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第二部 破壊 1

 安田と会食してから十日後のことだ。安田が言っていたように、全透協からデモと集会を行う通知が来た。代々木公園に集合して、渋谷駅まで行進する計画だった。トラブルがあるかもしれないと安田が警告していたので、伸也たちは参加するつもりはなかった。

 集会の前日だった。トレーニングを終えて、夕飯はどうしようか麻衣子と相談していると、電話が掛かってきた。安田からだった。

「明日の集会だが、お前は参加するのか」

「いいえ。この間、トラブルが起きそうだと聞いていましたから」

「俺が脅かしたからな」

 受話器の向こうから笑い声が聞こえる。

「そんなところを申し訳ないが、明日俺と一緒に集会へ参加してくれないか」

「えっ、どうしてですか」

「藍田が殺されると、北村さんが騒ぎ始めているんだ。例の玄様のお告げらしい。あの人の話によると、藍田が銃で撃たれる映像が繰り返し頭の中で再生されるそうなんだ。それをきっかけに、透明症と非透明症の対立は激化していくというんだ」

「安田さんはその説を信じますか」

「正直わからないが、藍田が殺されたら北村さんの言うとおり、対立激化は必至だ。もしそんな可能性があるなら、不本意ながら、奴を助けなければならない。俺は集会に参加して、藍田が暗殺されないようガードするつもりだ。

 そこでだ。お前に俺のサポート役として、集会に参加してもらいたいんだ。本来なら北村さんに言ってもらうのが一番なんだが、彼が藍田たちに見つかったらやっかいだ。かと言って他の連中に事情を話すわけにもいかないし、そうなると宮本君しかいないんだ。もちろん、危険な場面には立ち会わせないよ」

「警察には相談したんですか」

「ああ。彼らも不測の事態に備えて周辺の警備を行うそうだが、藍田個人の警備は行わない。なにしろ、暗殺計画の根拠が北村さんだから、警察には彼の話を出せないし、話したとしても真に受けてくれる確率は低い。正直、俺でさえ半信半疑なんだ。一応竹井には連絡を入れてあるが、あいつはこの間の爆破テロで怪我をして、まだ入院中なんだ」

 伸也は小さく息を吐いた後、呟いた「わかりました」

「ありがとう」

 伸也は待ち合わせ場所と時間を打ち合わせて電話を切った。

 視線を感じて右を見ると、いつの間にか麻衣子が腕を組み、不審そうな目をして伸也を見ていた。

「今の電話、安田さんでしょ」

「よくわかったな」

「伸也があんなしゃべり方をする人なんて、安田さんしかいないわ。で、まさか明日の集会に参加するんじゃないでしょうね」

「いや……そのまさかさ」

 麻衣子の目が怒りの色を帯びる「嘘でしょ。どうして危ないのがわかっていて集会に参加するのよ」

「俺もためらったんだがな、このところ、急に社会情勢がおかしくなって来始めているんだ。それを止めなくちゃいけないと思って」

「だからって、伸也が行かなくちゃいけない訳じゃないでしょ」

「そうなんだが……」

 思わず口ごもった。もう一つ伸也の心を動かしたものがあったのだが、麻衣子に話しても即座に否定されるのは明らかだった。

 玄が、俺に行けよと言っている。

 心の奥から語りかけてくる気がした。麻衣子に言えば、北村さんに感化されているだけでしょと言われるのが落ちだろう。

 鳩尾の奥から、光が湧き出てくるようなイメージが湧き起こり、体が熱くなっていた。


 翌日、ずっと不機嫌な麻衣子とほとんど口をきかないまま、マンションを出た。小田急線に乗って代々木八幡で下りた。心なしかいつもの日曜日より人が多い印象だ。歩いている人たちを観察していると、明らかに色戻法で色を戻している人がちらほら見受けられた。色戻法でもうまい下手があり、下手な人は少し色が浮き上がって見える。ほんのわずかな違いなので、健常者にはわからないが、同じ透明症が見ると、違和感のある人もいる。

