第二部 破壊 11
「おい、ちょっと待てよ」
伸也の手を振り切った奈緒は茂みの中へ入っていった。振り向くと、ローターからの風を振り撒きながら、グレイのヘリコプターが原っぱへ降り立とうとしていた。着地すると同時に、扉が開き、作業服姿の男が二人現れ、茂みの中へ入っていった。続いてスーツ姿の竹井が現れる。
「お迎えに来ました」
「またお前か」
茂みから悲鳴が聞こえてきた。程なく男たちに両腕を抱え込まれた奈緒が、引きずられるようにして出てきた。
「助けてー殺されるー」
北村と違って男たちは奈緒の叫びに表情一つ変えることはない。
「さて行きましょう。北村さんもいいですね」
「はい、喜んで」
伸也は憮然とした表情で乗り込んだ。嬉々とした表情で北村も乗り込む。次にわめきながらもがいている奈緒も男二人に押し込まれるようにして乗り込んだ。
「飛行中はシートベルトを締め、お静かに願います」
最後に乗り込んできた竹井が、暴れている奈緒に拳銃を向けた。
「わかったわよ、座りゃあいいんでしょ」
奈緒は吐き捨てるようにつぶやき、シートに座ってシートベルトを締めた。竹井が銃を構えたまま隣に座る。
「行ってくれ」
パイロットが無言でレバーを操作し、ヘリコプターが上昇した。行き先は決まっているらしく、竹井が指示することはない。
「ねえ、誰かタバコ持ってない?」
奈緒が周囲を見回した。
「このヘリに搭乗しているメンバーで、タバコを吸うのはお前だけだ。目的地に着いたら探してやる」
「あたしは今吸いたいのよ」
「黙ってろ。タバコぐらいで痛い目に遭うのは嫌だろ」
竹井が拳銃を奈緒のこめかみに押しつけた。
「わかったわよ。だからそいつを離して。目障りでしょうがない」
奈緒は腕を組み、フンと鼻を鳴らして視線をあさっての方向へ向けた。この女、伊豆での印象とは違って、案外あばずれだなと伸也は思う。
太陽が見える方角から、どうやらヘリは東へ進んでいるのがわかった。眼下の風景は、森から急速に民家やビルが増えてきていた。
「おい、このままだと東京へ行くんじゃないのか? 俺たちグロウに狙われているんだろ。なんでそんな危険な場所へ行くんだ」
「大丈夫だ。我々が行くのは極めて安全な場所だ」
やがてビルが乱立する町並みが広がり、遠くに黒煙が立ち上っている場所が見えた。ヘリコプターはまるでそれが目標であるかのように、黒煙に向かってぐんぐん近づいていた。
黒煙に到達する手前、不意にスピードが落ち、ホバリング状態になったかと思うと、降下し始め、ビルの屋上に着地した。
屋上からエレベーターで一気に地下まで降りて、駐車場に降りた。コンクリートや配管がむき出しで、天井には無機質なLEDライトが輝いている。駐車しているのはほとんどが黒塗りのレクサスやクラウンで、一部水素自動車や電気自動車が止まっていた。恐らくすべて公用車なのだろう。周囲には伸也たち以外誰もいなかった。真夏なのに、この場所はひんやりとした空気が流れていた。竹井が電話を入れる。
「三人の進入許可が下りた。レベル3だ」
竹井が言うと同時に男二人が棒のような機械を取りだした。もう一人はトランシーバーのようなものを取りだし、スイッチを入れている。
「金属探知機と電波探知機だ。携帯電話を出してくれ。私が預かり、出て行くときに返却する」
「嫌よ。あたしの携帯には個人情報が詰まっているんですからね」
竹井が再び拳銃を取り出し、奈緒に向けた。「レベル3は管理者の管轄下による進入許可、レベル2は意識のない状態での進入許可、レベル1は心肺停止状態での進入許可だ。レベル1で進入するか」
「わかったわよ」
奈緒はむっとしながら携帯電話を突き出した。伸也と北村も携帯電話を渡す。すかさず作業員の二人が金属探知機を三人の体にかざした。
