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第二部 破壊 10

 麻衣子がアップした画像を見て、伸也はあっけにとられていた。つい三十分ほど前までいたマンションが粉々に破壊されている。次にそこへ住んでいた人々を思い浮かべる。車椅子に乗った老人に寄り添いながら歩く、上品な顔立ちをした老女の夫婦。エントランスを駆け抜けていく幼い子供を追いかけていく若い母親。親しく話したことはなかったが、伸也の日常の一部だった。

 みんな死んでしまったのか。そう思うと、携帯電話を持つ手が震えてくる。

「北村さん。グロウは俺を狙ってマンションを爆発させたのか」

「ええ。あと少しで巻き込まれるところでしたよ」

 穏やかにつぶやく北村がのんきに思えてきて、怒りがこみ上げる。

「ここにいた人たちは、みんな俺のせいで死んだんだよ」

「でも、それってみんなグロウが悪いんでしょ。あんたが嘆くのはおかしいわ」

 隣で伸也の携帯電話をのぞき込んでいた奈緒が物憂げにつぶやいた。

「そりやそうだけど」

「そもそもあんたがグロウに喧嘩売ったんじゃないし。どういうわけか巻き込まれちゃったんでしょ。あたしたちも同じ。きっと、あたしや北村さんがいたところもやられているはずよ」

「わたくしも栗山さんの意見に賛成でございます。グロウは全国でテロ行為を行っているのです。宮本先生への攻撃も、その一環と考えるべきかと思います」

 二人が言っていることは理屈ではわかるものの、感情がついていかない。

「ねえ北村さん、この辺りにコンビニはないの?」

「レンタカーで二十五分ほど走った場所にあるはずです。ただし祖母の葬式があった二十年程前のことですので、現在もあるかわかりません」

「何よそれ。どっちにしても、あたしたち歩くしかないんだから全然だめじゃん。ねえ、それちょうだい」

 奈緒は伸也が持っていた飲みかけのペットボトルを半ば奪い取るようにして手に取ると、口を付けて飲み始めた。

「はい、ありがと」

 三分の一ほどに減ったペットボトルを突き出した奈緒に伸也は首を振る。「いいよ。全部の飲みなよ」

「あら、案外ナイーブなのね。あたしは変な病気持ってないからね。北村さんはどうなの」

 目の前に差し出されたペットボトルに北村は痙攣するように首を振った。「間接キッス的な飲み方はご遠慮させていただきます」

「だったらあたし、全部飲んじゃうから」

 奈緒はペットボトルの水を全部飲み干し、空を草むらへ投げ捨てた。

「ああっ、ポイ捨てはいけません」

 北村が草むらへ手を突っ込み、奈緒が捨てたペットボトルを拾い上げた。

「東京が大変なことになっているって言うのに、ペットボトルぐらいで騒がないでよ」

「それとこれとは話が違います」

 北村はペットボトルのキャップを外し、くしゃくしゃに縮めてまたキャップを閉め、背負っていたリュックサックへ仕舞い、にっこりと微笑む。「これで大丈夫」

 伸也は自分の右腕に蚊がたかっているのを見て、反射的にぴしゃりとたたいた。手のひらを見たが、蚊はいなかった。逃げられたようだと上の空で思う。

 周囲は草木が生い茂った原っぱが広がり、道沿いにぽつんと一軒ひび割れたコンクリートの駐車場がある古ぼけた建物がある。明らかに空き家で、かつてドライブインか食堂だったような作りだった。原っぱの周囲はうっそうとした森が茂り、息苦しさを覚えるほど蒸し暑く、青臭い空気で満たされていた。北村の話によると、ここは長野県青木村ということだった。青木村はもちろん、長野県すら行った経験がない伸也にとって、東京からどれくらい遠いのか、見当もつかなかった。

 最初、必死の形相をした北村に連れ去られるようにして瞬間移動した先は奈緒が潜んでいたマンションの一室だった。その後さらに飛ばされてここへ着いたのが北村の祖母が住んでいた廃屋だった。廃屋は山の斜面にあり、電波の圏外だったので、この峠まで歩いてきた。

「北村さん。俺を東京へ帰してくれないか。俺が狙われたんなら、麻衣子も危険かもしれないんだ」

「ご心配されるのはもっともかと思いますが、移動についてはすべて玄様のご意志ですので、わたくしには、いかんともしがたいのでございます」

「でも着いた先は北村さんのおばあさんの家でしょ。北村さんの意志も多少入っているんじゃないの」

「いえいえ、私の意思は爪の先ほども入っておりません。恐らく、わたくしが対処しやすいよう玄様がご配慮いただいたのかと」

「取りあえず、あの電波が届かない空き家に戻りましょ。水もないし、ここにいたら暑くて干からびちゃうわ」

「俺はここにいるよ。麻衣子が心配なんだ」

「そう。あたしは心配な人なんていないから、空き家で待ってるわ。じゃ」

「ちょっ、ちょっと待ってください。バラバラになったら、また玄様のご指示があったとき、迅速に動きがとれません」

「じゃどうすんのよ。こんなとこにずっといたら、熱中症で死ぬよ」

「そう言われましても……」

 オロオロする北村を横目に、伸也は次々とSNSにアップされてくる破壊された町の惨状をチェックしていた。これは全部グロウの仕業なんだろうか。だとしたら何のためにこんなまねをしたんだろう。しかも、わざわざ俺を狙うなんて。どういうわけだ。

 唐突にスマホがバイブレーションし始めた。今まで回線がパンクして繋がらなかったのに、落ち着いたんだろうかと思い、着信番号を見た。登録されていない番号だった。誰なんだと思い、電話に出る。