 ほとんどの人々は代々木公園の方向へ歩いて行く。伸也も人の流れに乗って歩いて行くが、交差点で立ち止まり、携帯電話で位置を確認して流れとは別の道を行く。

 すぐ右側に、しゃれたアンティーク調の喫茶店があった。伸也は店に入っていく。薄暗い店内の奥に、見慣れた巨体が座っていた。

「おう、済まないな」

 グレイのチノパンにカーキのミリタリーシャツ、バケットハットを目深に被り、黒縁の伊達眼鏡まで掛けている。

「安田さん、もしかして変装しているんですか」

「そうだよ、何しろ色々揉めて会長を辞めただろ、執行部に気づかれると面倒だと思ってな」

「いやバレバレですから」

「えっ、そうなんだ」

「その体格だったら、何を着ていても安田さんです。僕は一目でわかりましたから。とりあえず、眼鏡は外してください。怪しすぎます」

「いけると思ったんだがな」安田は不満げな顔をしながらも、伊達眼鏡を外した。

 喫茶店を出て、代々木公園へ向かう。一目で安田だとわかるらしく、途中、多くの人から声を掛けられた。

「お前の言うとおり、バレバレだな」

「でしょ」

 井の頭通りを渡り、交番の横を通り過ぎて代々木公園に入った。広場へ出ると、すでに多くの人が集まっていた。大半がカジュアルな服装で、カップルや家族連れも多くいた。目つきが鋭いいかにも活動家という雰囲気の者は皆無で、政治的なデモといった雰囲気はなく、穏やかな空気が漂っている。広場の隅にはたこ焼きやベビーカステラの屋台が出ていた。

「宮本君、あれを見ろよ」

 安田が指差した先には、野外ステージがあった。ライブでもやるのか、DJブースが設けられている。

「メールでは、ライブをやるような通知がありましたけど、誰かまでは出ていませんでしたね。高藤が出てくるんでしょうか」

「その可能性は高いな」

 十一時になるとBGMが止まり、ステージ上に長身の男が現れた。白のワイシャツと黒いスラックス姿で、めがねを掛け、髪は短く刈っている。年は伸也より少し上ぐらいだろうか。もっと年配だと思っていたのだが、意外だった。

「みなさん、今日はこの集会に参加していただきましてありがとうございます」

 藍田は参加者から注がれる視線に臆することなく穏やかな笑顔を浮かべ、よく通る声で、淀みなく話し始めた。

「ここ一ヶ月の間、透明症患者に対する風当たりは急速に強まっているのは、皆様も体感されていらっしゃるかと思います。

 我々は新執行部となり、慌ただしい中でしたが、この状況に手をこまねいていれば、状況は更に悪化するという危機感から、この集会を開催することになりました。

 皆様もご存じかと思いますけれど、一部の透明症患者による犯罪行為が、現在起こっている事態の引き金となりました。

 我々は彼らと違います。健常者の皆さんと同じようにまっとうに働き、談笑し、食事をします。今日は、そんな当たり前のことをしているんだとアピールしていきましょう」

 会場から一斉に「そうだ」という声や、拍手が湧きこる。

「行進は十二時から開始です。それまではG・ENERGYと高藤梨奈のライブはフォーマンスをお楽しみください」

 藍田がお辞儀をしてステージの袖へ消えていくと同時に、スピーカーからミディアムテンポのドラムが鳴り出した。続いてG・ENERGYがステージへ登場し、ラップを始めた。いつの間にか彼のファンらしき女性がステージの前に移動しており、歓声を上げていた。それ以外の人々はBGMでも聞いているかのように、周囲の人と話をしたり、シートを広げてお弁当を出したりしていた。

 詞の内容は会場に合わせたのか、先日のような攻撃的な内容ではなく、愛し合おう、連携しようといった穏やかなものだった。そのせいか、当初は無視していた人たちの中にも、ステージに注目する人たちが増えてきた。リズムに合わせて体を動かしている子供を、微笑みながら見ている家族連れもいる。

