90 射的
花火が始まるまであと二時間とちょっと。喧騒にまみれた屋台街の中。
「よし、じゃあ行くか」
雄二たちと別行動をすることにし、俺は明里に声をかけ、歩き出す。
「そうだね。早くしないとキリファン様が逃げちゃう」
「いやキリファン様は逃げねぇから。……でもそうだな。明里みたいな物好きが他にもいるかもしれないし、急ぐか」
明里の好きなキャラクターの名前を口にし、軽口をはく。
「物好きってひどいな……あのアニメ、結構人気なんだからね?」
そうやって人差し指を立てる、その仕草にはうっかり見惚れそうになっちまう。
……まぁ、俺に限らず世の男はみんな見惚れるだろうが。
「分かった分かった。あっ、三百円で」
だからいちいち口にはしない。
屋台のオヤジに100円玉三枚できっかり三百円を渡すと、テーブルに並べられた、火縄銃をモチーフにしたような鉄砲を手に取る。
「あっ、あの金髪で髪の長いスラッとしたイケメンがキリファン様だから!」
「おー、了解」
黄色い声援とは程遠い指摘を受けながら、ゆっくりと照準を合わせていく。
景品の並べられたテーブルの一番高い段。その中央にあるぬいぐるみ。
銃口とぬいぐるみが平行になったその瞬間、俺は引き金を引く。
「当たった!」
ポンッと言う気の抜けた音と共に、俺の放ったコルク玉は見事にお目当てのぬいぐるみの頭に命中し、後ろで成り行きを見ていた明里が歓声の声をあげた。
……のだが、
「ってあぁ!? 落ちねぇ!」
ぬいぐるみは数度揺れたのち、元の場所に落ち着いた。
「……」
ニカッと歯を見せてこっちを見てくるキリファン様がなんだかムカつく。
ついでに、「落ちなきゃ景品はあげらんねぇなー」とかほざいてるオヤジの顔もムカつく。
「……まだ弾はある」
しかしこれで終わるわけにはいかない。少なからずぬいぐるみは動いているはず。さっきと同じように当て続ければ近いうちに落ちるだろう。
「そうだよ! あと四回! 優也、頑張って!!」
……それに、この声を聞いたら諦めらんねぇよな。
「……あぁ、任せとけって」
今度こそ正真正銘の黄色い歓声を背に受け、鉄砲を握り直す。
――絶対に、落としてやる――
◆
「……」
「にいちゃん〜、まだやるかい? やるなら位置をずらしてやろうか」
あれから何度引き金を引いただろうか。
キリファン様は依然として最上段の中央に佇んでいる。
「……優也。よくやった! 戻れ!!」
目的を達成できなかった俺に、冗談混じりに声をかけてくれる明里。
「……わりぃ。あの男、なかなか手強いぜ」
そんな厚意を無駄にしたくないと、俺も深刻な声色を作ってそう応える。
「そりゃキリファン様は帝国一の剣士だからね。まぁ、私もやってみるよ」
そう言って、屋台のオヤジに金を渡し、鉄砲は明里の手に渡る。
……まぁ、あれだけ当ててもほとんど進んでないからな……これを取るのはなかなか厳しいかもしれん。
なんとかしてとってやりたいが……
ポンッ
そんなことを考えていると、何度も聞いている気の抜けた音が耳に届いた。
「ん?」
ぼーっとしてた視界を元に戻すと、そこにはゆらゆらと揺れるぬいぐるみの姿が。
そして平衡感覚を失ったぬいぐるみは、そのままテーブルの裏へと頭から落ちて行く。
「あっ……落ちちゃった」
「まじかよ……」
そんな光景を見せられたら、驚きの声しかあがらないのは仕方ないだろう。
「おぉ! おめでとさん、お嬢ちゃん。ほら、景品だ!」
「ありがとうございます!!」
呆然としている俺をよそに、明里とオヤジの会話は進み、気づいたら両手でキリファン様を抱く明里が目の前に立っていた。
「すげぇな……俺はあんだけ当てても取れなかったのに……」
歩きながら、改めて感心の声をあげる。
「これが愛の力ってやつか……さすが私」
自分に感心するようにそう声をあげてつぶやく明里。
「……」
俺には愛が足りなかったって言うのか……? そんなはずはないと信じたいが。
「あはは! 冗談冗談。おじさんが後ろにずらしてくれたからね」
「なんだそういうことか……」
そういやそんなこと言ってたな……
胸を撫で下ろすような思いに浸っていると、明里は何かを思い出したかのようにして声をあげた。
「あ、そういえば優也。なんか食べたいものある?」
「食べたいもの? そうだな……確かに小腹も空いてきたし、定番だけど焼きそばでも食うか」
もう七時近い。せっかく祭りに来てるんだし、食べ歩いて満喫したい。射的で全財産を失わなかったのは不幸中の幸いか。
「いや、私が奢るよ」
「えっ、でも……」
「いいって。優也、キリファン様のために結構お金使っちゃったでしょ? これくらいはさせてよ」
「……助かる」
人に奢らせるのは気がひけると思ったが、そうゆうことなら甘えさせてもらおう。
断るのはかえって気を遣わせることになりそうだ。
「じゃあ……焼きそば、行こ?」
少し離れたところで屋台を構える焼きそば屋を指差し、身に纏う浴衣のように明るい笑顔を浮かべる。
「……そうだな」
まだ俺たちの祭りは続けられるようだ。雄二も笹森さんと二人の時間が増えるだろうし、いい流れかもな。
そう思い、俺はポケットからスマホを取り出し、メッセージの送信をする。
祭りはまだ始まったばかりです。作者の執筆も始まったばかりだと思うと泣きそうです。
ではまた次回!!




