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第一部 ゴースト 16

 竹井と浅川は新宿のDROPへ到着する直前、殺人事件が起きたとの一報を受け、市川市へ向かっていた。渋滞気味の江戸川大橋を抜け、千葉県へ入った。

「このあたりですかね……見つけました」

 角を曲がると、大量の警察車両が止まっているのが見えた。浅川はセダンを路肩に止めた。殺気立つ匂いを発散させている警官に警察手帳を見せ、現場の責任者に取り次いでもらうよう依頼した。

「ご苦労様です。市川警察署の滝川といいます」

 スーツを着た、まだ三十代といった雰囲気の男が現れた。

「新宿警察署の竹井です。事件現場はこのマンションですか。山野麻衣子の位置情報もここからですね」

「その通りです。我々が到着した時は、すでに犯行が行われた後でした。もう少し早ければ良かったのですが」

 滝川は悔しそうに顔をしかめた。

「仕方がありません。とりあえず、現場を見せていただけますか」

 竹井に促され、滝川はマンションの自動ドアへ向かう。

「まだ鑑識が来ていませんので、入り口だけで勘弁してください」

ドアが開くと、生臭い匂いが、ふわりと全身を包み込んでいく。

「うわっ、ここもひどいな」

 浅川が顔をしかめる。竹井は睨み付けるようにロビーを見回した。

 正面のエレベーターとには、一面血しぶきが付着し、天井にまで広がっていた。床は血だまりが広がっている。そして、ロビーのあちこちには肉片が散乱している。血に浮かんでいる手から、それが人間のものだと判別できた。

「ガイシャが誰か判明していますか」

「目撃者がいます。原健太というチンピラです。彼の話によると、殺されたのは新崎という男で、ロザリオのメンバーと言っています。今、そのロザリオがどんなグループか確認しているところです」

「ロザリオなら知っています。グロウの下部組織です」

「やはりそうでしたか。彼らは山野さんの情報を得てここへ来たんですね」

「そうでしょう。原は今どこにいますか」

「そこにあるパトカーで事情を聞いているところです。話を聞きますか」

「お願いします」

 三人は路肩に停まっているパトカーへ向かった。横で警戒をしている制服の警官に声を掛け、後部座席のドアを開けてもらう。

「新宿署の竹井です。ちょっと彼に話を聞かせてもらって良いでしょうか」

 ドアを覗き込むと、二人の警官に挟み込まれ、肩を小刻みに震わせながら、うつむいている若い男の姿が目に入った。

「ご苦労様です。構いませんが、かなりショックを受けているようで、要領を得ないところがありますが」

 白髪交じりの刑事がパトカーから出てきた「どうぞ」

 礼を言ってパトカーへ乗り込んだ。

「原君、私は新宿警察署の竹井という者だ。ちょっと話を聞かせてほしい」

「俺、グロウじゃないっすよ。透明症でもないし」

 原は不意に顔を上げ、瞳孔が広がった目で、あえぐように訴えかけた。

「どうして新宿警察署でグロウが出てくるんだ」

「新宿署の爆破がグロウの仕業だって、ウチらの間では有名ですよ。グロウ関係の人がバタバタパクられてたし」

「殺された新崎はグロウだったんだな。グロウじゃないお前がどうして一緒にいたんだ」

「それは……新崎さんに頼まれたからなんです。新崎さんは中学校の先輩で、言うこと聞かないと、ボコられちゃうんです。本当です。あの……畑山に聞いてください。あいつなら知ってる」

「わかった、後で調べるから。まずは何を新崎から頼まれたのか教えてくれ」

「俺のアパート、すぐ近くなンすけど、さっきいきなり新崎さんがやってきて、これを着てついてこいって言われたんです……で、わけがわかんないまま、あそこへ行ったんです。あとは……よくわかりません」

 原は新崎の血が飛び散ったグレーの作業服の袖を見せた。サイズが合っていないらしく、袖口をめくってあった。

「嘘つけ、さっきまで握りしめていたスタンガンは何なんだ」

 隣にいた刑事が冷たく言い放つ。原はびくりと体を震わせ、目が泳ぎ始める。

「あの……それは……新崎さんからもらったんです」

「何に使う目的だ。素直に喋らないと、後でお前の犯罪が露見したら心証が悪くなるぞ」

「え……」原は浅く、激しく呼吸をし始めた「実は……これから拉致るから、手伝えって……四人だけど、二人は怪我人で二人は女だからって……チョロいからって」

「それで」

「それで……新崎さんとあのマンションへ行ったら、四人出てきたんだ。その中の一人があっていう顔をしたから……きっとこいつらだと思って、スタンガンを出そうとしたところで、逃げられて」

