86 とある男たちの夏休み2
「……!!」
「……!!」
ギリギリと歯の擦れる音を、ガチャガチャと賑わうゲーセンに負けじと響かせているのは、"モテない俺たち"筆頭の田中と斉藤だ。
「なぁ、田中」
「あぁ、斉藤。これは一体……」
「「どうゆうことだろうなぁ?」」
彼らは、一点を食い入るように見つめている。
その視線の先、感情の向くべき方向には……
「なんであいつがクラスの女子と一緒にいるんだ?」
「それも夏休みになぁ?」
「これはつまり、二人で約束してきたってことだろ?」
「あぁ、そうなると、二人はそれだけの仲ってことになるよなぁ?」
彼らと同じ二年B組の男子が、同じくB組の女子と並び合ってクレーンゲームに熱中していた。
その様子から見るに、男子生徒の方が女子生徒にぬいぐるみを取ってあげようとしているようだ。
「おいおい……ぬいぐるみ、取っちゃったよ」
「おいおい……あげちゃったよ、ぬいぐるみ」
男子生徒がぬいぐるみを片手に、隣で笑顔を向ける女子生徒へと話しかける。
程なくして、手に持っていたぬいぐるみを女子生徒へと手渡す。
あまりにもベタな展開に、二人も思わず見入っている。
「これは……調査の必要があるな」
「あぁ。そしてその結果次第では……」
「ほぼ男子校である、我がクラスで彼女を作ることが、どういうことなのか……教える必要がある、な……」
斉藤の言葉に、田中は真剣な面持ちでゆっくりとうなづいた。
こうして、男たちは決断を下した。
青春の日々を共に過ごすはずの友のことを、信じるために……
そして、クラスの教え(クラス内恋愛禁止)を前提に、違反者を取り締まるために……
◆
ゲーセンの中から一歩出ると、そこは灼熱の真っ只中。
男たちは、そんな暑さにも負けず、ひた走った。
実際には、バレないよう静かにクラスメイトたちの跡をつけたのだが。
そして今……
「ここは……最近できた喫茶店じゃねぇか」
「そうなのか?」
「あぁ、ここら辺はよく通るからな。かなり繁盛してんだよ」
男たちは、その喫茶店の前で睨みを効かせていた。
「しかし、喫茶店だと……? そんな洒落た店に入るやつだったか……?」
「いや……これはおそらく、隣に女がいることでできる所業だろう」
「なるほど……!! んの野郎……!! 調子乗りやがって……!!」
田中の言葉に、悔しそうに顔を歪める斉藤。
「……よし。入るか」
斉藤は再び真剣な表情に戻ると、ゆっくりとうなづいた。
それを確認した田中は、クラスメイトの入った喫茶店へと歩き出した。
◆
「え〜? カズキくん、サッカー部だったの? 全然知らなかった!!」
「ははっ、まぁね。ミカとは今年初めて同じクラスなったしね」
「そうだね。でもすごいなぁ……なんかかっこいいね!!」
「はははっ、そう?」
ぷわぷわと甘い空気感の漂う喫茶店内。二人掛けのテーブル席に腰掛けた二人は、楽しげに談笑している。
「……っ!」
「……っ!」
……男たちは、少し離れたテーブル席に腰掛け、目からビームを出しそうな勢いで、そのただ一点を見つめている。
「おい……今あいつ、呼び捨てしたぞ」
「あぁ……してたな。聞き逃さなかった」
男たちは苦虫を噛み潰すように顔を歪ませる。
「じゃあさ、今度サッカーしてるとこ見せてよ!」
「あぁ、いいよ。なんなら家からボール持ってきて、これから公園行こうか?」
「いいねいいね! カズキくん家ってこっから近いんだっけ?」
そんな男たちがいるとは微塵も思わない男女は、会話に花を咲かせている。
「これはもう、確定だな」
「そうだな。……よし、じゃあ、あいつらが解散する時を狙って……」
男たちが懲罰方法を考え始めた時。
楽しげに談笑していた男女の元に、一人の見覚えのない人物が近づいてくる。
「あ……」
その存在に、真っ先に反応を示したのは、容疑者ことカズキくん。
「カズキ……?」
「あ、アヤ……」
カズキくんの声に反応し、アヤと呼ばれた女の子は振り向く。
年はちょうど、カズキくんたちと同じくらいに見える。
控えめにメイクをし、整った顔立ちがより際立つ、今時の女子高生といった感じだ。
「ん? なんだ? なんか新しい人きたぞ」
「しかも可愛い。まさかあいつ、あんな娘とも仲良いのか?」
それを見た男たちの怒りはますますヒートアップしていく。
「……この人は?」
女の子は、カズキくんの正面に座る、もう一人の女の子、ミカちゃんを一瞥すると、カズキくんへと向き直る。
「あ、いや……友達、っていうか……」
「は? 友達?」
しどろもどろに話す、カズキくんの言葉を拾い上げたのはミカちゃん。その語尾には、わずかに苛立ちがこもる。
「あんた、そういうことするんだ。あんだけ思わせぶりな態度しといて。その裏では他の女の子とも仲良くしてるってこと?」
こちらの言葉からは、隠す気がないのか、明らかに不機嫌な気持ちが伝わってくる。
「おいおい……なんか雲行き怪しいぞ」
「あいつ、なんかしたのか?」
少し離れた席から、そんな囁き声を放つ男たち。
しかし彼らだけでなく、他の席に座る人たちからも、徐々に視線が集まっていく。
「な、なぁ。とりあえず外出て……」
「外出てどうすんの?」
「……」
「どういうこと……?」
「この男、最近までずっとLINNしてきてたの。付き合わない? って」
「は?」
困惑した表情。だけど、全てを悟ったように見える。そんな顔で、ミカちゃんはカズキくんを見つめる。というより睨みつける。
「返事は保留にしておいたけど……今返事するね」
そう言ったアヤちゃんは一呼吸おき、
「あんたみたいな尻軽男とは、付き合いたくない。もう、連絡してこないでくれる?」
「……はい。すみません」
「……私も。もう帰るから。LINN、もう消すからね」
そう言って、先程入ってきたばかりのアヤちゃんと一緒に、ミカちゃんも店内を後にした。
そこには、もう先ほどのリア充感は見る影もない、ガクッと肩を落とした一人の男だけが残った。
「はぁ……」
これからもただ一人、時が過ぎるのを待つのかと思われたが……
「カズキ、お前はやっぱりいいやつだぜ」
「斉藤……?」
「未遂だったな。元気出せ、ほら。カラオケ行くぞ」
「田中……お前ら、なんで……?」
そばで成り行きを見ていた、二人の男たちが、彼に歩み寄った。
「いいから、ほら立て。お代は割り勘にしようぜ。じゃねぇとカラオケ行く金残んねぇだろ?」
「お前ら……!! うっ……助かるぜ」
涙ぐみながら、立ち上がるカズキくん。もう彼からは、先ほどの落胆は見られない。
――失うものもあれば、変わらずそこにあるものもある――
きっと彼には、それが分かったんだろう。
一歩間違えば、他のものを失うことにもなったかもしれないが……
男たちは歩き出し、次なる思い出の一ページを刻みに行く。
その中に、甘酸っぱい思い出を刻む日は来るのか、それは誰にも分からない。
花火大会のお話に行く前に、彼らのお話を挟みました。
そう、作者お気に入りの田中と斉藤です。この二人を描くときは、なかなかに筆がのります。
できれば奏ちゃんたちヒロインを描くときに筆がのってほしいものです。
というわけで、次回は花火大会になる予定です!! ではまた次回!!




