82 リスタート?
「先輩?」
ふと、マカロンが声をあげたと思わせるような甘い囁きが聞こえた。
「えっ? 何? 笹森さん」
「何? じゃないですよ……もう二回くらい呼んでるんですけど」
……ふと、聞こえた。とか言ったけど、もう何回もこの甘い声を聞いていたみたいだ。
……ということは、俺はこの幸せを聞き逃していたというのか……!?
「……ちょっと先輩。なんでそんな、自分のエラーのせいで甲子園優勝を逃した! みたいな悔しそうな顔してるんですか」
「……そんな顔に出てた?」
「出てましたね。こんなに具体的な例をあげれるくらいには」
ふむ。じゃあかなり顔に出てたな。まぁ、割といつものことな気もするが。
……なんて冷静に分析してる場合じゃない。
いつも通り、笹森さんと勉強会をするために図書館に来たはいいが……一昨日のことが気になってなかなか集中できない。
せっかく今日はまだ俺たち以外に他の利用者がいないってのに……
今までにも集中できないようなことはあったが、それは全部隣に夏服薄着激カワ笹森さんが待機しているからだ。
ちなみに今日は、黄色の明るいTシャツにショートパンツのラフな格好だ。かわいい。
……って、それは今はどうでもよくて。いやどうでもよくはないけど。
今は……やっぱり明里のことが気になる。
「で、先輩」
「ん?」
これからどう接したらいいんだろう……? なんてことを考えようとしたところで、またもや耳に届いた笹森さんの声によってその思考は止められた。
「何、考えてたんですか?」
「え? なんで?」
「なんでって……先輩、さっきから何か考え事してる感じだったので」
違いますか? と首を傾げる笹森さんを見ていると、なんでも話してしまいそうになる。なんて恐ろしい。
「いや……まぁ。でもこれだけでよく分かったね?」
「そりゃあ……私だって、先輩とは結構長い間一緒にいるっていうか……期間はまだそんなに長くないけど、密度が濃いっていうか……」
密度……たしかに、そうかもな。
この四ヶ月は、今まで過ごしてきた四ヶ月とは違う。笹森さんと出会ったことで、俺の生活は大きく変わっていったしな。
それに、明里との関係だって……これから、変わっていくのかもしれない。
「……」
「先輩?」
急に黙りこくった俺を、不思議そうに覗き込む笹森さんの顔が視界に映る。
……あーでもないこーでもないって、進展のないことばかり一人で考えていても仕方ないよな。
……好きな人にこんな話をするのは少し気がひけるが……
「友達だと思っていた娘に、好きだと言われたらどうしたらいんだろうなぁ……って」
俺が話し始めたその瞬間。隣で俺を見ていた笹森さんの目がいつも以上に大きく見開いたのが見てとれた。
「先輩が!?」
そしてかなりのボリュームで、驚いたように声をあげた。まぁ、今日はまだ俺たち以外に人はいないから問題はないか。
「いや友達が。クラスの。でも他に好きな人がいるらしくてさ」
流石に、自分のことだと言うわけにはいかない。
笹森さんには悪いが、テキトーに嘘をつかせてもらう。ついでに補足もしておく。そこが一番大事なとこでもあるしな。
うっ……! 心が痛む……!!
ん? いや待てよ。先輩が!? って、そんな驚くほど俺だとあり得ないってこと? いやたしかに、俺もあり得ないと思ってたけどさ。でも笹森さんにそう言われるのは胸が締め付けられる思いというか……胃がキリキリと痛むというか……
俺は音をも通り越す速さでそんなことをぐちぐちと考え込む。
だからここまで含めて一秒の三分の一くらいしか経ってないはず。
「あっ、友達……友達ですか」
そして、右手に持っていたシャーペンを落としかけ、慌てたように持ち直す笹森さんを見て、俺の頭は急速に熱を帯びる。
なんか、ほっとしてる……?
……はっ!? まさか笹森さん、俺が告白されたんじゃないと思って安心してるのか!? そうなのか!?
いや、冷静に考えてそんなことあるか? 明里も言っていたが、そんな急には変わらんだろ。人の気持ちは。
難しいこと考えすぎたせいか? とこれまた真夏のコンクリートに置いた氷が溶けるが如く急速に頭を冷やす。
「そうですね……たしかに悩みますけど、私なら……」
「私なら?」
顎に人差し指を当てて少し悩むそぶりを見せた後、笹森さんはもう一度、その小さな口を開けた。
「友達だと思っていても、きっとその告白で先輩のお友達の、相手の方への見方も変わっちゃうと思うんです」
「ふむ……」
まぁ、そうだよな。明里をただの友達だとはもう、思わない。もちろん、嫌いになったとかではない。
「だから私なら、一旦全部リセットして、告白してくれた人のことも、前から好きな人のことも一から考えて決めたいですね」
「ふむふむ……!!」
なるほどな……今まで、告白されるやつなんて羨ましいとしか思わなかったが……周りのやつもそんなん(田中とか斉藤みたいなの)ばっかだったしな。
一から考え直す、か……
「まぁ……その人にもいろんな思いがあるはずですから、そんなふうに割り切って考えるのは難しいと思いますけど……」
「……そうだね」
これは、一種の試練なのかもしれないな……
「ありがとう、笹森さん。友達にもそれとなくアドバイスしてみるよ」
友達というのをしっかり強調して、お礼を伝える。
好きな人に自分の恋愛話を相談するって、なんか複雑な感じだけど……まぁ、こうゆうのもありか……? 参考になったし。
「いえいえ。参考になったならよかったです!」
ニカッと白い歯を見せながら無邪気に笑う笹森さんを見ていると、この気持ちをリセットするなんてのは無理だろうな、と思わされる。
ま、俺なりに向き合ってみるか。その上で、自分の気持ちに正直になろう。
あと出しばかりじゃ幸せは手に入らないんだから。
「あ、それと先輩」
「ん?」
「帰り、ちょっとコンビニ寄ってきません?」
誘っている、というよりはお願いしてるようにも聞こえるその声音を聞いて、断る理由はない。むしろお供させてもらえるんですか。
「あぁ、いいよ」
でもこの思いのままにはしゃぐと、かっこよくて優しくて頼もしい先輩像が壊れてしまうのでここは冷静に振る舞う。頑張った、俺。
そして二人で帰宅をする時間になるまで、貸切の図書館で勉強を再開する。
時々真剣に。時々会話を楽しんで。
そんな楽しい時間は、長いようでやっぱり短いのかもしれない。
奏ちゃん、久々の登場です! メインヒロインなのに出番が少なくなりがちで申し訳ない。作者を怒ってください。うれし……反省しますので。
『本日のおねだりタイム』
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目に見える力となって、作者の背中をとんでもない強さで押し倒してくれるので、是非お願いします!! ではまた次回!!




