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やさぐれおじさんと生真面目部下

作者: 合志栄一郎

バディものの王道といえば年齢差ありのでこぼこコンビ。

相棒手前でも頑張ります。

こっそりと。


 

 「主任、これ美味しいですね。」

 「気に入って何より。ラーメンもさっぱりしてて美味いぞ。」

 「いや、良いお店ですね。」

 この仕事するならば町の事を知らないと、という事で部下と昼飯。


 駅近くの古びた町中華。


 部下は五目炒飯とラーメン。

 五目炒飯は目玉焼きが上にのり、大ぶりの煮豚が3枚添えられてボリュームがある人気メニューだ。

 煮豚は味が薄めで、別添えのタレにつけて食べる。

 目玉焼きの黄身を潰して炒飯に絡め、タレのついた煮豚と頬張る。

 部下は満面の笑みで五目炒飯に加えて普通サイズのラーメンを食べている。

 社会人になりたての食欲が眩しい。


 俺はラーメンのみ。

 ここのラーメンは生姜の風味が効いていて好みだ。

 さっぱりとして中年の胃に優しい。


 「主任、ご馳走さまです。」

 腹を軽く撫でながら、部下が満足そうに笑顔を見せる。


 車に戻り、俺の運転で出発。

 主要な国道を巡回していく。


 『本社から108」

 助手席の部下が無線に反応する。

 「108応答」

 「108指示する、空港において高齢女性が道が分からないと言っているとの通報。対応願う。」

 部下が俺の顔を見るので、頷く。

 「108了解。向かいます。」

 空港に向かいハンドルを切った。


 「なんで私たちなんですかね。」

 部下がポツリと呟いた。

 「そりゃ、俺たちが近くにいたからだろう。」

 俺がそう答えると、部下は拗ねた表情で俺を見つめてきた。

 俺が少し笑ってみせると、今度はため息をついた。


 「セクハラで俺を訴えないと誓うなら正直に言うが。」

 「いや、わかっていますから。」


 確か19歳か20歳だったか、社会人になりたての正義感に燃える可愛らしい顔をした部下。

 俺が家庭を持っていたら、娘のような歳だ。


 線も細い。

 「これでも何年かは格闘技の経験があるんですよ。」

 と聞いたことがあるが、部活動でマネージャーをしていたとしか見えない。


 正直、荒事が日常のこの仕事には向いていない。

 荒れた現場では真っ先に相手から狙われるタイプだ。


 組織もそれが分かっているから、仕事に情熱の感じられない上司をつけた。

 俺だ。

 まず、無理をしない。

 可能な限り事故を避ける。

 たまたま一番下から1つ上の役職に昇任してから、もう何年過ぎただろう。

 本来なら部下を持つような能力の人間じゃない。

 組織は俺に、この仕事に向いていない部下の面倒を見させる。

 新人の正義感を無くさせ、情熱を失わせ、自分を見限らせ、辞めさせる。

 下手すりゃあ俺も巻き添えで退職すれば良いと考えているかもしれない。


 まあ、制服着て巡回していれば防犯にはなる。

 昔交通事故に遭ってから身体がろくに動かない俺でも、少しは役に立てることもあるだろう。

 道に迷ったばー様の道案内、良いことじゃないか。


 「確かに俺たちは空港からは距離があるし、近いというならそもそも空港勤務の奴らがいるだろう。」

 うんうん、と部下が頷く。


 「だが、適材適所ってやつだ、考えてみろ、ゴツい奴らに囲まれるのと、優しげな俺たちが話しかけるのと。」

 「俺たちは荒事には向いてないし、特殊な仕事の経験は俺はほとんど無いから、日常の困り事などの対応が任されやすい。」

 「道が分からないと言っているばー様には、優しくしないとな。」


 「あと、持ち物見るのには同性の方が良いだろう。」

 「はい、分かりました、私が話をします。」

 部下の機嫌が治ったようだ、にこにこ笑顔になっている。

 俺の詭弁を素直に信じるのか。

 素直すぎる部下が心配になる。


 空港に着くとすぐに、視界にばー様の姿が入った。

