第二部 破壊 2
山上は、えっと小さく叫び声を上げながら、まっすぐ進んでくる高藤に押しのけられるようにして道を空けた。
「高藤さん、どうしたんですか。もうすぐステージに立たなければいけないでしょう」
「ステージにいる奴らには、少し間を持たせておけと言ってあるわ」
梨奈は伸也を見つめながら微笑んだ「また会ったわね」
「お前、このステージで観客に何をするつもりだ」
「別に。私のダンスを楽しんでもらうだけよ。伸也も楽しんでね」
「あんな目に遭って、楽しめると思えるか」
怒りで顔をこわばらせている伸也に、梨奈が声を上げて笑った。
「それは残念。でもね、あたしは伸也に楽しんで欲しいのよ」
梨奈の目がキラリと光り、ステージから聞こえてくるリズムに合わせて踊り出した。
腰をひねらせながら、跳ねるようなステップを繰り出す。
痺れるような感覚が波となって襲ってくる。山上と周囲のスタッフも感じているのだろう、彼らも少し呆けたような表情になっていた。
このままだと梨奈にコントロールされてしまう。
伸也は目を閉じ、呼吸を整えながら鳩尾の奥を意識した。光があふれ出るような感覚を覚え、液体のように指先や髪の一本一本にまで浸透していくような気がした。
外から流れてくるリズムに呼応して、体が自然に動き出す。つま先を軸にしながら、前後左右細かく刻むステップを繰り出した。同時に腕をクロスさせながら、派手に動かす。
踊る梨奈の中央に、輝きが渦になって止めどなくあふれ出るものが現れた。
鼓動が高鳴るとともに、思いつくままに、スキーターラビットをアレンジしたステップを刻んでいく。
梨奈の動きは時にルーズで時に力強い、切れのある動きだ。それていて軽やかで繊細な動きをする指先も披露した。まるで、全身から音楽が放たれていくようだ。思わず引き込まれそうになる自分をいけないと思いながら、自分のダンスに集中する。
高藤が腕を振りながら、指先を伸也に向けた瞬間、体をロックさせる。
溜まっていたエネルギーが放たれるように、輝きが奔流となって向かってきた。
ステップで体をずらしながら、輝きを躱す。
強い。
横をすり抜けた輝きが、風圧のように伸也を圧迫した。
体幹がぶれ、ステップが乱れそうになる。
荒川が放つ輝きより、圧力が一段上だ。沼津で体感した時を思い出した。
梨奈は切れのある動きで、立て続けにロックを繰り返した。そのたびに輝きが伸也に向かう。
伸也は防戦するだけで精一杯だった。時折、手の振りで輝きを放つが、梨奈のそれよりも明らかに弱く、簡単に躱された。
輝きに翻弄され、乱れそうになるステップを必死で維持する。梨奈は余裕の表情で、口元に笑みを浮かべていた。
安田は戸惑いの表情を浮かべながら、横で二人の戦いを見ていた。ほかの集会スタッフたちは、戦いが起きていることもわからないのか、二人のバトルに興奮した目をしてリズムをとっている。
やばい、足がもつれた。足をクロスさせようとしたとき、足と足が接触してしまった。バランスを崩し、派手に床へ転んだ。
目の前に、輝きが迫ってくる。
まともに輝きを受け、伸也は弾き飛ばされた。室内の隅に置いてあったスタンドライトをなぎ倒し、ようやく止まった。
体を起こすと、ステップを刻みながら、梨奈が近づいているのが目に入った。早く立たなければと思ったが、体が動かない。
やられる、そう思った時、梨奈の視線が横へ向いた。
ふわりとした圧を感じ、視線を向けると、黒のセットアップを着た、やや髪の薄い初老の男がダンスを踊っていた。
荒川だ。
梨奈は一瞬だけ目を見開いて驚いてみせたが、すぐに余裕の笑みを浮かべる。
「よくあたしの目の前に現れたね」
「お前らの自由にはさせない」
「お前の下手くそなダンスで防げるなら、やってみればいい」
梨奈は声を出して笑うと同時に、荒川へ向き直り、シャッフル系の早いステップを刻み始める。
両手をクロスに振りながら、波のような輝きを次々と放っていく。
対して荒川はオーソドックスなチャールストンステップだ。リズムは正確に刻むものの、梨奈の動きに比べると、明らかに切れはない。
「伸也っ、立って戦え」
