85 いちご大福
生暖かい風が頬をすり抜けるコンビニの前。喫煙所の反対側の空いてるスペースで、俺たちは先程買ったいちご大福を片手に立っている。
「〜っ!!」
「笹森さん!! どうしたの!?」
隣で顔を歪ませる笹森さんに、俺は真剣な声音を作って問いかける。
「大変です、先輩」
「あぁ、そうか……やっぱり、そうだったか……」
こくん、と首を地面へ傾け、笹森さんは俺に応えるように、真剣な表情を作る。
「はい。やっぱり、先輩には分かりますか」
「あぁ……笹森さんのことなら大体は分かるようになってきた気がするよ」
「っ!! ……ならっ……なるほど」
真剣な表情が一瞬にして崩れたように見えたが、なんとか持ち直す。
途中、言葉を噛んだ動揺は冷めやらぬご様子だが。
笹森さんは気持ちを切り替えるように咳払いをし、
「……こほんっ。ということは、先輩も同じということですか?」
「流れるように話を戻したね……まぁ、そうだけど」
「このいちご大福……困りましたね……」
笹森さんは、片手に持った一口分かけたいちご大福を見つめ、眉をひそめる。
「あぁ……特に笹森さんには一大事だろう……」
その仕草に倣うように俺も、穴を開けるような視線をいちご大福に注ぐ。
「はい。これ……」
笹森さんは、いちご大福を持った方の手をふるふると震わせながら、一呼吸おき……
「美味しすぎます!!!!」
きらっきらっに輝かせた瞳を俺に向けた。
眩しい……が、たとえ目が焼けても見ていたい、そんな純真な輝きだ。
「はははっ、やっぱり大事件だよね。新しいいちごの秘境を発見しちゃった感じ?」
そんな姿を見て、さっきまで作っていた緊張感漂う空気を、いつものに戻す。
「む……何を言ってるのかは分かりませんが、何を言いたいのかが分かってしまうのがなんか悔しいです……」
言葉通り、悔しそうな表情を滲ませつつも、待ちきれずにいちご大福を口に運んでいる。
「ははっ、でもほんとに美味い。また買おうかな」
「それは賛成です」
笹森さんは、もぐもぐと口を動かし、名残惜しそうに飲み込む。
「花火大会の時もこうゆういちごの食べ物あるかな?」
「ん、それは素敵です。ぜひ食べましょう」
「いや、まだあると決まったわけじゃないけど……」
気持ちがいちごへと一直線に向いている笹森さんにはもはや感心してしまう。
「そういえば……」
「そういえば、先輩と初めて出かけた時もいちご飴食べましたよね」
笹森さんは、食べ終わったいちご大福の包装をゴミ箱に捨てながら、回想に耽るように、俺が話そうとしたことを先に口にする。
「そうそう。あの時から既に笹森さん、いちご好きだったんだよね」
「はい。昔からいちごにだけは目がなくて……外でも見かけるとついつい買いたくなっちゃうんですよね……」
「はははっ、まぁ、それも笹森さんらしいっちゃ笹森さんらしいけどねー」
「そうかもですね」
照れ臭そうにはにかむ笹森さんに、俺はふと疑問に思ったことを口にする。
「そういえば、いちご好きになるきっかけとかあったの? 昔から好きって言ってたけど」
「そうですね……あれは私が三歳の……」
「あ、やっぱりいいや。長くなりそう」
……が、笹森さんが先ほどよりも深い回想に耽りそうになったところで思い直した。
「ちょっと!? 聞いといてそれはひどくないですか!?」
全くその通りだが、笹森さんは自分のいちご愛の深さを分かってない。これは、軽い気持ちで聞いていい話題じゃない。
笹森さんには悪いが、話が止まらなくなる前に止めておいて正解だと思う。
「ごめんごめん。また今度体力がある時に聞くから許して」
手を合わせて懇願する。口調は軽いが、言葉に乗せた気持ちは重い。
夏休みに外で徹夜なんて勘弁だ。もうすぐ花火大会にも行くし。
「……なんか失礼じゃないですか? それ」
訝しむような視線を向ける笹森さんをよそに、俺は話題の方向転換を図る。
「花火大会楽しみだねー」
「あからさまな方向転換!! しかもそれ、さっきも聞きましたよ!」
……たしかに。焦りからか、頭がちゃんと回ってなかった。
「まぁ、たしかに楽しみですけど……」
「明里と優也も来るしね」
この前優也とも話したが、二人きりで行くよりも、四人で行く方が自然だろう。
優也にはサポートに回ってもらう予定だが……
明里は……
「ですね。二人とも久々に会いますし……明里さんとはLINNで話してますけど」
「……」
あれからも、明里からは今まで通りにLINNがきてる。別に、変に気を使うような素振りも見られない。
LINNだと、考える時間があるから俺もいつも通りに返信できてると思うが……あの日以来、直接会うのは、花火大会が初めてになるかもな……
「……先輩? 大丈夫ですか? またなんか考え事ですか?」
「……ん。あぁ、いや。なんでもないよ」
せっかく笹森がいるのに、また難しいこと考えちまった。
最近、考えることが増えた気がするな……まぁ、理由は分かってるけども。
「……よし! じゃあ、そろそろ帰るかー!」
気分を切り替える意味も込めて、背筋を伸ばして声を張る。
難しいこと考えるのは俺のタイプじゃねぇな。直接会って、花火見て、なんか食ったらいつも通り話せるようになってるだろ。
なんかこうゆうのは、考え過ぎると余計に上手くいかなくなる気がする。
半ば無理矢理に気持ちを切り替え、俺は歩き出す。
その横には、笹森さんがいてくれる。
そんな、変わらないシチュエーション、変わらない気持ちを感じると、なんだか安心しているような気がしてくる。
序盤に、作画はシリアスだけど内容はコミカル、みたいな感じのを入れてみました。上手く伝わっていたら嬉しいです。