 ショルダーバッグ一つ、ベージュの上着に灰色のズボン、青色のスニーカー。

 表情からは特に認知症のようには見えないが、さて。


 空港事務員から身柄を引き継ぐ。

 「おばあちゃん、どうされましたか。」

 部下が明るく話しかける。

 「あのね、飛行機で来たんだけど、前来た時と様子が違うの。」

 「昔この辺りに住んでいたはずなのに、全く変わっているの。」

 普通に話は出来ているし、落ち着いている。


 俺はばー様に声をかけた。

 「おばあちゃん、どうされましたか。」

 「おばあちゃんがどこから来たかわからないし、どこに行きたいかもよく分からないから、とりあえず車で話を聞かせてくださいね。」

 「あと、危ない物を持っていないか確認させてね。」

 猫撫で声で説明する。


 ばー様は素直に車についてきた。

 物腰は丁寧だし、受け答えもはっきりしている。


 部下がばー様からショルダーバッグを受け取り、中を確認している。

 部下が小声で囁く。

 「主任、危険物はありません。あと、身分証明書にパスポートをお持ちです。」

 「じゃ、ばー様保護して、事務所でばー様のパスポートで住所確認して、家族に連絡して終わりだな。」

 「おばあちゃん、とりあえず僕たちと一緒に来て。家族の人に連絡してあげるからね。」

 俺が運転、後部座席に部下とばー様を乗せて出発した。


 特にばー様は悪い事をしているわけではないので、相談室に案内する。

 「自分の名前は言えますか?」

 「自分の住所は言えますか?」

 ばー様は部下の質問にハキハキと答えている。


 ばー様の名前、住所をメモして、相談室を出る。

 住所を地図モニターで確認するが、おかしな事に気がつく。

 「住所の呼び名が古くないか?今こんな住所は無いんだが。」

 相談室に戻ると、部下が涙目になって俺を見てきた。

 「主任、確認したらおばあちゃんのパスポート、国籍がアメリカ合衆国になってます。」

 「もしかして、おばあちゃん、アメリカから来たのかも知れません。」

 俺は昼飯のラーメンを吐き出しそうになった。


 詳しく話を聞いてみれば、ばー様の説明はおかしかった。

 「若い頃に、米兵さんと結婚して、アメリカに行った。」

 「アメリカに旦那と子供がいる。」

 「今日はちょっと友達に会いに飛行機に乗って来た。」

 「飛行機の手続きはカードでして、一人で来た。」

 「特に家族に友達に会いにいくとは話していない。」

 俺は部下とばー様,自分用に冷たい甘めの缶コーヒーを買い、とりあえず気持ちを落ち着けようとした。


 正直、しくじったと考えた。

 やる気のある部下と組んでいるから、たまには人のために真面目にやろうとか、慣れないことはするもんじゃない。


 「で、ばー様の住所はどうなってるんだ、分かるか?」

 「カリフォルニアって書いてます。あと、おばあちゃんの持っていたメモ帳に電話番号が書いてあります。多分この電話番号が自宅です。」

 「よく分かるな。」

 「英語なら少し分かりますから。」

 ばー様は俺たちが戸惑う様子をニコニコと笑って眺めている。


 俺は課長の所に向かった。

 事情を説明し、内勤にばー様を預けようと思っていたが、課長は強かだった。

 「はあ、じゃあ、主任に任せるよ。とりあえずおばあちゃんは怪我がないみたいだし、一応住所はしっかりしているなら、あとは家族に連絡して上手くやってくれ。」

 課長は見事に俺に丸投げした。


 ばー様の取り扱いを間違えたら、大きな問題になる恐れが高い。

 特殊な案件かといえば、ばー様が迷子になっているだけだから、組織の評価ポイントにはもちろんならない。

 旨みのない件には関わらず、問題を起こさず、評価ポイントを稼ぐことに集中し、上にアピールする。

 流石出世する者は要領が良い、そう思った。



 『どうする?でもばー様には頼れるのが俺たちしかいない。とりあえずやれる事をやってみるか』


 受付脇の電話からカリフォルニアのばー様の家に電話。

 国際電話をかけるのは初めてだ。


 「ハロー。」

 頑張れ、俺。