荒川の叫びで我に返り、立ち上がる。かなり派手に飛ばされて背中が痛むが、動きに支障が出るほどではない。ステップを踏み始める。
梨奈は荒川に向いていた体を、伸也に向けて微妙にずらした。
「ジジイとひよっこ。二人合わせたって、あたしには敵わないよ」
「そうかな」荒川が笑みを返す「俺の実力は知っているかもしれないが、伸也の力は知らないだろう」
「あたしが倒しかけた男の実力かい」梨奈がさげすむような目をして笑う。
「今はまだ未熟かもしれないが、ダンスの実力は伸也の方が上だ。近いうちに、必ずお前を凌駕するだろう」
「ならば、今その芽を摘むだけだ」
梨奈がターンを決めた。同時に強烈な輝きが発せられ、押し寄せてくる。
衝突する瞬間、思いつくままにジャンプした。
輝きが下へ流されていく。厚手バランスを乱すが、転ばずに着地できた。
梨奈を見た――いや、正確には梨奈の存在を感じた。
意識が荒川へ向いている。そう思ったとき、伸也は感覚の赴くまま、腕を伸ばし、人差し指を梨奈に向けた。
渾身の輝きが発せられる。
驚きで目と口を開きながら、梨奈が飛んだ。背後にいたスタッフをなぎ倒し、壁にたたきつけられた。ドスッと鈍い音が響く。
スタッフの若い女性が悲鳴を上げた。倒れたスタッフを別のスタッフが介抱する一方、梨奈へも別のスタッフが近づいた。
「大丈夫だ」
梨奈は彼らを手で制しながら立ち上がった。ぶつかったスタッフはまだ動かないし、壁へぶつかったときのスピードも相当なはずだった。しかし痛んでいるような仕草は一切見せず、すぐにステップを刻み始めた。口元には余裕の笑みさえ浮かんでいる。
「荒川の言うとおりだな。早めに潰しといた方がいい」
踊りながら梨奈が近づいてくる。荒川は梨奈が倒される直前に受けた攻撃で、床に倒れている。
「梨奈、待てよ」
動揺しているスタッフの背後から、男のよく響く声が聞こえてきた。眼鏡を掛けた長身の男が進み出て、伸也と高藤の間に割って入った。さっきステージで演説していた男、藍田だ。
「どうしてだ。あたしはこいつを潰せる」
梨奈が訝しげな顔を向ける。
「どうかな、俺に言わせれば五分五分なところだ」
「何だと」
梨奈が、ぐいっと藍田を睨んだ。
「確かに宮本の動きは隙が多かった。しかし、前回よりも大幅にスキルを上げている。さすが荒川さんが見込んだだけのことはあるよ。そうだろ、荒川さん」
藍田が荒川を見た。荒川はダメージを負ったのか、顔をしかめながら半身を起こしていた。
「その通りだ。俺はお前たちを止めなければならない」
「だったら、本当にあたしたちを止められるか、試してみるかい」
梨奈から笑みが消え、奥からギラギラと目を輝かせ、伸也を見据えステップを始める。
「待てと言っているだろう」藍田が大きく声を張り上げた「お前にはこれからステージに立ってもらわなければならない。宮本と戦っている時間はないんだ」
藍田が出入り口へ向かって「入れ」と叫んだ。すると、男たちの集団がぞろぞろと入ってくる。背格好はバラバラで、年齢も若い男から中年まで、様々だ。ただ、共通しているのはみな怯えた表情で、挙動不振に思えるほど、辺りをキョロキョロ見回していた。
「藍田さん、誰を連れて行けばいいんですか」
若い作業着を着た男が不安げに話しかけてくる。
「彼と彼と彼だ」
藍田は伸也と荒川と安田を指さす。
「わかりました」
男たちが近づき、伸也の腕をつかんだ。
「おい、離せよ」
伸也が腕を振りほどこうとするが、男は「すいませんすいません」といいながらも、がっちりと伸也の腕を掴んで離さない。額から脂汗をかき、必死な目で伸也を見ていた。助けを求めようと周囲を見回したが、スタッフたちの目はとろんとして、意識が飛んでいるかのようだった。安田も同じように呆けたような顔をしている。
荒川と安田も男たちに取り囲まれていた。
腕をつかんでいる男に意識を集中する。足は自由だ。ステップを踏めば、沼津の時と同じように、彼らを吹き飛ばすことができるだろう。
伸也はリズムに合わせて足を動かした。しかし、男たちの力が弱まることはなかった。
「宮本、こいつらはお前が殺した平本みたいにはならないぞ」藍田が声を掛けてくる「こいつらは全員カラーズだからな」
「どういう意味だ」