「高藤が出てきたら、みんな洗脳されちゃうんじゃないですか」

「危険だな」安田の目が鋭くなる「止めに行こう」

 言うと同時に動き出す。人々の間をすり抜けて、ステージへ向かった。伸也も後に続く。

 二人はステージの裏側へ回った。機材を搬入するためか、柵は開いたままだ。入り口の階段で、三人の若い男女が談笑しているのが目に入った。安田にはまだ気づいていない。安田はあえて彼らの死角に入るよう回り込み、壁伝いに近づいていく。

「おうっ、大島君、久しぶりだな」

 安田は彼らの至近距離まで来たところで、不意に声を掛けた。

「安田さん」

 不意を突かれた三人は、あっけにとられた顔をしている。

「ちょっと邪魔するぜ」

 笑みを浮かべながら三人の横をすり抜けた。

「安田さん、困ります。ここは関係者以外、立ち入り禁止なんです」

「俺は元会長で、彼は秘書だ。いいだろ」

「いやいや、だめです」

 明らかに無理筋な主張を軽く話す安田に対して、大島と呼ばれた男は頬を引きつらせて追いかけてきた。しかし、腕を掴むような実力行使には出なかった。ちょっとでも安田に触れたら、派手に転んで暴行だと騒ぎ立てるのはわかっているからだろう。伸也も何度か抗議先で大騒ぎしている安田を見てきている。

 入り口のドアは閉まっていたが、鍵は掛かっていない。安田は躊躇なく入り込んだ。中にいた関係者が安田に気づき、驚きの顔をして見ている。

「安田さん、勝手に入ってこられちゃあ困りますよ」

 険しい表情をした男が、安田の前に進み出た。伸也も名前を知っている、理事の山上だ。

「今日は高藤がステージに上がるって聞いたんだが、ちょっと意見したくて来たんだよ」

「意見も何も」山上は苦笑する「もうステージの袖にいるんですから無理ですよ」

「でもまだ出ていないんだろ。ちょっと話をさせろよ」

「無茶な話は止めてください。私が代わって話を聞きますから」

「お前じゃ話になんないんだよ」

「だいたい、安田さんはすでに一般会員なんですから、ここへ入ってきては困るんだ」

 山上が声を荒らげた。

「どけ」

 声が一段低くなり、目が鋭さを増した。一歩踏み出す。

 山上が大きく手を広げ、他のスタッフも、安田を取り囲むようにして近づいてくる。

「不法侵入で警察を呼ぶか?」

 安田が嘲るように冷笑した。

「挑発には乗りませんよ。パトカーなんか来たら、ライブは中止するしかないでしょ。どうして安田さんはライブを止めさせたいんですか。こう言っちゃあ何だが、たかが余興ですよ。デモ自体に反対しているんじゃないですよね」

「お前ら、高藤のダンスを見たことがあるか?」

「ええ」山上とスタッフたちは頷いた「素晴らしいパフォーマンスでしたよ」

「体がビリビリ痺れるような感覚がしたか?」

「安田さんも彼のタンスを体験したんですか。それなら尚更彼のライブを邪魔する理由がわからないですよ。高藤さんのダンスは素晴らしい。あんな体験をしたのは初めてです。だからこそ、この集会に彼をゲストで呼んだのです」

 山上は目を輝かせて話した。取り囲んでいた人々も、同意するように頷いた。

「どうかしましたか」

 山上たちの背後から、声が聞こえてきた。何人かが目を見開き、声に引っ張られるようにして振り向いた。視線を彼らと同じ方向へ向ける。

 ネイキッドな女が一人近づいてくる。タンクトップにショートパンツ、髪型はショートボブ。背は決して高いとは言えないが、四肢はすらりと伸び、歩いているだけで、不思議な存在感を放っていた。

 高藤梨奈だ。


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