 電話に出た男性になんとか話しかける。

 「ハロー、アイムインジャパン、えーと・・・。」

 部下が俺の情け無い姿をじっと見ている。

 「タマヨ=タマキ、ヒア。」

 「オウ、リアリイ?」

 電話越しでも相手がひどく驚いているのが分かった。


 「?、?、!」

 相手の男性が興奮して英語で捲し立てる。

 早口すぎて俺には意味が全く分からない。

 「すまん、代わってくれ、ばー様が無事でここにいる事と、日本に知り合いがいるか確認したい事を説明して、ばー様を迎えに誰かここに来れるか聞いてくれ。」

 「はい、分かりました。」

 部下が緊張しながら電話を代わる。


 俺が理解できない速さで英語がやり取りされた。

 部下はもしかしたら優秀なのかも知れない。

 時折り笑顔を見せながら、流暢に相手と話している。


 俺はのんびりとばー様と缶コーヒーを楽しんだ。

 ばー様は安心したのか上機嫌でコーヒーを飲んでいる。

 俺の疲れた頭に優しい甘味と苦味がしみる。

 どうにでもなれ、そう思った。


 「主任、おばあちゃんの親戚は日本にはいないそうです。」

 「おばあちゃんはやっぱり認知症みたいです。」

 「時々話す内容がおかしくなっていたみたいで、ご家族は注意していたそうです。」

 「昨日からカリフォルニアの家から居なくなっていて、家族で探していたそうです。」

 俺は目眩を覚えた。


 「で、俺たちにどうして欲しいって言ってるんだ?」

 「福岡県にあるアメリカ領事館におばあちゃんを引き渡して欲しいと言っていますが。」

 「了解した、家族からアメリカ領事館に連絡して、領事館の人にばー様を迎えに来させる様に言ってくれ。」

 「俺たちは領事館からの連絡を待つと伝えてくれ。」

 「分かりました。」

 部下がばー様の家族に説明し、電話を終えた。


 「ありがとう、助かった。」

 「あの、私たちはこれからどうするんですか?」

 「とりあえず連絡待ちだな。ばー様は放っておけない。」


 領事館からの連絡を待つ時間はとても長く感じた。

 「アメリカ領事館から電話がかかってます。」

 「繋いでくれ。」

 部下が電話に対応する。


 部下は相手と少しやり取りした後、困った表情で俺を見た。

 「主任、職員の人はこっちには来れないみたいです。こちらでおばあちゃんを福岡の領事館まで連れてきて欲しいそうです。」


 『オーケーオーケー、やってやろうじゃねえか、ばー様の面倒は俺が見る』

 俺は覚悟を決めて、部下に言った。


 「明日の午後に俺たちでばー様を連れていくからと言ってくれ。」

 「良いんですか?」

 「俺が連れていく。大丈夫だ。」

 部下が電話を終えた。


 制服の上に私服の上着を着て、俺はばー様を連れて、自分の車に乗せた。

 慌てて部下が車に駆け寄ってくる。

 「ちょっと待っていてくれ。ばー様をホテルに泊めてくる。」


 部下が俺の車に乗り込んできた。

 「一緒に行きます。」

 「来ない方が良いよ。」

 俺は面倒ごとに部下を巻き込みたくないので、大袈裟に顔を顰めた。

 だが、部下は俺の気持ちには配慮してくれなかった。

 「行きます。」

 「じゃ、上着を着てこい。」

 部下と一緒に、ばー様を駅前のビジネスホテルに連れて行く。


 受付でフロントに頼み込む。

 宿泊費は俺が出した。

 「この人を泊めてくれ。」

 「夕方までには合流するから、それまでは一人で外に出ないようにフロントでも気をつけてくれ。」

 フロントの説得に成功した。

 無茶も言ってみるもんだ。


 「おばあちゃん、この部屋でゆっくりしていてね。飲み物置いておくから。あとで来るからね。」

 「ええ、ありがとう。」

 「明日、アメリカの人と手続きするから。」

 ばー様をホテルに残し、考えを巡らせる。


 あと1時間ほどで俺たちの日勤が終わる。

 とりあえず明日の休みは、ばー様を連れて福岡だ。


 「主任、明日のことはどうするんですか?」

 「ちょっと静かにしていてくれ。」

 俺は係長の所に向かった。