「お前が発している力は、透明症にしか効かないんだ」荒川が言う。
「その通り。だからこいつらにお前のダンスは効かないんだ」
「さあ、お願いですからおとなしく僕たちの言うことを聞いてください。でないと」男は苦しげに顔を歪めた。「これであなたを刺さなくてはなりません」
男は空いた方の手をジーンズのポケットに突っ込み、黒い物を取りだした。ボタンを押すと、シルバーに鈍く輝く刃が飛び出した。
切っ先を伸也の目の前へ近づける。「さあ、従ってください」
言葉は丁寧だが、言うことを聞かなければ、躊躇なく刺してきそうな切迫した迫力があった。梨奈がフンと鼻を鳴らして背を向け、ステージへ歩き出していく。今はそれを追いかけることはできない。
そのとき、横で男の悲鳴が響いた。安田が男をうつ伏せに倒し、後ろ手で腕を捻られていた。
「俺にナイフを見せるんじゃねえよ。すっかり目覚めちまったじゃねえか」
安田は手を離した瞬間、男の脇腹を思い切り蹴り倒した。恐怖で目を見開いて、棒立ちになっているサラリーマン風の男の顔面を殴りつけた。
間髪おかず伸也を脅している男に近づき、ナイフを持っている手首を掴んだ。
ゴキッと鈍い音を立てて、男が悲鳴を上げた。伸也の腕を離し、ナイフを取り落としたところで肘打ちを食らわせる。
落ちたナイフを屈んで拾い上げ、起き上がったタイミングでナイフを振り揚げるようにして、もう一人の男の腕を切りつけた。腕を押さえた男の顔面をきれいな右ストレートで殴りつけ、今度は荒川を押さえている男たちへ近づく。
彼らの一人もナイフを持っていたが、明らかに怯えた表情で、戦う前からほぼ勝敗は決していた。
安田がナイフを目の前で払って怯んだところで、二人続けて顔面を殴りつける。
一分も経過しない間に、六人の男が床に沈んでいた。
「こういうのはちょっと得意でな」
安田がニタリと笑い、携帯電話を取りだした。
「これから警察に電話する。あと十分もすればパトカーが大挙してやってくるから、イベントも終わりだ」
「やめてください」殴られた男が鼻血を垂れ流しながら立ち上がった。必死な形相をして、安田の携帯電話を掴もうとした。
「よせよ」
安田が手で払うと、男は簡単に尻餅をついたが、再び立ち上がり安田に向かってきた。他の男たちも立ち上がり、安田に向かってくる。
「よせと言っているだろ」
安田が男たちを殴りつけると、簡単に倒れていく。しかし彼らは再び立ち上がって安田に向かってくる。
「ごめんなさい……」
弱々しく呟きながら、新たにナイフを取り出して斬りかかった。動きは弱々しかったものの、五人の男が取り押さえる中、安田の動きが鈍くなる。一人を押し倒すようにして倒れ込み、なんとか刃を避けた。
「安田さん、ずいぶん苦戦しているようですね」
藍田がニタニタいやらしい笑みを浮かべて安田を見ていた。伸也はそっと自分の携帯電話を取り出し、電話をかけようとした。
「伸也君、残念だが今朝からここは電波の繋がりが悪くてね。我々も困り果てているんだ」
言葉とは裏腹に半笑いだ。こんな場所で電波障害が起きるはずもない。どこかにジャミング装置を仕込んであるのだろう。
殴っても殴っても戦意を喪失しない男たち。次第に安田の息が上がって来はじめていた。安田なら、男たちを完全に立てなくすることは可能だろう。しかしそれで男が重傷を負ったら後が面倒だ。正当防衛の範疇を超えたら罪に問われかねない。
「お前らはゾンビかっ」
安田の叫びは大げさではない。青白く、顔を血だらけにしながらうつろな目で向かってくる姿はほぼゾンビだ。
このままでは安田も倒されてしまう。伸也は助けを呼ぶため外へで行こうとした。
「おい、誰か伸也を取り押さえろ」
藍田の呼びかけに男が一人かけてきて、伸也にタックルをした。突き飛ばされるようにして、うつ伏せに倒れた。すぐさま起き上がり、右足で男を蹴り倒した。
尻餅をついたすぐ男は立ち上がり、ナイフを取りだした。伸也には安田のように素手でナイフを躱せるようなスキルは持ち合わせていない。
血走った目で男が近づいてくる。
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