「逃げた? だったら誰が新崎を殺した」

「一人捕まえたんですよ。変なおっさんで、玄様玄様とか言って、バカじゃねえのかとか言って新崎さんが小突いたら……バラバラになっちゃったんです」

 原の目から、ボロボロ涙が溢れ始めた。体が、痙攣したように震え始める。

「原君、もう一つ教えてくれ」原の向こう側にいる刑事が何か言いかけたが、竹井は手で制す。「新崎は誰から頼まれたか言っていなかったのか」

「知らない……知らないっスよ。成功したら、十万くれるって言ったし、断ったら怖いし……ただついて来ただけで……ホントです」

 コンコンと窓ガラスを叩く音が聞こえて振り向くと、滝川が覗き込んでいた。ドアを開け、車外へ出る。

「管理室に、犯行時の防犯カメラの映像があります。確認しますか」

「お願いします」

 マンションの裏へ回ると、開けたままの頑丈なスチールドアがあり、制服の警官が警戒していた。滝川に続いてドアを潜り、廊下の右手にある部屋へ入る。部屋では目つきの鋭い刑事らしき男と、青ざめた顔をしているスーツ姿の男がいた。

「このマンションを管理している会社の課長さんです」

「新宿警察署の竹井といいます。早速ですが、防犯カメラに犯行の様子が映っているそうで、見せていただけますか」

「はい、承知しました」

 管理会社の男がキーボードを操作し、モニターへ映像が映し出された。最初に現れたのは、作業服の男二人だ。一人はパトカーにいた原で、もう一人は新崎だろう。二人が驚いた顔をしたとき、突然走ってくる男の姿が画像へ飛び込んできた。男は原の顔面へ肘打ちを食らわせて走り去っていく。次に画面へ映ったのは若い男女だ。肘打ちした男の顔はよくわからなかったが、男女は明らかに伸也と麻衣子だった。新崎は麻衣子の服を掴んだ。そこへ伸也が背後から新崎の頭を殴りつける。よろけたところを麻衣子が振り切り、二人は外へ向かって走り去っていった。

 新崎と原は彼らを追いかけていくと思ったが、逆にエレベータ側を見ていた。画面の隅へ、ニット帽を被った中年の男が現れる。新崎と原が男を捕らえた。

 新崎が中年男性の胸ぐらを掴み、何かを叫んでいたが、不意に手を離す。目と口を大きく開いた。何かを叫んでいるようだった。

 管理会社の男が「すいません」と言いながら、顔を覆った。

「何?」

 新崎の体が、縮んでいく。

 トマトが握りつぶされるように、体から血が噴き出す。

 首が、手が、もげるようにして、パラパラと床へ落ちていく。

 たちまち、床一面が血で染まっていく。

 新崎の体がバラバラになった後、ふらふらとした足取り歩き出す中年男性。原はスタンガンを握りしめ、血の海の中で立ち尽くしていた。

「この画像は加工していませんね」

「も……もちろんです」

 管理会社の男が頷きながら、覆っていた手を取り、恐る恐る画像を覗き込んだ。その怯えた表情からは嘘をついているようには見えない。もっとも、事件から短時間で加工ができるはずもないが。

「女性は山野麻衣子で、彼女を助けた男性が宮本伸也です。最初に現れた若い男と、最後の中年男性は誰かわかりません。キンパイは?」

「すでに駅および幹線道路へかけています」

 滝川が司令室へ電話を掛けて、逃走している連中のうち、二人が伸也と麻衣子だと確認できたと伝えた。

「若い男二人はこの寒空なスエットだけですから、嫌でも目につくでしょう」

 マンションから出ると、浅川が話しかけてくる。

「あの映像に出てくる人間の中に、怪我をしている連中はいませんでしたね」

 竹井は頷く。

「横浜で宮本が残したジーンズの太ももは切れていて、血が付着していた。出血量からして普通に歩けるような状態じゃないはずだ。わからんよ」

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