 「係長、よろしいですか?」

 「ん、どうしたの?」

 「急な事なんですが、明日ばあちゃんを福岡まで連れて行かないといけなくなって、許可をいただけたらと。」

 「ああ、良いよ、日帰りなら問題ないから、携帯は繋がるようにしておいてね。」

 「ありがとうございます。」

 俺の後ろで部下が微妙な表情をしているのが分かる。


 俺は日勤の仕事を終えて、私服に着替えた。

 事務所の外に出ようとすると、私服に着替えた部下が俺に近づいてきた。


 「あれ、良いんですか?」

 「良いんですかって、何が?」

 「係長、主任のおばあちゃんを福岡に連れていくと思ってませんか?取り扱いの件のおばあちゃんとは思ってないでしょう?」

 「俺は嘘は言っていない。ばあちゃんを福岡に連れて行くと言った。問題はない。」

 「えええ。」

 「俺は今日はホテルに泊まって、明日ばー様を福岡に連れて行くから。」

 俺は自分の車に乗り込んだ。


 部下は俺の方を見つめると、俺の車の助手席に乗り込んできた。


 「明日は私も行きます。」

 「いや、せっかくの休みに付き合わなくても。」

 「行きます。」

 「そんなに睨まないでよ。俺に付き合っても良い事ないよ。」

 「本来の仕事の範囲超えてるし、正直上から完全に丸投げされてるだけだし。」

 「割とギリギリのところで綱渡りしているのよ。」


 部下を厄介ごとに巻き込みたくないので車から降りるように説得するが、言うことを聞いてくれなかった。

 生真面目で融通が効かないのは、まだ社会経験が足りないからだろう。

 もう少し要領よく立ち回れば良いのに。

 初々しくて、情熱が眩しい。

 俺はホテルに向けて車を走らせた。


 自分の泊まるホテルの部屋を確保してから、ばー様の部屋に向かう。

 ドアをノックすると、ばー様がドアを開け、俺たちを見て微笑んだ。

 「体調は大丈夫?」

 「ええ、特に何も。」

 部下にばー様の様子を見てもらい、俺は晩飯の確保に向かった。


 ばー様の部屋で3人、ホテル近くの町中華の持ち帰りの弁当を食べる。

 昼に部下と食べたのと同じ店の、唐揚げ定食を持ち帰り弁当にしてもらった。

 しっかりと味のついた鳥の唐揚げに、パラパラの炒飯。

 定番の飽きのこない美味しさだ。

 「おばあちゃん、このご飯はどんなかな?」

 「ええ、美味しいですよ。」


 ばー様がシャワーを浴びる時には、俺はばー様の部屋から出ておく。

 部下がいて助かった。

 室内着にばー様が着替えたのを確認したら、ばー様をベッドに寝かしつける。


 「喉が渇くといけないからお茶を置いておくからね。ゆっくり休んでね。朝迎えに来るから。」

 「ええ、ありがとう。」


 ばー様が寝ついたのを確認して、部下を家まで連れて行く。

 「色々助かった。ありがとう。」

 「いえ、お疲れ様でした。」

 部下が家に帰るのを見送ってから、俺はホテルに戻った。


 明日は早めに起きてばー様を確保して、部下がホテルに来る前に出発しよう。

 部下にはフロントに予定が早まったと伝言を残しておけば良いだろう。


 色々あって疲れているが、いつ何があるか分からないので酒は飲めない。

 普段より早めに寝ることにした。


 早朝、俺の部屋の電話が鳴る。

 普段より早い起床時間だが、充分寝た。

 昨日色々あったのに、ぐっすり寝たのは俺の神経が図太いからだろう。


 「おはようございますっ。」

 電話を取ると、今までの俺の人生で一番爽やかなモーニングコールを受けた。


 「今フロントです。朝ごはんにサンドイッチとコーヒーを買ってきました。部屋に行きますね。」

 慌てて服を着て顔を洗う。

 汚い一人暮らしの社宅じゃなく、綺麗なホテルなので、昨日の俺はとてもリラックスする姿で寝ていた。

 部下にそのまま会ったら、セクハラまっしぐらだ。


 ノックに応じてドアを開けると、3人分の朝食の入ったコンビニの袋を持った部下が立っていた。

 「朝早くないか?」

 俺が部下を置いて行こうと思っていたのがバレてたかな?

