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第一部 ゴースト 27

 輝きと北村がぶつかる。

 弾き飛ばされるようにして、今度は北村が伸也にぶつかってきた。衝撃で、二人は折り重なりながら倒れた。

「北村さん、重いです」

「はっ、これは失礼しました」

 北村が慌てて転がるようにして横へ動いたので、起き上がり、高藤を見た。高藤はダンスを止めて仁王立ちとなり、伸也たちを睨み付けていた。音楽は止まり、オーディエンスがざわついている。

「そのおじさん、誰なんですか」戸惑いの声が上がる。

「邪魔をしにきたか。まあいい、二人とも相手にしてやるよ。DJ、音を鳴らしてくれ」

 再び四つ打ちドラムが響き始め、高藤がシャッフル系のステップを踏み始める。

「宮本先生、踊ってください」

「踊れって、どういうこと?」

「わたくしはご存じの通り、極めてダンスが下手くそでありますので、到底この方にはかないません。対抗できるのは先生だけなんです」

 全く意味不明だが、北村があまりに真剣な目をしているので、勢いに押されて立ち上がる。高藤の高速ステップは痺れるような波動を送っている。オーディエンスは再びトロンとした目で波動を受け取り、歓声を上げ始めていた。

 高藤が伸也を見た。

「踊ってくださいっ」

 北村の叫びで我に返り、踊り始める。シャッフルダンスならお手の物だ。

 すると痺れた感覚が消え、意識がクリアになっていく。高藤の体が輝きを放ちながらぼやけ、一つの塊になっていく。

 圧力のようなものが迫ってくるが、さっきのように内面に手を突っ込んでくるような感覚はない。踊っていることで防御しているのだろうか。しかしこれ以上何をすればいい。さっき息が上がりかけたのだから、このまま踊り続けられるはずがない。

 再び輝きが広がり、観客も北村も視界から消えていく。不安が膨れ上がり始めたところ、輝きの中から棒状の物が現れた。

 しなりながら、なぎ払うように水平に迫ってくる。

 とっさに避けたとき、バランスを崩してステップが止まる。

 あっという間に高藤が放つ輝きとの間合いが詰まる。痺れた感覚も復活する。

「踊ってくださいっ」

 どこからか北村の声が聞こえてくる。

 体勢を立て直し、再び踊り始めた。光が後退しクリアな意識を取り戻した。

 棒状の物が再び飛び出し、伸也を襲う。今度は振りかぶるように頭上から襲ってくる。

 体勢を乱さず避けた。

 間髪おかず、次の攻撃が来る。今度は突き刺すように、顔面へ向かって飛んでくる。

 体を傾けて躱し、頬に熱い物がかすめていく。

「宮本先生も戦ってください」

「戦えって言ったって、どうやるんだよ」

「えっーと、わたくしにはわかりません」

 アホか、無責任な話をするんじゃないよ。そう思いながら、次々と繰り出されていく攻撃を躱した。

 斜めから袈裟斬りのように襲ってきた棒を避けようとしたとき、不意に棒が消えた。どうしたと思った瞬間、正面から突いてきた。

 躱すので精一杯だった。大きくのけぞりながらバランスを崩し、仰向けに倒れる。

 輝きが伸也の上に覆い被さるようにして包み込もうとしてきた。強い圧を受けて、息ができない。痺れる感覚と共に、頭が朦朧としてくる。

「先生っ」

 遠い場所から声が聞こえてきたと思ったとき、視界へ赤っぽい光が入り込んできた。光と光がぶつかり合う。輝きが夏の太陽のように眩しくなり、思わず目を閉じた。

 目を開けたとき、スポットライトの光がまともに目に入り、思わず瞬いた。自分が仰向けに倒れててたのだと気づいて起き上がると、高藤と北村が倒れているのが目に入った。オーディエンスからは騒然とした空気が流れていた。「あの男は誰」「高藤さん」といった声が聞こえてくる。

 赤いスタッフTシャツの男たちがステージへ上がり、高藤へ駆けよってきた。

「宮本先生、逃げてください」

 北村が立ち上がり、よろけるようにして近づいて、伸也の手を掴んだ。

 北村に引っ張られながら、ステージから下りる。オーディエンスたちが悲鳴を上げながら伸也たちを避ける。人々が出口へ殺到し始めた。

「待て、麻衣子がいるんだ」出口へ向かおうとする北村を止めて、麻衣子を探す。

 麻衣子はベンチから起き上がり、ぼんやりした目をしながらも、困惑した顔で騒然とした人々を見ていた。

「麻衣子」

 自分を呼ぶ声でようやく伸也を見つけ、よろめきながら近づいてきた。

「逃げよう」

 三人は手を取り合い、人でひしめき合う出口へ向かった。伸也たちが来るのに気づくと悲鳴が上がり、逃げ惑いだした。思いもかけず前が開けたので進んでいくが、出口付近では倒れた人がいるようで、怒声と悲鳴が入り交じり、動けなくなってしまった。