「異状ありません」
「では行きましょう」
竹井は歩き出し、レクサスの間に入っていく。ついて行くと、スチールのドアがあった。物置かと思えるが、顔認証センサが着いていた。カチャリと解錠音が響いた。ドアを押し開け、中に入っていく。
室内は大型車一台分程度入る広さで、駐車場と同じくコンクリートがむき出しの壁だ。正面にエレベーターのドアがあったが、なぜかボタンはない。インジケーターが勝手に上昇の表示を始め、ドアが開いた。七人が入るとドアが閉まり、エレベーターは下降し始めた。
ドアが開き、ドーム状の白い通路に出た。正面に自動ドアがある。
――携帯電話をコンソールに収納後、一人ずつ前へ進んでください――
女性の人工音声が聞こえてきて、壁から引き出しが押し出されてきた。竹井と作業員の男たちが慣れた様子で携帯電話を入れた。引き出しが壁に戻り、自動ドアが開く。竹井が先頭で進み、伸也たちが続く。
唐突にけたたましい電子音が響きだした。
「栗山奈緒さん、ペン型のカメラをお持ちですね。竹井に提出してください」
男の声が響いた。奈緒がこれ見よがしにため息をつき、ジーンズのポケットから小型のペンを取り出し、竹井に突き出した。
「カメラ、ボイスレコーダの類いの物はもうありませんね。これ以降の段階で見つかった場合、ペナルティーが科されます」
「ないわよ」
前方にある二枚目の自動ドアが開いた。唐突に人の声が聞こえてきた。ドアを抜けると、通路になっていて、多くの人々が足早に行き交っていた。男はワイシャツにスラックス、女性は地味な色のスカートに白いブラウス姿だ。
「ここは、一体何なんだよ」
「非常事態管理機構、通称EMOだ」
「そんなもの、聞いたことがないよ」
「当然だ。存在自体が特定秘密に指定されていて、公式には存在しないことになっているからな。災害やテロで行政機能が麻痺したとき、密かにフォローするために設立した機関だ。内閣府の外局で、最高責任者は内閣官房長官が兼任している」
竹井は歩きながら話した。
「この間眠らされて連れてこられた場所もここなのか」
「そうだ」
「ヘリが降りた場所は霞ヶ関だったと思うが、ここは地下なのか」
「地下三百五十メートルに存在している」
廊下は恐ろしく長かった。伸也の視力は決して悪くはないが、それでも突き当たりまで見通せない。交差するところで左右を見るがやはり長い。竹井は道を知っているらしく、ためらうことなく右折左折を繰り返した。
「もう少し事務所に近い場所へ降りたかったんだがな、あの場所しか許可が下りなかった」
五分ほど歩いた後、ようやく竹井は歩みを止めた。
「ここだ」
竹井がセンサーの前に立つと、ドアが自動で開いた。そこはビジネスホテルのラウンジのようにいくつも布張りの簡素なソファがとテーブルが配置されていた。床はオフィスによくあるタイルカーペットだが、壁はクリーム色で、照明も柔らかな色調だ。
中央のソファには足を組んで、コーヒーカップを右手に持っている藤岡の姿があった。彼はコーヒーをすすりながら、蛇のように冷たい三角眼で入ってきた伸也たちを見つめた。コーヒーカップを音もなくソーサの上に戻し、立ち上がる。
「ご苦労様です。生きてここへ帰ってきてくれて、安堵しています」
「麻衣子はどこだ」
「ご心配なく。隣の部屋にいます」
伸也は左の壁にあったドアを引き開けた。二人がけのソファに横たわっている麻衣子がいた。
「麻衣子、大丈夫か」
麻衣子は、わずかにウーンと答えながら、焦点がぼやけた視線を向けた。
「薬がまだ抜けていないだけです。あと三十分もすれば元に戻るでしょう」
「お前、麻衣子に妙なまねをしていたら、ただじゃ置かないぞ」