 「いえ、何時もはランニングしている時間なので、せっかくですから朝ごはんを買って合流した方が良いかなと。」

 俺には無い習慣だ。

 「お邪魔します。」

 部屋に入った部下は、窓際の椅子に腰掛けた。


 女性の部下とホテルの部屋に2人きりはまずい。

 俺はばー様の部屋に電話をかけた。


 予想通りばー様は起きていたので、部下とばー様の部屋に向かう。

 ドアを開けると、ばー様のおでこにはたんこぶができていた。


 「おばあちゃん,どうしたの?」

 部下がホテルの備え付けの氷を使ってたんこぶを冷やす。

 「ベッドから降りる時に転んじゃってねえ。」

 「大丈夫ですか?頭が痛くないですか?」

 部下が心配げな顔でキビキビと手当をし、ばー様の体調を確認している。


 「ええ、鏡を見たらあざになってるけど、大したことはないわ、ありがとうねえ。」

 「そうですか、良かったです。」

 コロコロと表情が変わる部下が面白い。

 もう笑顔になっている。


 3人でサンドイッチを食べ、コーヒーで一息ついた。

 「おばあちゃん、車で家に帰る手続きする所に連れて行くからね。」

 「そうですか、ありがとう。」


 フロントに丁重に礼を言って、俺の車に乗り込む。

 ホテルと立体駐車場が繋がっていて便利だ。

 車の運転は俺、後部座席に部下とばー様。

 シーベルトを確認して、出発する。


 「主任、朝早いし、私が運転しましょうか?」

 そう部下が聞いてきたが断った。

 無いとは思うが、交通事故に遭う恐れが少しでもあるなら、勤務外に部下に俺の車の運転はさせられない。

 自分が交通事故を起こすだけではなく、相手からぶつかってくるかもしれないからだ。


 俺の日頃の行いが良いのか、天気は良い。

 快調に車を走らせ、高速道路のサービスエリアで休憩する。

 寒い季節なので、車に積んでいた俺のエンジ色のベンチコートをばー様に羽織らせた。

 昔は俺も適度に運動していたな、そう思った。


 何度か休憩を挟んで、昼飯にサービスエリアに寄る。

 車から降りて、背筋を伸ばす。

 やはり福岡は遠い。

 部下とばー様がいるので、適切なスピードで、丁寧に運転している。

 あらかじめ先方には余裕を持って到着時間を伝えていた。


 ばー様の食事の好みが分からないし、あまりフードコートをウロウロもできない。

 トイレを済ませて、俺は昼飯の算段をする。


 ちょうどよく、サービスエリアに持ち帰りのハンバーガーの出店があった。

 ハンバーガーなら、アメリカ国籍のばー様も若い部下も満足するだろう。

 大きめのハンバーガーと飲み物のセットを3人分買って車に戻る。

 「おばあちゃん,お昼だよ。」

 ばー様はハンバーガーをちまちま齧っている。

 ハンバーガーは地元の鶏肉で出来たハンバーグにレンコンが混ぜてあり、甘いタレで食べ応えがあった。

 部下も上機嫌に食べていた。


 道中は順調だった。

 やはり疲れが出たのか、ばー様は部下に身体を預けて安心した表情で寝息を立てている。

 部下はばー様の様子を見ながら、リラックスしている様子だ。