 後ろから赤いTシャツの男たちが迫ってきた。

「宮本先生、踊ってください」

「は? 何を言ってんの」

 あまりに場違いな発言で、思わず北村の顔を覗き込んでしまったが、彼はいたって真面目に伸也を見つめていた。

「彼らは全員透明症です。先生のダンスが極めて有効なんです」

「有効って……何で俺がここで踊らなきゃなんないんだよ」

「それはダンスこそが戦いの手段であるからです」

 赤いTシャツの男たちが五人で伸也たちを取り囲んだ。みな殺気を帯びた目で伸也たちを見ている。

「ねえ、何よこの人たち」

 更に状況を把握していない麻衣子が、怯えた声を上げた。

「北村さん、あんたどうやってここに来たのさ。前みたいに玄に導かれたんじゃないの?」

「ええ。その通りですが、」

「だったらもう一度玄に俺たちを外へ出すよう言ってもらえますか」

「そうですね……ああっ」

 北村が男の一人に腕を掴まれた。伸也と麻衣子にも手が伸びる。

「お願いですっ、踊ってください」

 二人の男に両側から腕を掴まれた。振りほどこうとするが、がっしりと強い力で掴まれ、びくりとも動かない。

「離せよっ」

「あなたたちは高藤さんに危害を加えた。このまま帰すわけにはいきません」

 男の言葉は静かだったが、目はうつろで熱を帯び、額からに染み出た汗が顎からしたたり落ちていた。

「北村さん、あんただって力があるじゃないか、さっき高藤を止めただろ」

「あれは高藤さんだったから死ななかったんです。私は力を制御できません。今力を使ったら、この間のマンションみたいなことになってしまいます」

 千葉のマンション。グロウのメンバーがバラバラになったことを言っているのか。

 ステージ方向を見ると、脇腹を押さえた高藤梨奈が、スタッフに囲まれながら歩いてくるのが見えた。

 ダンスならちょうどいいというのか。訳がわからなかったが、取りあえず足はフリーだ。

 つま先とかかとを使い、リズミカルに足を交差させながら、足を動かしていく。チャールストンステップだ。

 腕を掴んでいた男が、高圧電流に触れたように、あっと叫んで手を離した。

 自由になった体を思い切り振り回しながら踊る。周囲の人間たちが圧を受けたように、伸也から離れていく。ただし、北村と麻衣子は伸也の隣で動かない。

 伸也は踊りながら、右隅の男に倒れろと念じたが、何も起こらなかった。どうすれば高藤のように棒のような物が出てくるんだろうかと思う。

「伸也、入り口が開いたわ」

 ダンスの効果は赤いTシャツの男たちだけではなかった。入り口に殺到していた観客も伸也たちから離れて、ドアが見えていた。

「行きましょう」

 三人は出口へ走り出す。

 赤いTシャツの男たちも「待てっ」と叫びながら再び伸也たちに向かってきながら掴みかかってきた。伸也は反射的にステップを踏みながら、腕を派手に動かす。

 男たちがはじかれるようにして飛ばされていく。

 何が起きているのか伸也自身もわからず困惑したが、ともかく逃げた方がいいだろう。 階段を下り、ビルを出る。


「止まれ」

 追いかけようとする部下に、梨奈が声をかけた。戸口から出かけた赤いTシャツの男たちがつんのめるようにして足を止めた。さっきまで前屈みで苦しげに顔をしかめていたが、今は背筋を伸ばし、何事もなかったような落ち着いた表情になっていた。

「外で暴れて警察が介入したら面倒だ」

「はい、承知しました」

 梨奈は再びステージに上がった。スポットライトが当てられる。

 右手を天に伸ばしてつま先立ちになり、体をムチのようにしならせながら腕を振り下ろした。

 堰を切ったようにショートカットの髪の毛を激しく振り乱し、空気をかき乱すように両手を振り動かす。足もターンし、クロスさせ、時に天高く蹴り上げながら、ステージを動き回る。

 頭と手足がバラバラに見えるような激しい動きをしながらも、動きは滑らかだ。クラッシックバレエのような優雅さを湛えている。

 取り乱していたオーディエンスやスタッフは、その姿に心を奪われたように、恍惚の目を浮かべながら見ていた。

 梨奈はステージの中央へ戻ってきたところで、不意に両手を広げてフリーズした。

 オーディエンスたちは夢から目覚めたように、はっと目を見開いた後、盛大な歓声を揚げ始めた。

「今日はこれで終わりだ。ありがとう」

 梨奈は一礼してステージからはけた。

 そのまま控え室に入り、倒れ込むようにソファへ身を沈めた。

「氷嚢を持ってこい」

 横にいたスタッフが「はいっ」と叫んで部屋を出て行った。梨奈は汗でぬ寝たタンクトップをたくし上げる。

 透明でうっすらと筋肉の浮き出た肌が露わになる。右脇腹が赤く染まっているのを苦々しい表情で見つめた。

 無謀な奴だった。あれならもう少し間合いを詰めたら殺せた。もっとも、それをやったらあたしもこのダメージだけでは済まなかったかも知れないが。

 程なくスタッフがシリコン製の氷嚢を持ってきた。梨奈は無言で受け取り、赤い部分に当てた。

 まあいい。あの男は簡単に殺されるべきじゃない。もっといい死に方がたくさんある。

 梨奈は心地よい冷たさを意識しながら微笑んだ。

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