「藤岡だ」AMラジオのようなノイズ混じりのこもった声が聞こえてきた。「今どこにいるんだ」

「それをあんたに言う義務はない」

「早く言え、我々が君たちを保護する。さっきまでいたマンションが爆破されたのは知っているだろ、命が狙われているんだ。長野にいるのはわかっている。居場所を突き止めるのは可能だが、時間がかかる」

「だったら勝手に探せばいいだろう。だいたい、マンションを爆破させたのは誰なんだ。もしかしたらお前かもしれない」

「グロウだ。前後の状況を考えれば容易に察しがつくだろう」

「どちらにしても断る。俺は誰の保護も受けない」

「そういうわけにはいかないんだ。君たち三人には、我々の管理下に入ってもらわなければならない」

「知るか」

「だったら山野さんのSNSを確認してくれ」

 唐突に電話が切れた。

「なんだよ」

 最後の言葉が気になり、麻衣子のSNSを開いた。

 いきなり麻衣子の顔が映し出されていた。目を閉じ、眠っているかのようだ。背後は車のシートだろうか。再び携帯電話がバイブレーションを始める。

「見ましたか」

「お前……麻衣子に何をした」

「保護したまでです。彼女も見知らぬ人が来たので警戒していましたから、少しの間眠ってもらいました。生命に危険はありません。グロウは山野さんのSNSを確認しているはずですから、宮本さんが生存していることも、彼女がどこにいるのかもわかっているでしょう。極めて危険な状況でしたから、緊急措置と考えてください」

「お前……人質を取る気か」

「人聞きの悪いことは言わないでください。私たちは彼女たちを保護しているだけです。宮本さんが協力しないということでしたら、私たちも彼女を保護する理由はありません。すぐに山野さんを解放します。ただし、その後グロウに襲われる可能性は極めて高いですが」

「どうしたの」

 いつの間にか、廃屋へ帰りかけていた奈緒が横に立っていた。

「藤岡だ。麻衣子が人質に取られた。俺たちを保護するから、この場所を教えろというんだ」

「あたしは行かない。あんな訳がわからない奴らのところに行くなんてごめんだわ」

 再び歩き出そうとした奈緒の右腕を伸也が掴んだ。

「離しなさいよ」

「待てよ。お前が言ったら麻衣子の命が危なくなるかもしれないんだ」

「そんなのあたしが知ったことじゃないわ」

「俺たち渋谷でお前を助けたじゃないか」

「ええそうよ。でもその後大変な目に遭ったんだから」

「それは俺のせいじゃない」

「あの……お取り込み中ですが、わたくし、藤岡さんのところへ行った方がよいかと思います。あの方ははいい方です」

「はあ? あんなに人相が悪い奴なんだぞ。部下は平気で拳銃向けてくるし、悪い奴に決まってるだろ」

「確かにお顔は怖いですが、あの方には正義感というものを感じました。手段は真っ当でないのであんな風な感じになるのかと思いますが、この社会を守るという意思があるかと」

「あたしには社会なんてどうだっていいんだ。あたしが助かればいいの」

「伊豆の時はわたくしに賛同していただけたかと思いましたが」

「知るか」

「北村さん、あいつが正しいと思うなら、奈緒が逃げるのを止めてくれよ」

「承知しました。栗山さん、失礼します」

 北村が奈緒の左腕を掴んだ。

「この変態、あたしの腕を触るんじゃないよ」

 奈緒が北村を睨み付けながら腕を振り回す。

「な、なんと。わたくしの性癖は極めてノーマルでございますから、変態と呼ばれるのは心外です」

「若い女の腕を勝手に触るオヤジは全員変態よ」

「緊急事態ですのでご容赦を」

 言い争いをしている二人を横目に伸也は携帯電話を耳に当てる。

「俺たちがいる場所は長野県の青木村だ。最初北村さんのおばあさんが住んでいた家にいたが、電波が届かないから山を登って峠まで来た。住所はわからないが、近くに潰れたドライブインがある」

 唐突に電話が切れた。

「何なんだよ」

 伸也はリダイヤルしたが「この電話番号は現在使われておりません」とアナウンスされてしまった。


「角田、電話の内容は聞いているな」

「すでに対処しております。北村公威の祖母の住所から想定して、対象がいる場所は国道143号線明通トンネル付近であると想定します。現在ヘリが向かっています」

 携帯電話がバイブレーションし始めた。番号を見て思わず顔をしかめたが、出ない訳にはいかない。

「藤岡です」

「どうだ、用は足りたか」

 電話口から威勢のいいダミ声が響いた。

「はい、水沢官房長官。ご尽力いただきまして感謝いたします」

「今回かなり無理をしたんだ。試験中の民間低軌道衛星回線を、緊急事態だからといって、無理矢理借り受けたんだ。さすがの私でも十分が限度だったよ。通話料が一分一千万だと嫌みを言われた」

「このご恩はまたいつかお返しさせていただきます」

「いいさ、君にはさっきも助けてもらったからね。これくらいしておかないと」

 あははと豪快に笑って電話が切れた。

 何があははだ。この緊急事態に首相の愛人トラブルを調べさせやがって。怒りで吐き気がしてくる。権力がなくなったら、再起不能になるまで叩きのめしてやると思う。

「対象確認、回収に向かいます」

 角田の声に怒りを追いやり、目の前の業務に集中する。ディスプレイに、上空からさつえされた原っぱの映像が映し出された。口をあんぐりと開けてカメラの方向を見ている北村、横目で上を見ながらも、逃げようとしているらしい奈緒の腕を掴んでいる伸也がいる。

 奈緒が伸也を振り切って走り出した。

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