 「色々済まないなあ。」

 俺はばー様を起こさないように小さめの声で部下に話しかけた。

 「何がですか?」

 「1人だとばー様を助手席に乗せて、世話をしながら運転だったな、大変だっただろうなと思ってな。」


 「やっぱり私を置いて行くつもりだったんですか。」

 部下が拗ねた顔をした。

 『つい本音を話してしまったな。』

 「いやいや、そんなことは決してないよ。」

 強引に誤魔化す。


 カーナビのおかげで土地勘が無くても何とか無事に福岡のアメリカ領事館に着いた。

 入り口の警備担当に身分証明に手帳を見せて、普段は全く使わない俺の名刺を渡した。


 「手帳持ってきたんですね。」

 何故か部下が驚いている。

 「いや、確かに俺たちは勤務時間外だけど、ばー様を送るのは仕事だからね。」


 この部下は優秀だと思い始めていたが違うかも知れない。

 「勤務時間外に私有車で県外に出張ですか。」

 勤務時間外と言う俺の言葉を聞いた警備担当が驚いていた。


 車に3人乗ったまま、まずは車のチェックを受ける。

 その後、俺、部下、ばー様の順番にチェックを受けて、待合室で領事館の担当者を待った。


 領事館の担当者が来たので、俺が経緯を説明して、ばー様のパスポートを見せる。

 日本語が話せる担当者だったので、とても安心した。


 「じゃ、おばあちゃん、あとはこの人達の言うことを聞いてね。」

 「よろしくお願いします。」

 ばー様と領事館の担当者と話を終えて、俺と部下は車に乗り込んだ。

 俺はとにかく領事館を離れて一息つきたかった。


 「いや、何とかなったか。」

 「お疲れ様でした。」

 安心して愚痴を言う俺を部下が労ってくれる。


 「んー、ばー様の件は片付いたけど、俺たちが問題無く無事に戻らないといけないから、お疲れ様じゃ無いかな。」

 きょとんとした部下は、あんまりわかっていないんだろうな。


 帰り道、急いでいないので国道をゆっくり戻る。

 良い機会なので部下に、今回の件の裏を説明する。


 「今回の件は、規模は大きかったが、言ってみればただ迷子のばー様を家族に引き渡しただけだ。」

 ふむふむ、と部下が頷く。


 「評価としたらデパートで迷子になった子供を親に引き渡したのと一緒だ。」

 部下が微妙な表情になった。


 「で、俺たちは自分たちだけで国際電話をかけたりして、ばー様を帰す算段をつけた。」

 「家族や領事館の担当者と交渉するなどして色々やったが、このやり取りについては記録には残らない。」


 「ええと、どうしてですか?」

 部下が驚いた表情になる。


 若いから感受性が高いのか、可愛い顔がコロコロ変わるのは微笑ましい。


 「認知症のばー様が問題を起こさず一人でアメリカを出国し、一人で日本に入国したと言うのは滅多に起こらないことだと思う。」


 「ばー様はたまたま軽度の認知症だったから、手続きは問題は無かったんだろうが、仮にばー様が見つかってないまま騒ぎになって、出入国の確認まで話が進んでいたら大騒ぎになっていただろう。」


