申し訳ありません。

 いつも僕に話しかけてくれてありがとう。

 まだ僕がここへ来て、何にもわからないときにいろいろ教えてくれたね。あのときはすごくありがたかったよ。

 もちろん僕を助けてくれたのは優衣さんだけじゃないよ。むしろ美佳さんとか綾乃さんが中心になって話しかけてくれた。その中でも優衣さんは、みんな中に隠れていた感じだったね。でも、時折くれる言葉はあったかな感情がこもっていて、僕を元気にされてくれたんだよ。僕はいつしか君の言葉を心待ちにしていたんだ。

 どうしてこんな手紙を書いたのか、わかるかな。君の言葉を聞いているうちに、ずっとずっと君と一緒にいたくなったんだ。

 僕と付き合ってほしいんだ。

 でもね、僕は君の立場もわかっているよ。きっと美佳さんや綾乃さんが君と僕が付き合っているのを知ったら、嫉妬で怒り狂うに決まっているでしょ。だからこのことは誰にも言わないでいて。普段会っているときもいつもと変わらずにいてね。

 なにしろ逃げ場所がないところだから、いじめられたら悲惨な目にあっちゃうからね。

 あっ、君が僕と付き合ってくれるって前提で書いちゃったね。でも、君はきっと僕と付き合ってくれるって確信してるよ。

 返事は梨奈さんを通じて渡してね。メールやSNSもだめだよ。誰かに見られちゃうかもしれないからね。手紙も誰にもわからないようしまっといてね。

 辻田龍


 優衣は激しい自分の鼓動を感じながら、手紙を折りたたみ、階段を駆け上がって自分の部屋へ戻った。鍵をかけ、机に座ってもう一度手紙を読み返す。

 辻田はセンターでも評判の美少年だった。白くきめ細かな肌と、長く美しいまつげに澄んだ瞳。華奢だが、しっかりと筋肉がついた体つき。少女漫画からそのまま出てきたような男の子。

 最初は梨奈のいたずらじゃないかと思った。何を考えているのかわからない子だし、無邪気に信じたあたしを嗤うために作文したんじゃないかと思った。でも、辻田の過去の自分に対する仕草や言葉を思い出すたびに、この手紙が本物ではないかと思うようになってきた。

 動揺していた心が、歓喜へ震えてくる。美佳でも綾乃でも紗綾でもなく、あたしだなんて。

 何度も何度も読み返し、辻田笑い顔、優しげな視線を思い出す。体がこわばり、日付が変わり始めた頃、はっとして引き出しから便せんを取り出し、返事を書き始めた。


 辻田様

 お手紙をありがとうございます。

 私もずっとあなたを好きでした。

 両想いだなんて、思いもよらなかったです。

 最初に辻田君と会ったときのことを覚えていますか。食堂で不安な目をして何をしていいかわからずキョロキョロしていましたね。あのときすぐに話しかけたかったけど、出しゃばりとか言われるのが怖くて黙っていたの。ごめんなさい。

 でも、その判断は正しかったわ。だってみんなあなたに注目していたんだもの。あたしなんかが最初に話しかけたら、生意気だなんて言われたと思う。

 だから、あたしがあなたと両想いなのを隠すのはあたしも賛成よ。これがばれたらみんなから絶対いじめられるに決まってるし。当分はお手紙でやりとりしましょう。普段はあたしたちが付き合っているだなんて、絶対態度に表さないから。

 優衣


 手紙を読み終えた梨奈は押し殺した笑い声を上げた。紙をくしゃくしゃに丸めて、ステンレスの大きなボウルへ入れた。次に机から椅子を引き出して、上に乗り、天井に付いている火災報知器を取り外した。

 窓を開け、秋の冷たい夜風を部屋に引き入れる。ほてった頬が冷やされて心地よい。引き出しから使い捨てライターを取り出し、くしゃくしゃに丸まった手紙を持って火を点けた。

 手を離し、優衣の手紙が赤い炎を放ちながら黒い灰になっていく様を、冷たい笑みを浮かべながら見つめていた。


「早田の部屋から手紙は発見できたのか」

 藤岡が問いかけるが、モニターの向こうにいる田上は眉間に皺を寄せて首を振った。

「部屋を捜索しましたが、見つけることはできませんでした」

「何をやっているんだ。狭い部屋だろう。隠す場所などそれほどないはずだ」

「そうなんですが……」

「もういい。梨奈の部屋はどうだった」

「ステンレスのボウルに灰が残っていました。恐らく早田が書いた手紙を燃やしたと思われます」

 藤岡は腕を組み、考え込むように背もたれに身を預けながら視線を外す。

「蓮村先生、この事態をどう考えますか」

 蓮村は困惑した表情を浮かべた。

「私には見当も付きません。廊下で確認できた最初の手紙から察すると、梨奈さんが勝手に辻田からのラブレターを作った様に思えます。これが少々意地の悪いいたずらなのか、もっと深い意図があるのかはしばらく様子を見ないと」

「課長、よろしいですか」田上が発言した。「今回、メールやSNSではなく、手書きのやりとりにしたのは、ロマンチックな演出もあるかと思います。しかしそれ以上に、我々に対して、内容を悟られないようにするためではなかったかと考えています」

「つまり、彼女は我々が監視しているのを知っていると」

「そうとしか考えられません。課長、彼女は危険です。他の子たちから隔離するべきです」

「またその主張か」藤岡は細い三角眼を更に細めた。「何度も言っているように、ここは貴重な実験場だ。梨奈の隔離はあり得ない。君も入所者たちと一緒に暮らしているから情が移っているようだな。気をつけた方がいい」

「荒川さん、あなたは梨奈さんの父親でしょ。最近あまり発言がありませんが、この事態に対し、どう思われているんですか」

 少しうつむき加減で試験をテーブルに落としていた荒川が顔を上げた。半月前から比べると、肌は不健康に黒ずみ、頬骨が浮き出るほどにやつれていた。うつろな目をモニターの田上へ向ける。

「私は、このままでいいと思っています」

 力のない声でつぶやいた。

「でも、他の入所者が梨奈さんによって危険にさらされている可能性があるとしたら、梨奈さんの親御さんであるあなたも、それなりに対処する必要があるんじゃないでしょうか」「私は梨奈を信じています」

「だから問題ないと言うのですね。徳山君と赤沢さんの死についても関連がないと」

「その通りです」

「その根拠はありますか」

「ありません」

「荒川先生」田上は憮然とした表情で荒川を睨めつける。「あなたも科学者であるなら、それがいかに無責任な言動であるのはわかるでしょう。センターの入所者の命に関わる問題なんですよ」

「田上さん」藤岡が割って入る。「あなたの言うことはわかります。荒川先生の意見の如何に関わらず、方針はすでに決まっている。もちろん入所者たちに危険が迫った場合、最大限の対処を行います」


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