「その点はご心配なく。スタッフは丁重に扱っています。移動するときもね、バッグに詰めれば楽でしたが、窒息死する恐れがありましたから、バイクのタンデムシートに違和感がないよう固定しました」
「死んだら人質にならないからな」
「結果的に宮本さんへの脅迫材料になったかもしれませんが、私どもはあくまでも山野さんの保護を目的としてここへ連れてきました。あのまま放置していれば、恐らく山野さんはグロウに拉致してもっと悲惨な目に遭っていたでしょう。寺岡さんのようにね」
「あいつがどうかしたのか」
「宮本さんが瞬間移動する直前、電話があったでしょう。なぜかわかりますか。グロウに脅されて、宮本さんの居場所を確認するために、電話をさせられたんです。爆発の後、我々のスタッフが寺岡さんの携帯電話の位置情報を元に彼の元へ行ったところ、赤の他人が彼の携帯を持っていました。詰問したら、寺岡さんを殺害したと告白しました。死体も確認しています。その男はグロウではありませんでした。大金に目がくらんで反抗に及んだそうですよ。依頼主は調査中ですが、スタッフによると、たどり着くのは難しいと言っています」
「そんなバカな……」
寺岡は去年DROPに加入したばかりのダンサーで、まだあどけなさが残る顔立ちの男だった。伸也のファンだと公言して、会うたびに輝いた目で、ダンスに関する質問をぶつけてきた。
彼が殺されただなんて。
「寺岡さんを責めないでください。死体には、生前付けられた傷が多数ありました。彼としてもそうせざるを得なかったんでしょう。グロウは周到に準備を進めていたんですよ」
「なぜ奴らはこんなまねをしたんだ。そこまでして俺を殺そうとする意味がわからない」
「宮本さんが今後、グロウの活動に対して、極めて危険だからです。栗山さんと北村さんも同様です。二人の住居も狙われました」
「俺たちがグロウにとって、極めて危険ていうのは、この間あんたが俺たちにチームを組んで戦えと言ったことと関連があるのか」
「その通りです。グロウは宮本さんたちが脅威なのです。だから殺そうとした」
「俺たちのどこが驚異なんだよ」伸也は奈緒と北村を見る「全員戦いとは無縁だよ」
「先日ここへお越しいただいたときの続きになりますね。あのときは上層部から許可が出ないため、詳しい説明ができず私も苦慮しましたが、今回事態を鑑みて、全面的に解禁されました」
藤岡は携帯電話を手に取り、耳に押しつける。「二人をここへ呼んでください」
隣で麻衣子がゆっくりと起き上がった。伸也を見て、はっとした目をする。
「生きてたの。よかった」
急に涙目になって、伸也へ抱きついてくる。彼女のぬくもりが、高ぶっていた心を日常の落ち着きへ引き戻した。
「お前も無事でよかった」
「あたし、すごく心配してたのよ。携帯だって、他人が操作しているかもしれないでしょ。それに、いきなり変な奴らに取り囲まれて、注射打たれちゃうし」
「もう安心だ。ずっと一緒にいるよ」
「お話中に申し訳ありませんが、こちらの部屋へ戻っていただけますか。会っていただきたい方がいらっしゃいます」
振り向くと藤岡が戸口で片眉を上げ、三角眼の奥から蛇のような冷たさを湛えた瞳で見つめていた。
「会わせたい人って、誰なんだ」
伸也は隣の部屋へ戻った。そして、新たに部屋に入ってきた人物を見て、あっと小さい声を上げた。
「荒川さん」
戸口には小柄な老人と、少しやつれた表情の荒川がいた。伸也がいることは知っていたのだろう。驚いた表情はなかった。口を引き結び、頬をややこわばらせて伸也を見ていた。
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