 「本当、幸運が重なっていたよ。とにかくばー様の安全と早く家族の所に帰す事を最優先したから、色々手続きをすっ飛ばした。」


 「ばー様の家族の要望に応え、俺たちだけで領事館との交渉を決めた。」


 「本来なら上に相談して手続きを踏み、正式に出張手続きをして、指定された車でばー様を連れていかないといけない。」


 「下手したら上がごねて、何でこっちがばー様を連れて行かないと行けない、領事館から迎えに来させるように交渉をやり直せとか言われるかも知れなかった。」


 「で、俺は手続きが面倒くさかったし、ばー様に余計な負担をかけたく無かったと言うことだ。」


 「もちろん上司には口頭で報告しているからな。速攻で問題無くかたをつければ誤魔化せるはずだ。」


 話を終えると部下は何とも言えない表情になった。


 「近くの道の駅に名物の海鮮丼があるらしいから、口止め料として奢るよ。」

 「口止め料ですか、はっきり言いますね。」

 「すっごく助かったし、完全に巻き込んだし、休みも潰したしな。」

 部下はため息をつくと、納得出来たのか笑顔を見せた。

 「まあ、よく分かりました。他の人には黙っておきます。」

 「助かるよ。」


 日本海の海の幸をたっぷりとのせた海鮮丼は、とても美味しかった。

 さらに部下に、大ぶりな瀬つき鯵のフライを別に追加注文してご機嫌をとる。

 休日の埋め合わせにはなっただろう。


 部下を家に送り届け、勤務先に向かう。

 「色々ご馳走様でした。」

 「ん、ありがとう。」

 とりあえず平穏な日々に無事戻れたことに感謝する。


 「おばあちゃんの件、無事に終わりました。」

 「おう、お疲れ様。」

 最大限に内容を省略して、課長への口頭報告を終える。

 課長も詳しくは聞いてこない。

 手帳を収納して、一安心。


 ばー様の件があって3ヶ月ほどが過ぎた。

 今日も部下と巡回勤務をこなす。


 「御栄転決まって何より、おめでとう。」

 部下がジト目で俺を見ている。

 拗ねた顔をしてじっと見てくる。

 「どうしたの、笑顔笑顔。」

 「主任、私の転勤について何か理由を知っていますか?」

 「ん、何のこと?」


 この度部下はめでたく本社の総務課に転勤となった。

 お偉い様のスケジュール管理や、他組織の担当者との応対などが仕事だ。

 荒事はなく、上の覚えもめでたい。


 「いやいや、下から数えて2番目の役職の俺が人事に働きかけなんてできないのは分かるでしょう?」

 部下、勘が鋭いな。


 「良いじゃないか、英語も活かせるし、前にばー様の世話をした時よく気遣いが出来てたし、適任だよ。」


 『だから昔の上司にちょっとだけオハナシはしたけどねえ。』


 焦りを表情に出さ無いように気をつけながら、優秀な部下を褒めておく。


 「えへへ、ありがとうございます。」


 俺の言葉に素直に喜ぶ部下が心配になる。

 転勤先でわるい虫がつかないように気をつけてもらおう。


 この子は優秀だし、芯が強い。

 人を疑うとかは向いてないようだから、この仕事には適性がないかも知れないが、少なくとも俺と組んでる間は問題無くこなして、何とか良い方向に送り出せた。


 部下が転勤してしばらく経った。


 今日は休み。

 休日を楽しむ俺の携帯が朝早くから鳴った。

 「主任の名刺を持ったおばあちゃんが迷子になっていて保護されたと、佐賀の方から電話がかかっているのですが。」

 「なんか主任に借りていた服を返しに来たと言っているようですが?」

 俺は頭を抱え、休日の終わりをため息で迎えた。





 お時間頂きありがとうございました。

 妄想を頑張りました。

 投稿したのは2023年4月1日です。

 この小説はフィクションです。

 ご理解いただけますようよろしくお願いいたします。




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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の立ち振舞いの上手さ、部下のまっすぐな気持ち、読んでいてとても気持ち良いお話でした。 おばあちゃんのことを「ばー様」と呼ぶ呼び方も何だかあたたかくて、ほっこりしました。 そして何より、…
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