89 祭りはやっぱりいちご飴ですよね、先輩
あ、あれ……? なんかどんどん離され……
あっ、ちょっ待っ……笹森さ……
だんだんと離れていく笹森さんとの距離(物理的な)に不安を覚えてから少し経った頃。
「先輩、遅すぎです」
「笹森さんが速すぎるんだって……なんでこの人ごみの中で全くつまづかずに歩けるの……」
既にいちご飴の屋台の前で並びながら、笹森さんは「呆れました」と言った様子で俺を見ている。
「本当なら、人ごみの中で転びそうになって、そこを俺が助ける、みたいなイベントが発生してもいいはずなのに……」
切に願う。
それくらいのご褒美があってもいいのでは? 最近、勉強も頑張ってるし……あっ、それも笹森さんと一緒だから結局ご褒美……?
「そんなヘマはしません」
「笹森さんのいちごに対する情熱がすごいよ……」
キッパリと言い切る笹森さんに思わず感心の声をあげる。
「はーい、注文はー?」
と、前に並んでいた人が飴を買い終え、屋台のおじさんが注文を促す。
「あっ、いちご飴四つで」
優也と明里も食べるだろうからな。一応人数分買っておこう。
「えっ、そんなにいいんですか!?」
「……もしかして笹森さん……これ全部一人で食べようと……?」
驚いた声を上げる隣のいちごマニアに俺もまた驚愕の声を上げる。
「あっ……そ、そうですよね? 明里さんと中西先輩の分ですよね?」
何か……というか、当たり前のことに気がついたようで、慌てて確認する笹森さん。
「……」
だがどう考えてももう遅い。笹森さんの顔に一瞬浮かんだ喜びの色は、まだ俺の頭に残っている。
「し、知ってました。知ってましたよ? これはその……ちょっとボケてみただけです」
「ほー? 笹森さんがボケたのかぁ」
「〜〜っ!! か、からかわないでくださいよ!?」
「ごめんごめん。つい習慣で」
むくれる笹森さんも見れて満足したので、笑って謝る。笑ってたら許してくれないかもしれないが。
「そんな習慣は今すぐ捨ててください」
「あ、千円でお願いします」
「また誤魔化してぇ……!!」
隣で、声を押し殺すようにして唸ってる生き物をよそに、俺は屋台のおじさんに千円札を手渡す。
「あいよ! おつり二百円ね!」
「ありがとうございますー」
お釣りを受け取り、笹森さんに向き直る。
「じゃあ、行こっか?」
「むぅ……なんか釈然としませんが、いちご飴が早く食べたいのでここは我慢しておきます」
なんとか? 納得してくれた笹森さんと一緒に屋台を離れ、そばのベンチに腰掛ける。
が、しかし。これからどうしたものか。このまま優也たちと合流するのはちょっと……
まだ祭りは始まったばかり。もう少し笹森さんと二人で歩いて回りたいし、花火も一緒に見たい。
そういや、LINN見てねーな。今のあいつはできる相棒。何かきっかけを……
「おっ」
そう思い、ポケットに入れていたスマホを取り出し、LINNのトーク画面を確認すると……
「どうしました?」
「優也からLINN来ててさ。明里と二人でもう少し見て回りたいとこがあるみたいだから、もう少し二人で屋台巡りしててくれって」
俺は、期待通り"きっかけ"をくれた優也の言葉を笹森さんに伝える。
「そうなんですか? 珍しいですね。中西先輩と明里さんが二人でいることってあんまりなかった気がしますけど……」
笹森さんは、いちご飴を舐めながら、顎に指を当て考え込むそぶりを見せる。
「んー……そうかなぁ」
別に仲が悪いとかではないと思うが、やっぱり……
「明里さんは結構、先輩と一緒にいるイメージでした」
「ん? あぁ……んん!? そ、そう……?」
と、ちょうど考えていたことを指摘され、動揺を隠すことができなかった。
「え、なんでそんな反応なんですか……?」
笹森さんもなんかちょっと引いてる。何気にショッキング。
「いや、側から見たらそうなのかなーって」
そのせいか、ありきたりな返答しか思い浮かばなかった。
「まぁ……そう見えるといえば見えますね」
どこか複雑そうな表情を見せる笹森さん。
明里に好意を寄せられ、笹森さんにそれを悟られる。
俺の方がなんだか複雑な気持ちになってくる。
「でも俺と話す前は、明里と優也の方が先に仲良くなってたんだよ」
これ以上俺を絡めた話をされると、本当に頭が固まりそうな気がして話題を変える。
「えっ、そうなんですか?」
「そうそう。俺たちがまだ一年生だった頃は――」
期待以上に「興味あります!」といった反応を示してくれた笹森さんに、俺はいちご飴を一口なめ、話し始めた。
いい感じにいちご飴のお話を引き継いでます。先延ばしじゃありません。奏ちゃんのいちご愛が凄すぎるだけです。




